・・・・・・(12)記憶の扉をノックして
「なんで、あやめちゃんがそんなにいっぱいいるわけ?」
「なんでと聞かれても。映像に理由は映らないからねえ」と、ウィズ。
ごもっともです。
「じゃあ、ひとりずつ教えて。
死んだあやめちゃんについては、何が読めるの?」
「この子は、作業台の上で死んでる。
死んだように見えた、だけかもしれない。動かないんだ」
「どこの作業台?」
「僕が昔、住んでたアパートの隣の。
アパートと言うとまともな建物みたいな気がするけど、実際は増築、増築で迷路化したでかい家なんだ。
庭の一部が僕のアパートの庭と混ざりこんでる、いいかげんな作りでさ。
その、隣の物置の中に、大工仕事をするための作業台があったんだ」
「そこで死体を見たの?」
「ちょっと待って。今、見えた映像なんだよ、間違わないで。
ランダムに検索して、誰かの脳にあるものを今、見てるんだ。
僕が昔、そこで死体を発見したわけじゃないんだ」
「周りに人は?」
「3人いるね。取り囲んで、なんかこっちを向いて文句を言ってる。怖い顔だ。
多分こいつら全員、暴力団だな」
「またヤクザ?」
「ヤクザ情報が多いのは仕方ないよ。ベレッタ刑事の関係者から相当頂いてるからね」
「そうじゃなくて、この前もヤクザさんたちにひどい目にあわされたじゃないの」
「美久ちゃん、ひどい目にあわせたのはこっちだったと思うよ」
そうでした。
「まさか今回もあのご隠居さんの関係者じゃないでしょうね?」
「いや、別のヤクザだな。ひとり見覚えがある。
辰海組の敷島って男だ。まどかくんのくれた情報にあったよね?」
あたしは返事に詰まった。そんなの覚えてない。まどかのハッキングファイルは膨大な量だったし、その前にウィズからもゲップが出るほど貰っているのだ。
あたしの頭でウィズの記憶力について行くのは、絶対無理だ。
「あやめちゃんの状態を教えて」
「体つきは子供で、お面か何かをかぶせられてて、はだかで‥‥。
太もものあたりが血だらけなんだ」
殺人?
「その子はウィズの知り合いのはずよね?
どこの誰か、わかる?」
「わからない。だってお面をかぶってるんだ」
「じゃ、それを見ている人が誰だかわかる?」
「見てる人?」
「誰の視点の映像だかってことよ。ってか、そもそも誰の記憶を盗んでるのか、ウィズはわかってるの?」
ウィズが押し黙って何かに集中し始めた。
その呼吸が、突然荒く乱れた。
「ウィズ?」
暗がりでもわかるくらい、魔術師は青ざめた顔をしていた。
以前、何も知らない「ウィザード」のお客さんが、ウィズの目の前で化粧直しをした事があって、そのときのウィズがこんな感じだった。
「気分が悪いの?や、やめようか?」
「いや…最後までやろう。美久ちゃん、そこからビニール袋取って」
ダッシュボードを開けて、中に入っていた買い物袋を渡すと、ウィズはそれを鼻と口に当てて、中に呼気を入れた。
そうか、過呼吸の発作なんだ。
前にも見たことがある。呼吸が速くなることで、血中の酸素が増えすぎるのだ。
命に別状はないからあわてずに袋を口に当てさせて、と喜和子ママに教わった。
ウィズはひとしきり袋の中の空気を吸ってから、苦しげにしゃべり始めた。
「これを見てた男は…ナイフを持ってる。
そのナイフが好きで…ヤクザにさんざん文句言われてるのに、手の中でそのナイフの握りの感触を楽しんでる…。彼はそれで人を切るのが好きで、とりわけ子供の」
あたしは息を飲んだ。
ウィズが両腕で自分自身を抱くようにして、がたがた震えだしたからだ。
「ウィズ!それ、大田原の記憶ね!?」
「イヤだ!見たくない!」
突然、ウィズが叫んだ。
「これを見たら殺されるんだ!
これを見たから、焼かれたんだ!」
「ウィズ、ウィズ、落ち着いて!これは現在のことじゃないって、あなたが言ったのよ!」
あたしはウィズの左手を握った。
ウィズは弾かれたようにあたしの手をつかみ、両手で握り締めた。
「あつッ‥‥!」
ウィズの両手は、思わず振りほどきたくなったほど熱かった。
「みんな嘘ばかりつく…おにいちゃんも…痛くないとか…苦しくないとか…うそっぱちなんだ…怜は死にかけてこんなに血が」
「え?」
ウィズの口からは、その後もうわ言のようなくぐもった言葉が流れ続けたが、何を言ってるのか聞き取れなかった。
「ウィズ、もういいよ。ね、次に行こう。
二人目のあやめちゃんを『読んで』くれる?」
あたしが言うと、ウィズの全身の力が抜けた。
額にびっしょり汗をかいている。
「ふたりめのあやめちゃん」
「そうよ!寝てるって言ったわね。その子はどこにいるの?」
魔術師は大きく息をつき、うなずいた。
今度は長い時間がかかった。
ウィズは見ることに集中すると、動作への意識はゼロになる。
落ち着かない左手が、あたしの右手をにぎったまま。
無意識に指をからめたり、自分の頬に当ててみたりする。
そのまま眉をひそめて
「うそだろ‥‥?」
とつぶやいた。
「今、見舞いに行ったばかりの病院が見える」
「どういうこと?」
「二人目のあやめちゃんって‥‥かなちゃんなんだ!」
わけがわからなくなった。
あやめちゃんって、いったい何?
「例えば、虐待される子の総称とかかな?」と、ウィズ。
「あやめ一号を保護しました、って?だれが使う暗号なの?」
「うーん」
ウィズがあたしの手に唇を当てた。
ものすごくなまめかしい行為なんだけど。
クソッ、これも無意識みたい。
唇も、手と同じくらい熱い。
「いいわ。最後の、3人めのあやめちゃんを『読ん』で!」
「うん、この子は何度も見たことがあるんだ。どこの誰かは知らないけどね。
ほとんど動かない、人形みたいな子なんだ。
口がきけない子で、いつも暗い部屋にいて出てこない」
まさか、監禁とか?
「すごい恰好してるんだよ。
黒いレースのドレスを着てる。
張り付いたみたいな、濃い化粧をしてる。
浴びるように香水をふりかけて‥‥」
「香水と、お化粧?」
「‥‥うッ」
ウィズはいきなりあたしの手を放り出し、口を押さえて車外に出て行った。
イメージだけでも、匂いがいやだったんだ。
でも、見つけた。
ウィズのトラウマの原因は、この子だ。
口のきけない、お人形のようなあやめちゃん。
こっそり戻ろうとしたんだけど。
玄関を開けると、母が仁王立ちになって待っていた。
「‥‥あの。‥‥ごめんなさい」
もうそう言うしかない。
母は大げさにため息をついた。
「言っとくけど、野暮なこと言いたくて言うんじゃないのよ。
カレシができたら、女の子はカレシで手一杯になるのわかるわ。
母さんだってね、はじめっからオバサンだったわけじゃないんだから。
親の目盗んでデートする手口なんて、あんたよりずっと詳しいわよ」
「わかってる。大田原のことで、心配してくれてるんだよね」
「それともうひとつ」
母はもう一度、今度は意地悪くため息をついて、言った。
「吹雪さんに言っておきなさい。
もっと見通しの悪いところで悪さをして頂戴って。
街灯の真下なんて、近所から丸見えじゃないの!」
母よ、ずっと見てたのか。
あたしは罪ほろぼしに、母の分までコーヒーを淹れた。
リビングのソファで、わざわざ隣り合って座って飲む。
「ねえ、母さん」
「ん?」
「あたしを生む時って、すごく苦しかった?」
あたしが聞くと、母は首をかしげた。
「そこそこ、かな?」
「なにそれ?だって半端じゃなく痛いって聞くよ。
男の人だと、そのレベルの痛みだけで死んじゃう位だって!」
母は、ふふふと意味ありげに笑った。
「それがまあ、便利に出来てるっていうのかな。
人間のカラダって、一定レベル以上の痛みは、脳が認識しない仕組みになってるの」
「痛みを感じないの?」
「別の感覚とすりかわるの。
母さん、父さんと陣痛室にいて、うんうんうなってたのね。
そしたら、ある瞬間にいきなり、お腹が10倍くらいに膨れ上がった気がしたの。
そしてその中に、熱い火の玉が入ってるの!」
「熱かったの?」
「そうよ。母さん、そばにいる父さんにね、
お腹に太陽が入ってる!って言ったの」
「父さん、びっくりしてなかった?」
「それが、なんか、スゲー!みたいなこと言った。
太陽で生まれるのか?さすがおれ達の子じゃないか!!」
「わ。生まれる前から、親ばかなのね」
「親は馬鹿じゃなきゃやってけないわよ。
母さんもね、何かそう言われると、すっごく産み甲斐があるような気がしてね。
よおおし、うむぞおお!って。」
こわいです。
でも、あたしはしあわせな娘だ。
離婚してしまったけど、この母から生まれて、あの父の子供で。
ほんとに、それに比べたら、イタズラや、失恋くらいの不幸がなんだろう?
愛された赤ん坊だったこと。
それは、何にも変えがたい宝物なのだ。
意外と我が身を削って占いをしている吹雪君でした。
次回は彼のコスプレです(本気にしないように)