・・・・・・(9)生殺しでも愛してる
予測を越えた勢いで突っ走られて、内心パニくった。
けど、逃げ出そうとは思わなかった。
ウィズから逃げるということは、この世の誰も受け入れられないということだからだ。
告白する。
ウィズには絶対、内緒だけど。
好奇心、ゼロではなかった。
セックスへの、ではない。
あたしの体への、リハビリに関する好奇心。
あたしはほんとにまともなセックスができるんだろうか。
朝香センセが言うように、ウィズとの行為なら恐くないだろうか?
ミヤハシの父がつけた爪痕が、ウィズを拒絶しはしないだろうか。
あの不快なジンマシンの波がまた行為を妨げるのではないか?
確かめたいと思った。
もう一つ、告白する。
ウィズには死んでも内緒だけど。
ものすごく嬉しかった。
呼吸の音が心地よかったので。
ウィズの香水嫌いと同じように、あたしにもダメなものがある。 耳元でハァハァあえぐあの呼気だ。
ミヤハシの父にイタズラされた時、吹きかかった息を思い出す。
ケモノと抱き合っているみたいで、もうそれだけで触られるのもイヤになる。
ジンマシンのきっかけのほとんどがそれなのだ。
背筋が寒くなって、鳥肌が立って、それが発疹に変わるのだ。
なのに、ウィズのキスがあたしのうなじに下りて来た時。
ちょっと荒くなった呼吸の音がすごく嬉しかった。
あたしとの、たかだか数分のキスで息が乱れちゃったウィズ、心臓の鼓動にせかされてるウィズが、言いようもなく可愛くて、愛しくて。
ああ、この人なら大丈夫なんだ。
そう思ったら、涙が出そうになった。
頭の中では、しつこく警報が鳴っている。
2月にあんなにお利口だったウィズの右手。
今夜は小さい子供みたいに片時もじっとしていない。
あたしの体の上をお散歩する様子がひどくもどかしそうで。
被服のすきまを発見すると、水のように侵入してくる。
あたしの呼吸も、きっともうまともじゃなくなってる。
ウィズの気の早い唇は、うなじに飽きてあたしの胸の輪郭をたどる。
同時に、冷たい指先が、とっくにあの傷を探り当てている。
大田原につけられたナイフの傷。
その上を、不意に熱い舌でなぞられて、思わず声を洩らした。
それにしても、ボタンやブラはいつのまになくなっちゃったんだろう。
この人、やっぱり魔法を使ってないか?
ピーピーと警報がうるさくて目を開けた。
「ウィズ……インターホンが鳴ってるよ」
「美久ちゃんの携帯もだ……」
「出ないと……」
「……やだ」
インターホンは鳴り続けた。
一旦、無視を決め込んだウィズが、あまりのしつこさに舌打ちして立ち上がり、マイクのスイッチを入れた。
喜和子ママの声。
「吹雪さん!あなた美久ちゃんを家に帰してないの?
お母さまが大騒ぎで捜してらっしゃるのよ!
美久ちゃんは、かなこちゃんにみたいに張り込みさんはいないけど、警察の人が定期的に連絡入れて下さるので、すぐに筒抜けよ。 連絡がないと捜索が出るわよ!」
「げげっ」
あたしの携帯は、母からの着信でいっばいだった。
「ヤバい、連絡入れるの忘れてたぁ!」
電話が鳴りだした。
ウィズの携帯もだ。
あまりの騒ぎに、かなこちゃんが目を覚まして出てきた。
ウィズはソファからずり落ち、床の上で死んだふりをしてすねた。
「みんなして、僕のブレーキテストをしたかったのか?」
次の日から、あたしは母に監禁された。
「あんたは動き回る度にヒトサマに迷惑かける!
犯人が捕まるまで、外出禁止!」
迷宮入りになったら、どうしたらいいんですか。
とはいえ、今回はまるきりあたしのペナルティなのは確かだ。
家にいる間は、家事と受験勉強に精を出し、まじめに過ごすことにした。
月曜のお昼、家のファックスが、大量の紙を吐き出し始めた。
送信元は、如月吹雪。
かなこちゃんに関するすべての所見がそこにあった。
その量たるや、作成どころか読み終えることができるのかと疑ったくらいだ。
どうやらウィズは、先日の欲求不満のはけ口をこちらに求めることにしたようだ。
「エッチになりそうでならない」一昔前の少女マンガみたいになって来てしまいました。トラウマカップルですから筆者も気を遣っています。