・・・・・・(8)誘惑のチェッカーズフラッグ
「小説家になろう」ホームの表示に、この作品が「完結済み」として掲示されてしまいました。誤りですのでお詫びして訂正します。本編はまだ続きます。
「あら。イイ感じね。お邪魔虫は帰ろうかな」
朝香センセ、グラスを3つトレーに掲げて帰ってきた。
ウィズは写真を雑に重ねてテーブルを空けた。
「いいですよ、帰って。どうせ先生は混ぜっ返すばっかりでしょ」
「まっ。嫌われたわね」
朝香センセは、自分のグラスを立ったまま飲み干し、うーんと伸びをした。
スリムでスリーサイズの均整が取れたボディーラインがはっきり見える。
ああ、これがホントに男の人なんだろうか?
整形とかホルモン注射とかしてるんだろうか?
職場でも性別を偽ってるんだろうか?
でも、今の会話でわかった。
ウィズは、あたしのこと怒ってないわけじゃないなって。
彼がいつも通りあたしに接してくれるのは、優先順位が高いからだ。
彼はたぶん、かなこちゃんを妊娠させた相手をつきとめるつもりでいる。
それが最優先。
それに協力的な人と、そうでない人とで、単純に対応を分けてるだけだ。
「朝香先生となにかあった?」
センセを送り出して玄関を閉めたウィズが、戻って来るなり聞いた。
「どうして?」内心ドキリとする。
「なんとなくヘンな感じするんだけど、違うの?」
う。やっぱり鋭い。
ああ、だめ。思い浮かべたら読まれちゃう。
あの免許証の記憶が浮かんで来ないように、あたしは頭の中を、ほうきでバサバサ掃きまくった。
「そんなに構えなくっても。常時読んでるわけじゃない」
ちょっと鼻白んだ様子で、ウィズが言った。
それから、朝香センセがつくってくれた飲み物のグラスを一口飲んで、顔色を変えた。
あわてて立ち上がり、グラスの中身をキッチンの流しに捨てた。
「どうしたの?」
「美久ちゃんのも捨てた方がいいよ。
さっきのお酒にも、何か入れてあったんだろう?」
「ええ?それにも入ってたの!?飲んじゃった?」
「たいして飲んでないけど‥‥危ない人だなあ」
「即効ですっごく眠くなるのよ。横になっとく方がよくない?」
「いや、いいよ。でも、僕をつぶしてなんになるんだろ」
ウィズは自分で飲み物を作り直すためにカウンターに入った。
あたしは立ち上がって切り出した。
「あのね。‥‥謝ろうと思って、残ったの」
ウィズがゆっくりと顔を上げた。
「さっきは、勝手に勘違いして怒ってごめんなさい。
枕なんかぶつけてごめんなさい。
ウィズが本気でかなこちゃんのこと考えてるの、わかった。
あたしの将来のこと思って、見せようとしてくれた気持ちも、わかった。
ウィズのこと、いつも信じたいのに、あたし馬鹿だから、気がつくと疑っちゃってる。
がっかりしてる?
‥‥おこってる?」
なるべく飾らないで言ってみた。
どうせ、カッコつけてもバレるんだもん。
ウィズが黙ってあたしを見てる。
どう言葉をつむいだらいいか、迷ってる様子がわかる。
目をそらさずに見つめ返す。
あたし、気を抜くとすぐ逃げちゃうから。
今まで考えないようにして逃げてたことが、いっぱいあるんだ。
離婚までに両親が繰り返したはずのいさかいを、一度も聞かなかった。
ガキっぽい顔に不釣り合いな、エッチ体形と言われたボディに対するコンプレックスにも、気づかなかった。
死んだと聞いたとたんに胸をなでおろして気づいた、友人への憎しみとか。
そんなことから目をそらしては、楽しい日常を満喫しようとする。
あたしは幸せだと思い込もうとする。
そして、いよいよ追い込まれてから悩む。
だからもうその時には、最悪なことしか考えられないんだ。
「怒ってないよ」
たくさんの言葉を思い浮かべたあとで、ウィズは一番短い言葉で答えた。
彼独特の、ちょっと困ったような笑みを浮かべて、カウンターから出た。
カウチソファに座ったウィズは、あたしを隣に座らせた。
「今回は、僕がひとりで迷走してたんだ。
美久ちゃんがついて来れなくて当たり前だ。
気がつかなくて悪かったよ。馬鹿はこっちだ」
背中に回した手で、あたしの頭をくしゃくしゃになでた。
わ。そんなにしたら、また涙がでちゃう。
泣きべそをかいたあたしが落ち着くまで、ウィズは肩を抱いていてくれた。
その間、かなこちゃんの写真を手にとってながめている。
憎たらしいくらい冷静な顔で‥‥。
さっき優しさに感謝したばかりなのに、あたし、少し不満になる。
やっぱりあたしのこと、妹みたいに可愛く思ってるだけなのかな。
こうやってくっついてても、ウィズはなんともないのかな。
あたしの耳の中で、朝香センセの声がした。
「彼、おイタしないでしょ?
‥‥ほっとする?
じれったい?‥‥」
うん。
相当ずいぶん、じれったいぞ。
「ね。‥‥ウィズ」
このままじゃ、ダメだ。
「うん?」
「‥‥キスして」
ウィズが虚を突かれたようにこちらを見る。
「ウィズから、して」
カラダ中の勇気を総動員して、言った。
ああ、心臓がブレイクダンスを踊り出す。
この距離じゃ、絶対ウィズに聞こえちゃう!
誓って言うけど。
あたしもともと、こういうキャラじゃない。
お友達と遊びに行っても、「なにやりたい?」って、相手に決めてもらう。
自分が合わせる方が、安心して楽しめる。
女の子同士でだって、注文おねだりわがまま、何にもしたことがない。
でも、かなこちゃんを見てて思った。
ウィズにはそれじゃダメなんだ。
彼、性格的には受動的な人じゃないんだけど。
いつも目と耳をオープンにして待つ癖がついている。
受け取って、考えて、行動する。
その順番にしか、スイッチが入らないみたいなとこがある。
だから、スタートのフラッグはあたしが振る。
きっと、これで正解のはずなんだ。
でも、つぎの瞬間。
あたしを見てるウィズの表情を見て、たちまち後悔した。
予習してないとこが当たった高校生みたいな顔してる。
断わられたら、また泣いちゃうなあ。
「美久ちゃん、困るよ。‥‥少し壊れてるんだ」
「はい?」
「ブレーキが‥‥」
あたしの肩に回したウィズの手が、腰のあたりをふっと引いたなと思ったとたん。
え?
あたしは一瞬で、カウチソファに仰向けになっていた。
え?今のは魔法?
どこをどうされたんだか全くわからない。
気がつくともうウィズの腕の中にいる。
「ちょ、待って、タイム」
「‥‥やだ」
上から唇を重ねられた。
ああ、なんかもう、初手からフルスロットルなんですけどー!
キスだけじゃ、全然終わりそうにないんですけどー!
大マヌケなあたしは、その時までぜんッぜん心の準備をしてなかった。
考えたら当然のことだ。
深夜の2時に、部屋で、二人(隣の部屋にもうひとり寝てるけど)きりなんだし。
それでキスをせがまれたら、モードあがっちゃわない男の子っているだろうか?
加えてウィズは、かなこちゃんの時に、1回途中下車くらってる。
朝香センセがさっき混入した薬物がそっち系の刺激剤である可能性も無視できない。
いきなりトップギアに入っちゃったからって、ウィズのせいじゃないと思う。
頭の中で、警報が鳴り響いてた。
やっとラブシーンです。書いててイライラします(笑)なんか一昔前の少女マンガみたいな感じです。