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・・・・・・(14)イケナイ電話

 「あやめってえのは、こういうヤツだ」

 “ウィザード”の黒いテーブル越しに、ベレッタ刑事が寄越した冊子。

 ウィズが受け取り、中を一瞥してすぐテーブルに放り出した。

 あたしも一瞬しか正視できなかった。

 冊子のタイトルは「あ。やめ・天使」


 キッズポルノの中でも、SM系なんだそうだ。

 幼い子供に、過激な衣裳や器具を装着させ、ベッドや椅子に押さえ付けたりくくったりして撮影している。

 特徴的なのは、モデル全員にコッテリした人形化粧を施していることだ。

 これでは例え親が見ても、わが子だという確信はもてまい。

 つまり、モデルの調達の仕方が相当、非合法であろうということだ。


 「トカレフ、お前さんが左手に持ってるのが最新刊だ。

  問題のページにしおりが挟まってるぜ。

  こいつだけは確認してもらわにゃならん」

 所沢刑事に言われ、恐る恐るページを開く。

 黒レースのパンティー一枚だけの少女が、見開きページで横たわっていた。

 人形化粧と口にかませた器具で、顔は誰と判別がつかない。

 でも、胸からお腹にかけて、縦横無尽の傷の文様。

 「かなこちゃん!」


 「実の娘にここまでやるのは鬼畜だな!」

 刑事が吐き捨てた。

 「大田原は、かなちゃんが実の娘だとは思ってないですよ」とウィズ。

  彼は性的に未熟なのを自覚してますからね。

  奥さんの浮気でできた子ではと疑ってる。

  復讐のために虐待するのかも」

 「なんで奥さんじゃなく、娘に復讐?おかしいんじゃない?」

 「あいつはもともとおかしいよ。

  そのおかしい男が、もう一週間も野放しだ。

  もう我慢できない!久保に会ってくる」

 立ち上がりかけるウィズを、あたしとベレッタ刑事が止めた。


 「警察に任せるって決めたばかりでしょ?」

 「そうだぞ。明日には久保にも事情を聞きに行って来る。

  お前さんの勘ってだけで、何のウラもない情報をずいぶん採用してきたんだ。

  そこんとこ汲み取って、もう少し待て」

 「僕が読んだ方が早い!」

 ウィズが言い張った。

 「久保から大田原を読んで、逮捕した大田原のアタマの中を洗い(ざら)い読んで、証拠をあとから集めりゃいい」

 「そういう順番にはいかんよ」

 刑事があっけにとられたように言った。

 「お前さん、今回はどうしたんだ?

  普段おっとりしてると思ったが……」


 そう。ウィズは気付いてしまった。

 自分の頭の中に、記憶の空欄があることを。

 その空欄の一部に、「朝香 怜」の名前があることを。

 あたしから怜のことを聞いた時、ウィズはしばらく放心していた。

 記憶障害といってもそこまで強烈なガードがかかっていたわけではないらしく、名前を聞いた途端、彼の広大な記憶バンクにその情報は戻って来た。

怜はウィズの3コ上の知り合いで、小学生の頃、家が近所だったそうだ。

当時から性格に2面性があり、友人達からは「嘘つき」「きまぐれ」と、疎まれていた。

怜は当時男の子の服装をしていたが、ウィズは彼の2面性を当時から意識していた。

 それは直感的なもので、理屈としてなぜ会うたびに怜の中身が違うのかを理解したわけではなかった。


 ウィズの記憶の中では、怜は中学に上がる年に大怪我をして入院し、それきり姿を見なくなったそうだ。

 そしてなぜかその記憶ごと、ウィズは彼の情報を長いこと忘れてしまっていた。


昨日あたしはウィズに「あやめちゃん」を捜してもらった。

それはひとつの賭けだった。

ウィズはあやめちゃんを忘れている。

でも、他人の記憶としてなら読めるかも知れない、と思ったのだ。

彼はいつも、他の人の頭の中をつるりと読んでしまう。

読む時点では、誰の、いつの、どこの記憶、といちいち意識はしていないだろう。

「ウィズの知り合いの中で、ウィズの知らないあだ名を持った子の記憶」

こんなややこしいことを処理させれば、どこかで自分の記憶と混同してしまうのではないか。


あたしの思惑通り、ウィズは自分の封印の中から、一つの映像を取り出してしまった。

「作業台の上のあやめちゃん」だ。

ウィズが拒否反応を起こした、あのシーン。


ウィズ自身が言った通り、当時の彼が自分の目で、そのシーンを見たわけではないだろう。

誰かの記憶を読んだのだ。

 多分、大田原の頭の中から。

もともと自分の記憶じゃないからこそ、封印も破れやすかった。

当時の彼は、この秘密を知ったために、大田原に殺されかけたのだ。


「作業台のあやめちゃんが、怜なんだ。

怜は大田原に切り刻まれた、最初の子供なんだ!」

朝香センセが男から女へ戻ったあと、ウィズはそう言って頭痛のする頭を抱えた。


 

 車でマンション前まで送ってもらった時。

 なんとなく落ち着かないウィズの様子を見て、あたし、腹をくくった。

 「ウィズ。あたしも連れてって」

 「え。どこへ?」

 「とぼけないで。怜に会いに行くつもりでしょ?

  あたしも一緒に行く」

 ウィズは苦笑した。

 「人のお株を奪わないでほしいな」

 どうやら、ビンゴだ。


 ウィズはスロースターターだけど、一度発動したら譲らない。

 そのくらい、6年もそばにくっついてればわかる。

 怜の言うとおり、久保という医師が全てを握っているとすれば、時間をかければ警察が大田原とつないでくれるだろう。

 でも、怜はそこのところを飛び越して、大田原を殺しに行く算段をしていた。

 たぶん、怜の情報の方が早い。

 それで、ウィズは怜に会おうとしているのだ。

 問題は、女の朝香センセでは話にならないということだ。


 ウィズには言いたくない話だけど。

 女の朝香センセは、たぶんウィズが好きなんだ。

 だって、スーツ見て反応したもん。

 あれを見てグッとくるかどうかって、ほんとに好みの問題だと思うから。

 だから、ウィズの前では、朝香センセはオトコにならないと思う。


 「言っとくけどウィズ、あたしちょっと怒ってるんだからね?

  ひとりで暴走しないって約束した人が、どうしてあたしを置いて行こうとしたの?」

 視線をそらしたウィズの顔を、あたしは無理やり覗き込んだ。

 気弱で浮世離れした、半人前の魔術師の顔を。


「わかってるよ。

  あたしに知られたくないことあるんだよね?

  大丈夫だよ。何が出てもいいよ。

あたし、へタレのウィズも好きだよ?」

「誰がへタレだ……」

今日のウィズは苦笑ばかりだ。

そのあと軽くため息をつき、

「わかった。

一緒に行って、怜を呼び出す電話を美久ちゃんにかけてもらおう」

そう言って車をスタートさせた。


クリニックの裏口に、少し離れて車を停めた。

時間は7時。

「朝香センセ、まだ仕事してるの?」

「そろそろ終わるだろ。そこの公園に呼び出して」

ウィズは自分の携帯で、クリニックに電話した。

「二人きりで逢いたいと強調して」

念を押してから、あたしに携帯をパスした。

電話には、朝香センセが直接出た。

「あら。美久ちゃん。どうしたの?」

女の朝香センセだ。


「センセ、あたし、すぐ前の公園に来てるんですけど」

「まあ、ひとりで?危ないじゃない」

「お話があるので、少しお時間取れませんか?」

「うーん、そうねえ。20分位したら出られるわよ。

  目の前の喫茶店に入って待っててくれる?」

「いえ、出来れば人がいない方が……あぁッ」

いきなり呼吸が乱れた。

ウィズが、運転席から体を乗り出して、あたしのまぶたにキスしたからだ。


「二人きりで逢いたいと言って」

携帯を当ててない右耳にそう囁いてから、ウィズはあたしの耳たぶをソッと噛んだ。

「……センセと、ふたりきりで……逢いたいんです……」

やだ!あたしの声、変……。


「美久ちゃん?どうかした?」

朝香センセが驚いてる。

あ。こら。シートを倒すんじゃない!

あたしはウィズを押しのけようとしたけど、力が抜けちゃってうまくいかない。

「もいちどお願いして」

ウィズが耳元で囁く。

誰だ、こいつがおイタしないと言ったのは。


「ほら言って。二人きりで逢いたいって」

んなこと言われても、変なトコ触られると集中できない。

「センセ、お願い……ふたりきりで」

「早く来てって言って」

「あ……。は、早く来てぇ……」

「すぐ行く」

電話は、センセの声を投げ捨てて切れた。


あたしはウィズを突き飛ばした。

「ウィズのバカ!H!

  変な電話になっちゃったじゃない!」

ウィズは大笑いして、シートを元に戻した。

「それでいいんだ。おかげでオトコの怜に逢えそうじゃないか!」

謎解きを美久ちゃんの一人称で書いているのと、情報源である吹雪が記憶を失っているのとで、なんかものすごく不自由なストーリーになってます。でも、吹雪サイドから書くと、2ページで解決しちゃったりして(笑)

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