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・・・・・・(16)魔術師の目が閉じる時

 「いやあぁっ、ウィズ!」

 本格的な発作は、激しい咳が治まった後でやってきた。 

 ウィズは畳の床に膝をつき、頭までついて、体を揺さぶる震えに耐えようとした。

 「ウィズしっかりして!

  ちょっと、放しなさいよ!」

 まだモタモタと縄をかけようとしている手下を振りほどいて、ウィズの傍に駆け寄る。

 でも、何をしてあげればいいかわからない。

 彼が、女性客の香水にあてられて頭痛を起こしたり、口を押さえてトイレに駆け込んだりするのは見たことがある。

 でも、これはそんなものじゃない、病的な発作だ。


 「ひどいじゃない、敷島のおバカ!」

 思わずあたし、敷島にくってかかってしまった。

 「ウィズのはタダの好き嫌いじゃないのよ?死んじゃったらどうすんのよ!」

 「ふはははは」

 敷島の笑い声は、顔にミラクルマッチした気味悪さだ。

 「気に入ったぜお嬢ちゃん。

  俺をバカ呼ばわりした女はこれまでたった3人だけだ。

  俺の母親と、組長のオカンと、そしてお前だ!」

 わざわざカウントするほどのメンバーじゃないし!


 「虐待された子供は扱いやすいな。土壇場に弱い。

  わかるよな、怜?」

 「あれ?オレ思い出してもらえたの!

  よかった、完璧部外者扱いかと思ったよ」

 怜は縛られたまま負け惜しみを言った。

 「そりゃな。オッサンのおっしゃるとおり踏ん張りはきかねーや、生まれてこの方、頑張っても報われた試しがないんだもんな。

  オレの親父はアル中で、飲んじゃあ家族を殴るクソ野郎だったからな。

  おかげでオレとレミは物心つく前から二人三脚でやって来た。

  レミは殴られる時に泣いて謝る役だった。

  そのことに気付いたのは、成人前になったけどね!」


 「おまえはいつも腹を減らしてた。

  パン代がばかにならんといって、大田原が金を無心に来たことがあったぜ」

 敷島がにやにや笑った。

 「大田原には、カメラマンだけじゃなくモデル探しもやらせたからな。

  被虐待児童ってやつに目をつけたのも、大田原だ。

  最初は、傷や痣がSMポルノに合ってるという理由だったがな。

  使ってみると、こいつらは実に扱いやすい。

  虐待に慣れた子供は、何かされても声を出さないもんだ。

  親も、痣や傷を見つけても、自分も傷をつくっているので病院に行こうとしねえって按配だ」

 「おまけに食い物と引き換えに体を提供することへのあきらめも早いんだな」

 怜も同意した。

 「悲しいかな、親に痛めつけられてる子は、どんなに痛い目に会っても無報酬だからさ。

  しかもわが家みたいに飯ももらえない家じゃ、売春なんて天国みたいな待遇さ。

  オレは大田原について行っちゃあ、お客さんのベッドで2時間遊ぶだけでたらふく食わせてもらえるんで大喜びだった。

 何のことはねえ、途中でレミと交代するんだから痛くも痒くもなかったわけ。

 食うのはオレで寝るのはレミだ、こんな楽なことはない。

 その代わり撮影は嫌いで、5分で飽きて逃げちまうんで使ってもらえなかった。要するにつらいことじゃないんで、レミと交代するスイッチが働かないのさ。

 そんな能天気なことやってるから、レミに恨まれて封印されたんだろうけどな」


 敷島は満足そうにうなずいた。

 「大田原はじつに有能な男だったぜ。

  顧客のニーズに合った子供を捜して、誘って、撮影して、言い含めて帰す。

  時にはビデオやスチールでなくて、お偉いさんに直接抱かせるんだがこれも好みに合った子をぴたりとそろえて来る。

  普通の売春なんかより数段いい商売になったぜ」


 「殺さなきゃの話だろ!」と、怜。

 「大田原は快楽殺人鬼だ。オレは殺されずに済んだけど、その後に立て続けに殺してるし、オレだってナイフの傷がもとで、オトコとしては役に立たなくなったんだ。

  オレがそいつを殺したいと思って悪いか?」

 「悪くないから殺してあげたんじゃないか!」

 敷島がしゃあしゃあと言った。

 「しかもその手柄を、怜君にあげようというこの親切さはどうだろう!」

 「いらねえよ!」

 「怜君が買ったのと同じバタフライナイフ、いまどきこんな時代遅れな武器を選んでくれるから、探すのに苦労したんだぜ?」

 「くっだらねえ!オレはもう失礼するぜ!

  あとはみんなで適当にやってくれ!」

 怜はいきなりいなくなってしまった。

 朝香センセと交代したのだ。

 なんとまあ無責任な!!


 でも、あたしにとってはそのほうが好都合だ。

 ガキんちょの怜なんかより、センセのほうがずっと頼りになる。

 「センセ!朝香センセ、助けて!

  ウィズのパニックを止める方法を教えて!」

 朝香センセは、切れ上がった眉を上げてあたりを見回した。

 そこにウィズの姿を見止めると、ハッとして体をこわばらせた。

 「あ、朝香センセ‥‥」

 「美久ちゃん、甘やかさない!」

 突然、鋭く叱られた。

 「何をかけられたのか知らないけど、毒薬でないなら、匂いを消せば済むことよ!そんなの、吹雪クンが自分でするのよ!

  縛られてるあたしに何が出来るって言うの?踏ん張りなさいよ!

  ウィザードの看板が泣くわよ、吹雪クン!」

 床に額を押し付けたウィズが、とがった肩越しに視線を上げるのが見えた‥‥。


 ピンポーン。

 ドアチャイムの音がした。

 極道たちが息を飲むのがわかった。

 あたしはとっさに立ち上がってドアに突進し、敷島に取り押さえられた。


 ドアチャイムが2度、3度と鳴る。

 玄関ドアのレンズから外をのぞいた手下の一人は、そのまま固まった。

 「ひっひひひひ‥‥」

 「おい、ヘンな声出すんじゃねえ。誰なんだ?」と、敷島。

 「それがっお、お、大田原す」

 「ああ?」

 手下はこわごわ部屋を振り返り、

 「‥‥そこで死んでる人が‥‥外に立ってるんす」

 半泣きの顔になった。


 極道たちはあわてふためいて、玄関に殺到した。

 敷島に抱えられたあたしも、玄関に引きずられていった。

 その時見てしまった。

 うずくまっていたウィズが、這うようにして台所まで移動していた。

 彼はテーブルの上から、ウィスキーボトルを探し当て、よろよろと立ち上がって栓を開けた。

 そのまま中身を自分の頭の上から、ドクドクとかけた。

 あああ、白のデザインシャツが台無し!!


 彼の体はまだ小刻みに震えていた。

 仰向いて、口の中にも酒を流し込む。

 香水を酒で流して、発作を脱しようということらしい。

 ところが。

 「あっ。あっははははは」

 いきなり、ウィズが笑い出した。

 テーブルに上体を預けてやっと立っている状態だというのに。

 「敷島さん、敷島さん。これ、何だと思います?」

 まるで友達みたいに敷島を手招いた。

 え?なんか、様子がおかしいぞ!


 敷島も、数十秒で豹変してしまったウィズを見て、さすがに言葉につまったようだ。

 「あっ、貴様‥‥」

 そのあとが続かない。

 「ねえねえ敷島さん、このカーテンの向こうは何だと思います?」

 ウィズはまだくすくす笑っている。

 「てめえ、酔ってんのか?ベランダに決まってんだろうが!」

 「ブー。外れですねえ」

 ウィズが笑い転げた。

 どうしよう、ウィズ絶対コワレちゃってるよお!


 「この先は、実はエレベーターでした!」

 彼がそう言って、さっとカーテンを引くと、本当そこにエレベーターが!

 「うそっ!」

 こんな部屋の中に、そんなモンがあるわけない。

 「はい、チーン」

 ウィズがボタンを押すと、エレベーターのドアが開いて‥‥


 ‥‥5人の警官がなだれ込んで来た。


 「えええええええ?」

 同時に玄関ドアから飛び込んで来たのは、ベレッタこと所沢刑事とその部下。

 「うわわあ、出たあ!」

 「大田原じゃあ!」

 「なまんだぶなまんだぶ」

 針金と手下どもは、所沢刑事がとんでもないモノに見えるようだ。

 これはどうしたことだろう?

 ウィズはテーブルの下で這いつくばって笑っている。

 よく見ると、カーテンの向こうにエレベーターなんかない。

 ガラス戸の向こうにベランダがあるきりだ。

 警官たちは、隣の部屋から移動して来ただけなのだ。


 「ふざけるなテメエら!これを見ろ!」

 敷島が、腹の底に響く大声で周囲を制した。

 あたしを羽交い絞めにした腕に力がこもる。

 そしてあたしのこめかみに、拳銃の銃口が。


 「‥‥ウィン、ウィン、ウィン、ウィン」

 一同が凍りつく暇もないくらいのタイミングで、へんてこな音が響いた。

 「あはっはははは、あはははは」

 ものすごく緊張感のない声でウィズが笑い、ついに床から立ち上がれなくなった。

 「変わったモノを持ち歩いとるな、敷島よ」

 あきれた口調で言いながら、ベレッタ刑事が近づいて来て、敷島の手から“それ”を取り上げた。

 それはあたしには、ちょっと正視できないようなシロモノだった。

 そう。いわゆる、オトナのおもちゃと言うヤツだ。

 「なんだ、こいつは!」

 敷島が唖然としてそれを見る。


 「お前、バイブも知らんのか?」と、所沢刑事。

 「だから、それがなんでここにあるかと聞いてるんだろうが!」敷島がキレた。

 「俺が知るかよ!お前が持ってたんだ」

 「俺じゃねええ!」

 「あははは、気をつけてよそれ、ちゃんとタマは出るからさ!」

 壊れちゃったウィズがとんでもないことを口走る。

 イラついて、ウィズに何か抗議しかけた刑事が、自分の手の中の“それ”を見て、おっと声を上げた。


 “それ”は、元通りの拳銃だった。

 元からそれは銃で、他の何物でもなかったのだ。

 「まやかし」だった。


 ウィズにそんな能力があったとは知らなかった。

 人が変わったようなこのハイテンションと、何か関係があるのだろうか?

 所沢刑事もだいたいピンと来たようだ。

 「この酔っ払いを最初に部屋から連れて出ろ!」

 イの一番にウィズの連行を命じた。

 それから敷島に、あの素敵な銀色の手錠をかけた。


 「あっ待って!トコロさん、トコロさん!」

 連れ去られるウィズが、ひらひらと叫んだ。

 「勝手に人の名前を略すんじゃねえ!」と刑事。

 「教会の敷地を掘り返して欲しいんだけど」と、ウィズ。

 「教会だあ?何しに掘るんだ?」

 「死体が出てくるからさ。

  なんなら僕が、ここ掘れワンワンって場所を案内しますよ」

 敷島がキッとなって、すごい目でウィズをにらみつけた。

 

 「確かか‥‥?」

 所沢刑事が確認した。

 「ええ。あの場所は、昔、作業小屋だったところです。

  えくぼクリニックの久保先生の実家が所有していた土地で、教会が焼けた後で寄贈したものです。工事を請け負ったのは、辰海組だと思いますよ」

 「火事があったのか?」

 「はい。どうも当時、僕が火を点けたみたいですね」

 あまりにあっさりとウィズが言ったので、全員がおいおいという表情で彼の顔を見た。

 「放火の理由を聞いてもいいかね?」

 「調べて貰えばわかります。

  あやめプロジェクトのお得意先のひとつに、教会の牧師の名前がある」

 その笑顔のまま、ウィズはおまわりさんたちに連れて行かれた。


 あたしは、朝香センセの縄を解いてあげた。

 「センセ‥‥。ウィズ、さっきからどうしちゃったんでしょう?」

 他に聞く人がいないので、どうしてもセンセに頼ってしまう。

 「うーん。あたしもあの状態は初めて見るけど‥‥」

 「まさかウィズまで多重人格ってことは‥‥」

 「その可能性は少ないと思うわ。

  大人になってから発病した例はほとんどないのよ」

 

 朝香センセは、体のほこりを払いながら立ち上がった。

 「ね。美久ちゃん。あたしは彼の能力についてはよく知らないけど、全開状態で人が変わるって言ってなかった?」

 「はい。すごく緊張してピリピリして、皮肉屋になります」

 「うふふ、オレサマモードの吹雪クン、見てみたいわね。

  ね、それって、アンテナの感度が最高値の時よね?」

  つまり、全ての刺激を自分の中に取り込んでいるとき」

 「そうです」

 「じゃ、たぶんその逆が、今日のあの状態なんじゃないかしら?」

 「逆ですか?」

 つまり、全開じゃなく全閉ということだ。

 「何一つ取り込んでない状態ってことですよね?」

 「そうよ。すごくリラックスしてる。

  だけじゃなくて、取り込んでないどころか、逆に自分の情報を垂れ流してるように見えたんだけど」

 う。そうか。そうかも。


 あとで聞いたら、ウィズの車には、所沢刑事がこっそり発信機を付けておいたのだそうだ。

 発案者は、うちの母らしい。

 母も、あたしの行動を規制するのをあきらめて、監視する方向に切り替えたようだ。


 2日後の新聞に、教会の敷地から出た6体の白骨死体についての記事が掲載された。

 6人のあやめちゃんたち。

 その中に、生前、口が利けなかった子はひとりもいなかった。

 ウィズを香水嫌いにしたあやめちゃんは、何処に行ってしまったんだろう?


「カレシが超能力者だったらどういう恋愛になるんだろう」という発想からこの話を作ったのですが、超能力的なものよりも性格の七変化のほうが顕著になって来てしまいました。忙しいカレシです。

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