・・・・・・(15)絶体絶命
車をさらに目立たないところにバックさせておいて、裏口を見張った。
「ねえどういうこと?あたしが話してたのは、女の朝香センセよ?」
あたしは最後のウィズの言葉が納得いかない。
「最後に入れ替わったんだ。気がつかなかった?」と、ウィズ。
なんでアナタがそれに気づいたか、そのほうがよっぽど気になるんですが。
「レイミ先生は口のわりにクールな人だけど、怜のやつはスケベで子供っぽいんだね。美久ちゃんがエッチな声出したら、あっという間にオトコに戻っちゃった」
「エッチな、って‥‥!じゃ、わざと‥‥っ」
ひっぱたいてやろうかしら。
「あっほら、出てきた」
裏口のドアから人影がすべり出て来た。
朝香センセだ。
今日はキュッと締まったジーンズとTシャツで、男女どちらにも見える。
まわりを気にしながらドアを閉め、駐車場へと駆け出した。
「え?公園に行かないわよ?」
「公園に行く話をしたのは、レイミ先生だからね。
どうやら怜は大田原の居場所をつかんでるらしい。
多重人格者は、人格同士の交流はない。他の人格の記憶も、ふつう共有しない。
怜は自分の前回の記憶に基づいて、その続きをやってるのさ」
とにかく、追跡開始だ。
入居者がいるとは思えない、傾いたようなアパートだった。
灯りが点いているのは、2階の一部屋だけ。
その部屋をにらみつけて、怜は階段を上がって行く。
車で尾行すること2時間。
郊外の、ベッドタウンと呼ばれる新興住宅地よりも奥。
開発から中途半端に取り残された感のある地域だ。
川岸に、これも中途半端にミスマッチな感じで、小さな教会が建っていた。
問題のアパートの敷地は、その教会に半分侵入するような形になっている。
それを見たとたん、ウィズの体が緊張したのがわかった。
「どうかした?」
「……ああ……いや、いい。とにかく怜を止めなきゃ」
教会前に車を放置して、玲を追ってアパートの階段を上った。
表札のないドアだった。
怜は鞄の中の何か(たぶん武器だ)を握り締め、ドアに耳を付けて中をうかがった。
あたしたちは後ろから忍び寄り、怜の口をふさいだ。
二人で怜の両腕を取り、無理矢理階段を降ろす。
裏の教会の小さな木戸をまたぎ越えて、白い壁の陰で怜を解放した。
「何するんだ!せっかく大田原を見つけたんたぞ!」
怜は息を切らして叫んだ。
「警察に見つかるまでに、オレが殺ろうと思ってたのに。
レミに邪魔されて出て来れなかったんだ、今しかないんだ!」
ウィズの言うとおり、怜ってホントにガキだ。
「今殺すのは無理だろう。
‥‥ほらごらん、若旦那のご登場だ」
ウィズが指差す道の先から黒塗りの車が現れ、アパートの前に停まった。
ウィズはあたしと怜を、車から見えない位置まで下がらせた。
壁と植え込みのすき間から首を出して見ていると、車から、背広を着た背の高い男が出て来た。
手下らしいのが3人、それに付き添って階段を登っていく。
「あの偉そうなのは誰だ?」怜が聞いた。
「敷島 昇。38歳。
辰海組の幹部で、次期組長候補。
あやめプロジェクトには、22歳の時から加わっている。
当時18歳だった大田原をカメラマン兼モデルのスカウトに担ぎ出したのも、この男だ」
ウィズがハッキング情報の一部をそらんじて見せた。
「ああもうやだ、結局またヤクザとトラブるの?」とあたし。
「黒幕というわけか」と、怜。
「そう。彼らは今までなるべく大田原と接触を避けてたんだけど、そうもいかなくなったらしい。
きっとどこかに逃がす算段‥‥じゃない!」
ウィズは言葉の途中で顔色を変えた。
「逃げよう!!」
「え?」
「車まで走って!」
ウィズはあたしの手を引っ張り、怜の肩を抱いて走り出そうとした。
その行く手を、ひとつの人影がふさいだ。
針金みたいにやせこけた、若い極道だった。
「そっちは招待客用の入り口じゃねえんだよな」
針金は、にやにや笑って拳銃を構えた。
‥‥まったく!
日本にいながら、何でこんな目にばかりあわなきゃならんのだ?
「もう殺したのか‥‥」
両手を挙げて階段を登りながら、ウィズがつぶやいた。
「ああ?何か言ったか?」
後ろで銃を構えた針金が聞きとがめた。
「独り言です。あなたに話しかけて、なにかの足しになるんですか?」
氷のような声で、ウィズが言った。
まずい。だいぶ全開に近づいている。
能力を全面開放すると、ウィズはオレサマな性格になる。
2月に臨界点超えちゃった時はひどかった。
ヤクザをアゴで使った後、TNTで吹っ飛ばした。
情け容赦ない。
あんまりテンション上げないようにさせたいけど、あたしの自由になんかなりっこない。
みんなでバンザイをしたまま、部屋に押し込まれた。
「きゃあああっ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。
部屋の入り口正面で、いきなり人が死んでるんだもん!
おまけに、よく見たら知ってる人だし。
すわったまま足を投げ出して、胸にふかぶかとバタフライナイフ。
大田原は、テレビを見ながら死んでた。
「ようこそ、犯人諸君。我々の替わりに罪をかぶりに来てくれてありがとう!」
敷島がていねいに皮肉を言った。
薄い眉、細い両眼、薄い唇。
何もかも薄情に見えるこの男の顔、大っきらいだ。
部屋へ入ったあたしたちを待っていたのは、罠という名の殺人現場だった。
敷島は3人の手下に、あたしたちを拘束するように命じた。
「縛られたまま大田原を殺したことにするのかい?無理があるんじゃねえの?」
怜が叫ぶと、敷島は鼻で笑った。
「殺しをするのは怜君ひとりだから、まず酒と薬で眠っててもらおうよ。
目が覚めたら死体が3つに増えてて、パトカーのサイレンが近づいてるさ」
「女の子は帰してあげちゃだめですか」
ウィズは真顔で敷島に相談した。
できるわきゃないだろ!
「なんでこいつを殺したんだよ?」
後ろ手に縛られるのに抵抗して、手下にどつかれながら、怜が叫んだ。
「そりゃ、口封じさ」
当然だと言いたげに、敷島が言う。
「もともと、大田原はお荷物だったんだ。
こっそり撮影してこそ金になるのに、切った貼ったやらかしてくれちゃ、危なくてしょうがねえ。
こいつのやらかしたことを尻拭いするだけで、うちの組がどれだけ金を使ったと思う?」
「ここに来てわかりましたよ。大田原、6人は殺してますね。
そりゃあ、縁を切りたくもなるでしょう」
ウィズは冷静な口調で言いながら、腕をくくりに来た若い極道をひとにらみした。
そのチンピラは、なぜかこわがって、あたしをくくる方を手伝いに来た。
あたしがくくられてるときは、ウィズは大人しかった。
でも、くくってる最中に、手下の一人が遊び半分にあたしの胸を触った。
バチンと音がして、手下の指先から火花が出た。
「ぎゃっ!」
手下は悲鳴をあげた。
「こ、この女、ピカチュウみたいなんすけど!」
ヤクザらしくもない言い回しですが。
「へえ!コロ助、もう美久ちゃんを自分の物扱いしてんの?ガッキだなあ!」
と、怜が妙に喜んだ。
あなたに言われたくありません。
「おっと。このお兄さんは、火遊びがお得意だったね。
こういう輩には、縄も銃もきかねえ。
で、私はこれを用意した」
敷島はポケットから何かを取り出して、ウィズの顔の前に。
シュッ!
小気味いい音と共に、白い霧がはじけた。
「わっぷ!」
ウィズは飛び下がり、激しく咳き込んだ。
香水のアトマイザーだった!
「わあああああっっく!」
ウィズがパニックを起こした。
吹雪くんも怜くんも社会参加の経験が薄い人なんで、やることも話すことも微妙に天然です。こいつらに漫才やらせといたら楽しいんですが、ストーリーが進まないのでやめときます。




