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・・・・・・(7)エッチで馬鹿でくそまじめ

 一瞬、眠っているのかと思った。

 そう錯覚するほど長いこと、ウィズは動かなかった。

 あたしがさっきまでいたカウチソファで、パソコンを前に、うつむいたままで。

 よく見ると、肩を震わせて泣いているのだった。


 テーブルの上いっぱいに、写真が散乱していた。

 おそらくデジカメからプリントアウトしたものだ。

 取り上げてそれを見た朝香センセが息をのんだ。

 「これっ‥‥!かなちゃんの‥‥」


 それは全て、女の子の裸体を部位ごとに大写しにした写真だった。

 切り傷、切り傷、切り傷。

 縦に横に、びっしりと傷の入った皮膚。

 胸も、お腹も、背中も。

 方眼紙のようにナイフが入れてあった。

 まるで絨毯のように、傷があや織りになってる!!


 「美久ちゃん、きみの胸にも、同じナイフの傷があるだろう?」

 ウィズがあたしを見上げた。

 「大田原と言う男、皮膚に刃先がもぐる瞬間が好きらしい。

  だから、一度に何本も何本も、浅く切り込むんだ」

 「ひどい。こんなふうに切られたら、浅い傷だってなかなか治らないわ」

 朝香センセが涙ぐんだ。


 「実の父親なんでしょう?」

 あたしの問いかけに、ウィズは苦笑を返した。

 「甘いね。虐待の大半は、実の両親によって起こるんだ。

  美久ちゃん、写真から目をそらすんじゃない!

  こんな親はね、ほんっとにごまんといるんだ。きみはそれを相手に仕事しようと思ってるんだろう?

  こういう親とつきあって行くんだよ?

  注意したり、交渉したり、時には信じて待ったりして、そういうことができなきゃやってけないよ!」

 弱気な表情のあたしを、ウィズは容赦なく叱り付けた。


 「かなちゃんは、ホームでみんなとお風呂に入るのをいやがったそうだ。

  シスターたちは専門家だ。

  そういう子が、たいていひどい傷跡を気にしているということをご存知だった。

  でもかなちゃんの抵抗が激しくて、傷を確認することが出来ない。

  もともと、ひとりの子にかまけてる時間がないほど忙しいんだ。

  だから、今回うちにいる間がチャンスだったんだ」


 「まさかウィズ、この傷を全部読んだの‥‥」

 「全部は無理だった。同じ映像ばかりで混じってしまうし‥‥。

  でもね、誰かが真実を知っておかなきゃならないんだ」

 「かなこちゃんは、あなたにその話をしたの?」

 「ベッドの上でやっとね。ひどい話だった」


 かなこちゃんの話によると、父親はセックスをしたくなったときにしか、かなこちゃんに話しかけなかったそうだ。

 性交渉か、切り裂き行為か。

 かなこちゃんと父親の交流はその二者択一以外になかった。

 かなこちゃんは必死で父親の機嫌を取り、彼を満足させようとした。

 少なくともセックスの方を選べば、殺されることはないからだ。


 「だから、かなちゃんは人と会話するのが苦手だ。

  会話と言うのはキャッチボールだから、まず相手の投げたものは投げ返さないと成立しない。

  そんな基本的なことが、まるで理解できてないんだ。

  それで、ホームでたちまち孤立してしまった。

  かなちゃん自身、自分がまちがってるのは分かるんだが、どこを直せばいいのかわからない。

  

  クリニックで会ったとき、僕はかなちゃんに言ったんだ。

  『おしゃべりが上手になる魔法を教えてあげるよ』って」

 「それで、あんなにウィズのこと‥‥」

  ウィズは、相手が一番欲しいものを提案したのだ。


 かなこちゃんの苦悩はそれだけではなかった。

 彼女は、大人と付き合う方法も学ばねばならなかった。

 男を喜ばせる方法はわかっていた。

 でも女の人が何をしたら喜んでくれるのか、見当もつかなかった。

 

 かなこちゃんの母親は、亭主と娘が性的に癒着してしまったのを嫌い、心を閉ざしてしまっていた。

 夫婦間では、殺害に至るまでの間にいさかいも多々あったろうが、母と子の間にはそれがなかった。

 母親が徹底的に、かなこちゃんを無視したからである。

 衣食住の面倒を機械的に見ただけでも立派なものだった。

 

 ホームのスタッフは、シスターと近隣の信者さんたちなので、女性ばかりだ。

 父親が失踪してから、かなこちゃんは女の人に囲まれて過ごしていた。

 怒る人も、ほめる人もいた。

 なぜ怒られ、ほめられるのか、しつけをされてないかなこちゃんにはよくわからなかった。

 

 「ここ数日でかなこちゃんが会った男性は、警官と、神父さまと、クリニックの先生と、僕の4人だけだ。

  あとの3人は、セックスの対象にはならないとわかってたから、かなちゃんは途方にくれていたんだ」

 あたしは納得した。

 「そうか、かなこちゃん、ウィズを喜ばせようとして、一緒に寝るって言ったのね」

 白井さんの冗談が真実だったわけだからこわい。


 「それにしても、あんまり感心しないわよ、吹雪クン」

 朝香センセが抗議体勢に入った。

 「かなこちゃんに自分のモノを触らせるなんてするべきじゃないわ。

  美久ちゃん、ショックで泣いちゃったじゃない」

 「朝香先生がそれ言いますか?先生のせいじゃないですか!」

 ウィズがいきなりキレた。

 

 「写真撮影は、僕がするとあんまりアレなんで、美久ちゃんに頼もうと思っていたのに。

  なんで酔いつぶしちゃうんですか?

  かなちゃんが寝た後、美久ちゃんを起こしたけど、まるで反応ないし。

  仕方なく僕が撮ろうと思って、布団をめくったとたんに、かなちゃんが目を覚まして」

 「‥‥あららら」

 「もともと父親との性交渉は、かなちゃんが寝ている間に父親が帰宅して、いきなり始まるものだったんでしょう。

  かなちゃん、僕がその気になってると思い込んで、あっという間にそっちモードに入っちゃったんです」


 「やだっ、それだって、どうしてウィズが止めてあげないの?」

 あたし、思わず叫んだ。

 「ウィズは大人でしょ?

  会話を教えるのと同じように、そんなことはしちゃだめだって、教えてあげればよかったじゃない!」

 「‥‥見えたんだ」

 「え?」

 「かなちゃんの頭の中に、父親との異常なセックスの様子がいっぱい浮かんだんだ、僕のを触ったとたん!」

 「‥‥ウィズ」

 あたしは言葉を失って、ウィズの顔を呆然とながめた。


 彼は、人が頭の中に描いた画像を読み取ることができる。

 そのためには、相手が鮮明なイメージを描いている瞬間を狙ってハッキングしなければならない。

 だから、ベレッタ刑事にやったように、言葉や他の感覚で刺激して、回想を誘導しながら探っていく。

 かなり集中力を要する作業だろう。

 だからときどき、ウィズは「読む」ことにひきずられる。

 いきなりかなこちゃんの脳裏に映し出された映像を、ウィズは一心に読んでしまったのだ。

 それこそ、止めるのも忘れて。


 「あきれたクソまじめね」朝香センセが笑った。

 「ね。ついでにエレクトしちゃった理由も教えてくれる?」

 ウィズは珍しく言い淀んで、視線を宙に泳がせた。

 「‥‥ちょっとした油断です」


 朝香センセは派手に笑い出し、そのあと当分笑いっぱなしだった。

 ウィズはにこりともしなかった。

 床に這いつくばったセンセを無視して、あたしにそっとささやいた。

 「明日、買ってきて欲しい物があるんだけど、頼まれてくれる?」

 「いいけど何を?」

 「妊娠検査薬」

 「‥‥ウソ‥‥まさか、かなこちゃん?」

 あたしは凍りついた。


 「だって、まだ小学生‥‥」

 「うん。かなちゃんに聞いたら、初潮もまだ来てないそうだ。

  おそらく、最初の排卵でいきなり‥‥」

 「‥‥なんてこと‥‥」

 涙がこみあげてきた。

 ひどい。かなこちゃん、かわいそうすぎる。


 「しかも、たぶん大田原のしわざじゃない」

 「え?」

 「かなちゃんのお腹の子の父親は、大田原じゃないんだ」

 「じゃあ誰なの?」

 「わからない。でも、大田原には無理なんだ」

 「無理?」

 「大田原は、勃起状態に問題があって、かなちゃんの膣内には挿入できない」

 ピー。

 しゃらっとものすごいこと言ったんですけど。


 ウィズはあたしを自分の横に座らせた。

 朝香センセは、笑い疲れて咽喉が渇いたらしく、キッチンバーの中に入って飲み物をあさっている。

 「かなちゃんの記憶の中で大田原がしていたのは、口腔内射精だけだった。

  彼の陰茎は半立ちになるだけで強度がないので、そうしないと射精しないんだ。

  かなちゃんの口調だと、早漏でもあったらしい」


 「ウィーズ、ウィズ、ウィズ、ウィズ‥‥」

 顔から火が出そうになったので、たまらずストップをかけた。

 「お願いだから、もうちょっとソフトに表現して。

  顔とセリフが合わなさすぎて頭の中がぐッちゃぐちゃ」

 「それくらいがまんしてよ。ぼかしたって同じことだ。

  核心の周囲を旋回する回数がふえるだけ、かえって恥ずかしいじゃないか!」

 ああ。熱が出そうだ。

  

   

ここまでお読み頂いてありがとうございます。台詞ばかりきわどくても一向に発展しない二人なのですが、次回は恋愛的にも進展させますね。

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