・・・・・・(10)処女解任疑惑
通信枚数は、60枚を超えていた。
まず、かなこちゃんの傷口から読み取った映像。
パターン別に分類して、文章化してある。
読み進めて、驚いた。
それは、異常行動という日常だった。
顔を洗う、服を着るといった日常行為を文章にしたかのように、画一的な。
命令する。服を剥ぎ取る。押さえつける。馬乗りになる。
切る、切る、切る。
命令する。相手が服を脱ぐ間、自分も脱ぐ。押さえつける。馬乗りになる。
切る、切る、切る。
いきなり布団をどける。押さえつける。馬乗りになる。首筋を押さえる。
服の上から、切る。
それだけのことを、何度も何度も。
三度の食事と同じように、欠かせないと言う理由で行ったかに見えるほどだ。
書類の中には、警察の捜査状況もあった。
どうやらウィズは、警察署に足を運んで、職員の脳内をのぞいて来たらしい。
相談にかこつけて雑談をするのは、職業がらお手のものだろう。
書類を見ただけでは、警察の捜査が順調に進んでいるのかどうかはよくわからなかった。
映像から作成できる文章が限られているせいだろう。
書いてあるのは、ひどく散文的なことだった。
例えば「大田原恒彦、七色エルフィン社 面会と面談、御影町バス停横」
「関連捜査。北条美容整形外科、カルテ閲覧。整形前の写真閲覧」
これではさっぱりわからない。
ウィズが手書きで付け加えたメモ書きのほうが、よほど犯人に迫っている気がした。
ウィズは、大田原が今、どんな生活をしているのか、映像を読んでいた。
驚いたことに、「テレビを見ているだけの一日」であるという。
「ごく普通の四畳半の住居の中。
男性の部屋に見える。
全く部屋を出ずに生活できている。
誰かにかくまわれている可能性。部屋の主は足しげく通ってはいない。
親しくはない人物?」
膨大な資料を見て、あたしは舌を巻いた。
ウィズにその能力があるのはわかっていたが、これほど堂々とやるのは見たことがない。
職員の脳内ハッキングもターゲットをしぼり、言語誘導して強引に引き出している。
賭けてもいいが、絶対相手は女子職員だ。
ファックスを読んでいると、ウィズから電話がかかった。
精力的に活動している割には元気がない。
「かなこちゃん、手術になるかもしれないよ」
沈んだ声で、言った。
土曜日に買った検査薬で反応が出たので、今日、喜和子ママが病院に連れて行ったという。
「シスターたちに泣かれて、困ってるんだ。
もう5ヶ月に入っているんで、決断を急ぐのに」
クリスチャンであるシスターたちは、堕胎に反対しているそうだ。
しかし手術を提案した医師の側にもちゃんと理由があって、一概に倫理的な面から堕胎を薦めたわけではないらしい。
つまり、かなこちゃんが未成年だったり、父親が不明だったりするせいではない。
まず彼女の子宮は、出産には多少未成熟だった。
そのまま出産させると、早産等の危険があった。
加えて膣内に外傷があるのも心配の種だったと言う。
かなこちゃんの子宮と膣内には、ナイフを差し込まれたらしい傷があった。
その傷を、医者にも診せず放置してあったので、癒着の状態が異常な部分があるらしい。
「膣内にナイフ‥‥」
考えただけで、痛い。
あたしなんか、夢に見ただけでモノが食べられなかった。
「かなちゃんは、その時のことを覚えていたよ。
なのに、受胎の原因になった性行為は記憶してない。
僕はどうしても、そこが引っかかるんだ」と、ウィズ。
「僕が、かなちゃんの中に入れるってカマをかけたのを覚えてる?
入れないでって泣きそうな顔をしたんだ。
僕が父親みたいにナイフを突っ込むと思ったんだよ。
つまり、かなちゃんはホントのセックスを知らないんだ。
それで妊娠って、おかしいと思わないか?」
電話でよかった。
全く、もう少しレディに気を遣った話し方はできんのか。
「でも、あの。‥‥直接‥‥しなくても、妊娠した例もあるって聞いたことがあるわよ」
「オーラルセックスで?ないと思うな」ウィズが笑った。
ううう。もう意味がわかんないよう。
「つまりね、そういうのは一種の事故だろう?
ノーマルに挿入しようとして、入り口で破綻しちゃったりして起こるんだ。
初めっからオーラルモードの人は無縁の事故なの!」
「初めっからその‥‥そのつもりの人なんているの?」
「だったら、なんでかなちゃんに、ノーマルの知識や意欲が無いんだい?」
「意欲?」
「かなちゃん、フェラチオについては意欲的に学習してるんだ。
生き延びるために仕方なくだけど。
父親が、ノーマルを試して、ダメだったらオーラルに切り替えてたとしたら、かなちゃんがそれを知らないわけが無い。」
「いやだったからでしょう?女の子にとっては一大事なんだから」
「ナイフより?」
えーん。
「もしもし、美久ちゃん。聞いてる?」
もうヤダ、こんな会話!!
なんでエッチもまだの相手と、こんな話をせにゃならんのだ?
ほんとにもう、助けてください!
黙ってしまったあたしの耳元で、ウィズはふと、呪文のように囁いた。
「‥‥おんみは おんなのうちにてしゅくせられ
ごたいないの おんこイエズスも しゅくせられたもう‥‥」
「それは‥‥なに?」
「マリア聖句だよ。
聖母マリアに祈りをささげる時に使うんだ。
めでたし 聖寵満ち満てるマリア
主 御身と共にまします
御身は 女のうちにて祝せられ
御胎内の 御子イエズスも祝せられ給う
天主の御母 聖マリア
罪びとなる我らのために
今も 臨終の時も 祈り給え‥‥」
「イエス・キリストはそうやってお生まれになったのに、私達が生命をより分けることはできません!
そう言って、シスターたちは一日中、この聖句を唱えているんだ」
「最終的な決定権は誰にあるの?」
「親族かな。でも引き取る気もない親族だし、もめると思うよ」
「でも、早くしないと、かなこちゃん‥‥」
「うん」
携帯を握り締めて、あたしは唇をかんだ。
あたしたちには、これ以上どうにもしてあげようがない。
「ファックスを読んでおいてね」ウィズが言った。
「もう、僕ひとりで暴走しないから。
全部、美久ちゃんに伝えるから。
がんばってついて来るんだよ」
あたしは胸がつまって返事ができなかった。
もしかして、こういう申し出、ウィズが口に出したのってはじめてかも。
ウィズとの電話を切ったあと、あたしは友人をひとり、呼びつけた。
寺内まどかは、なぜかシャンパンとバラの花を抱えてやってきた。
「ハッピー・ロストバージン!!」
玄関で、クラッカーをパーン。
早とちりだ。
「‥‥未遂だあ?ふざけんなよお!
美久のお母さんが、帰って来ないって電話よこしたから、こっちは踊り回って喜んだのに」
ロシアンティーをすすりながら、まどかはしきりと悔しがった。
「昔から美久はそうなんだよな。
わがままとか全然言わねーのに、人のことふり回すんだ」
だから、人の体験で一喜一憂しないで下さい。
まどかは177センチの長身をたたんで、あたしのベッドの脇に座ってる。
あぐらをかいてカップを傾けている姿は、ジャニーズ系の入った男の子に見える。
高校時代から、私服の彼女と歩くと、必ず「カレシ?」と聞かれた。
一人っ子のあたしにとっては、兄貴‥‥じゃなくて姉貴のような存在だ。
「如月さんも気の毒に。
あの人たぶん、女の子にじらされたことなんかないぞ」
「じらしてないもん!」
あたしは唇をとんがらせた。
ほんっと、今回に限って、逃げ出す気なんかなかったってのに。
ほっとしてる自分と、がっかりしてる自分がいて。
まどかと違って、あたしの感想は複雑だ。
「で、本題なんだけど」
あたしはまどかの前に、ウィズからのファックスを一枚置いた。
「キーワードが半分だけわかってんの。
30分だけ侵入できないかなあ?」
彼女はパソコンオタク。
ハッキングにかけては、絶対の自信を持っている。
「できるとは思うけど‥‥。
これ、ヤバイ場所なんじゃねえ?」
「あたり。警視庁です」
「げげげ。なんでそのパスワードが割れてんだよ」
「ウィズが女性職員をたらしこんだから」
「おいおい。‥‥入れ食いの本領発揮かよ」
「入れ食い‥‥」
やな言い方だ。
でも、なんだろう。なんか引っかかる。
これと同じような表現で、最近引っかかるものがなかったか?
入れ食い。崖っぷち。敵前逃亡。途中下車。
「そうだ!寸止めよ!」
やっと思い出した。
「寸止め女、って、どういう意味かわかる?」
「空手のルール、のわけねえよな?」
「エッチしかけといて逃げる、と言うことじゃないかと思うけど」
つまりは敵前逃亡だ。
「問題は、それを言ったのが、かなこちゃんだということなのよね」
「子供の発想じゃないだろそれ」
「でしょ?でも、誰がそんな言葉を教えたの?
かなこちゃんの周りにいるのは、シスターたちばかりなのよ」
まどかとあたしは、うーんとうなった。
吹雪くんの頭の中には、他人のハッキング映像のために肥大した広大な記憶バンクがあります。羨ましい限りです。こっちは何をどう書いたかさえ、いちいち忘れるので苦労してるのに(泣)