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・・・・・・(11)あやめちゃんがいっぱい

 まどかが優秀なハッカーであることは、翌火曜日の昼すぎに証明された。

 我が家のファックスが、いきなり紙切れを起こすほどの枚数を吐き出したのだ。

 ほとんどが、大田原に関する個人情報だった。

 生い立ちから現在に至るまでの経歴。


 意外だったのは、彼が小さいながらも会社社長の息子として生まれ、整った家庭で育っていたことだ。

 書類を見る限りでは、殺人鬼を育む環境と思えるものは何一つない。

 こんな恵まれた家庭で育った男が切り裂き魔になって、犬小屋で暮らしていたウィズがバカがつくほど優しいなんて、どこか間違ってやしないだろうか。


 先日わけのわからなかった、美容整形の話も、書類を見て納得した。

 16年前、家事で火傷を負い、その後ケロイドを消すため皮膚移植をしている。

 その際、どうやら顔自体も変えたらしい、という話があったので、刑事が以前の顔写真を探して添付していた。

 あたしが会った、つるんとした顔じゃない。

 もう少し濃い顔の、大田原の写真があった。

 もっともこれは、あたしに伝わらなかっただけで、ウィズはとうに刑事の頭から顔写真を盗んでいたはずだ。


 あたしはすべての資料をコピーした。

 ファックスもいいけど、ウィズに取りに来てもらった方が早い。

 メールを打ったけれど、返信はなかった。



 ウィズからのメールが入ったのは、夜の11時だった。

 返信ではない。

 題名は「会いたい」

 本文は「窓の下を見て」

 カーテンを開くと、駐車場横の暗がりに、ウィズの車が停まっていた。

 コピーの束をつかんで、母に見つからないようこっそり外に出た。

 車の中をのぞいたが誰もいない。

 ウィズは街灯の下に立っていた。


 青い顔をして、表情が乏しい。

 「ウィズこれ、まどかが送って来たファッ……」

 近づくと、いきなり抱き締められた。

 あたしはコピーを全部落としてしまった。


 こんなウィズは初めて見る。

 あたし自身の動揺がおさまるまで、声も出せずにウィズの腕の中でじっとしていた。

 しばらくしてから、少しゆるんだ抱擁をそっと押し戻して顔を上げた。


 「何かあったのね?」

 「かなちゃんが……」

 やっと声が聞けた。

 「かなちゃん、今日の夕方、突然出血して病院に」

 「まさか、赤ちゃん……」

 「だめだったよ……。母体は無事だけど」

 「どうして……。」

 「かなちゃん、これまでも何度か出血してたのに言わなかったらしいんだ。

  ほら、ナイフの傷を隠そうとしてただろう?

  膣内の傷も出血があったので、そのせいと思ったらしい」

   

 「ウィズは今まで病院にいたの?」

 「あの子、興奮して暴れたので安定剤を打たれてね。覚めるまで待ってたんだ。

  そしたら、起きた途端に泣くんだ。

  すがりついて、泣きながら怒り狂って……。

  パパなんか大嫌い、あんなやつ死ねばいい、早くそう言ってやればよかった、って」

 「かなこちゃん、これまでパパのこと悪く言わなかったのにね」

 「やっと言えたんだ」


 ウィズはあたしを解放して、一緒にコピーを拾ってくれた。

 「あのさ…神様がね。

  今回、生まなくていいよって言ってくれたんじゃないかな」

  生意気な言い方と思いつつも、慰めのつもりで言ってみた。

 「本気で言ってるの?神様なんているわけない!

  いたらそもそも妊娠なんてさせるもんか」

 ウィズは思わず荒い口調で言い放ってから、

 「……ごめん」と謝った。


 風が吹いて来た。

 さわやかとは言い難い、生温い風だった。


 「大田原の顔見たら、いきなり殺しそうだ」

 その風のように、そろりと、ウィズがつぶやいた。

 低いけど、背筋に針金を通すような鋭い声。

 あたし、思わず彼の顔を凝視してしまった。


 そう。ウィズはすでに人を殺している。

 あくまで間接的にだけど。

 それがウィズのしわざだと誰も証明できないし、例えできてもそうしなければこっちが殺されてしまったのだから、彼の罪にはならないけど、ウィズには殺意があった。それは確かだ。


 「大田原の整形前の顔を見たんでしょ?やっぱり知ってる顔だった?」

 「知ってる。昔いたアパートの女主人の、愛人だった男の息子だ。

  当時殺しておけば問題は起こらなかったのにね」

 背筋がぞっとした。

 このウィズにここまで言わせるなんて、相当なことを大田原はやったに違いない。

 「彼、昔あなたに何かしたの?」

 「パンをくれた」

 「え?」

 「犬小屋に顔を出してはパンをくれた。僕がいつも腹を減らしてたから」

 予想外の答えに驚いて、重ねて質問した。

 「それっていいことじゃないの?」

 「うん。いいことだね」

 「それなのにどうして、あなたは大田原を憎んでるの?」

 ウィズは答えなかった。もともと無表情な顔に、能面のような冷たさが降りて来た。


 質問を重ねるのには抵抗があったが、あえて聞いた。

 「もしかして、彼に裏切られたの?

  食べ物で手なづけて、何かひどいことを、その、例えば…」

 「覚えてない」

 ウィズが遮るように言った。

 鋼のような硬く冷たい感触の声だった。

 これ以上立ち入ると、拒絶反応がおきるような気がした。 


 まさか。

 大田原は顔に火傷を負って整形に踏み切った。

 小さなウィズは、誰かに焼き殺されそうになって以来、火が苦手だ。


 あたしは意を決して、これまでできなかったあの質問をしてみることにした。

 「あなた本人には、まだ聞いたことがなかったわね。

  あやめちゃんって、知ってる?」

 「知らない。そんな子はいない」

 不自然なほどの速答。

 小さなウィズと同じ反応だ。

 たぶん、「言うと叱られる」のだ。

 ここだ。秘密が隠れている場所はここなんだ。

 でも、やたらとつつき回したら扉が閉まってしまう。

 彼自身、記憶に留めていないことなのだ。

 つまり彼が、それを思い出さない為に無意識にあらゆる操作を行っているはずなのだ。

 ここは慎重にしないと、せっかくの手がかりが沈んでしまう。


 「じゃあ質問を変えるわ。

  その、あなたの知らないそのあやめちゃんのこと、占いで答えてほしいの」

 「それは難しいよ。

  きみも僕も、あやめちゃんを知らない。遺留品もなしだ。

  いったい、僕は何を『読ん』だらいいのさ?

  ‥‥まさか本当に、魔法だと思ってるんじゃないよね?」

 思ってないけど。

 どっちみち、違いがはっきりわからないから同じことだ。


 いいことを思いついた。

 「こうしよう、ウィズ。

  あやめちゃんというのは、人のあだ名なの。

  ウィズはその人を知ってるけど、そのあだ名は聞いたことがないだけなの。

  そういうことにして、覗いてみない?

  それで見当つかなかったらあきらめるわ」

    

 当てずっぽうでも何でも、見えれば何かがひっかかるかも、と思ったのだ。

 ウィズの記憶バンクがどういう仕組みになっているかわからないが、漠然と検索するうちに他人の記憶と間違えて自分の記憶も読んじゃったりしないだろうか?

 それを当てにして、わざと複雑なことを頼んでみたわけだ。

 「いいよ。ちょっと座らせて」

 ウィズは車に乗り込み、運転席を軽くリクライ二ングさせた。

 あたしも助手席に乗り込んだ。


 「あやめちゃんというあだ名の子が、今どこでどうしてるか、僕の知り合いの中から探すんだね?」

 「うん。お願いします」

 ウィズは目を閉じて、ふうっと息を吐いた。


 ふた呼吸ばかりの沈黙をおいて、ウィズはすぐに目をあけた。

 「困ったな。3人いるよ」

 「3人?」

 「あやめちゃんは3人いる。

  一人は死んで、一人は寝ている。

  残る一人は、何年も明けない闇の中だ。

  きみが知りたいのは、どのあやめちゃんなの?」


 これっていったい、どういうことなんだろう?

謎解きというほどの仕掛けではないんですが、ちょっと引っかかりを作っています。でも筆者は頭が悪いので端から忘れていきます。頑張るヘタレは私のことかい!

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