・・・・・・(5)ロリコン決定!
「かなこちゃん、お風呂に入ったら?」
9時前になって、喜和子ママがかなこちゃんに声をかけた。
そのころには、陣中見舞い組はすっかり宴会体勢になってしまっていた。
店を休みにした意味があったんだろうか?
「オバちゃんのとこのお風呂、準備しといたのよ。
入ってもう寝なさい、こののんべえさんたちに付き合ってたら不良になっちゃうわよ」
「行っといで」
テキーラのグラスを片手にウィズが促すと、かなこちゃんはうなずいた。
「お兄ちゃん、かなこオバちゃんと寝ない」
ひざから下りて、かなこちゃんはきっぱり言った。
「お兄ちゃんと寝る」
ごほっごほっごほごほ、と数人のむせる音が店内を満たした。
かなこちゃんはウィズの袖をしっかり握って唇を結んでいる。
「いいよ。でもお風呂はオバちゃんちのを使うんだよ」
「入らないよ、オバちゃんとは!」
かなこちゃんが大声を出した。
「ひとりで入っていいよ。でもね、ぼくの方はバスルームの準備してないから、オバちゃんとこ使うんだよ」
「お兄ちゃんと寝るの!」
「いいよって言ってるよ。よく聞いて、かなちゃん」
「いいの?」
「いいよ」
かなこちゃんはやっと理解したらしく、喜和子ママに連れられて2階へ上がっていった。
ウィズのひざの上が空になると、白井さんと所沢刑事は嬉しそうにボックス席に群がった。
「大変だな、色男」
「いや〜、楽しそうだね、吹雪くん」
ウィズは不機嫌な顔でふたりをにらみ、白井さんの手からテキーラのボトルを奪い取った。
「何が面白いんですか」
「いいじゃん、気に入られてるんだから。一緒にねんねしましょうよぉ、って」
首にからみつく白井さんのぼってりした腕を、ウィズは払いのけた。
「あの子は、性的なタブーが理解できないんです。それがどんなに恐ろしいことかわからないんですか?」
白井さんはぷっと吹き出した。
「それを吹雪くんが言うなよ!」
「ウィズ、怒ってる」
あたしはカウンターで、朝香センセにもらった水割りをなめながら言った。
「そうね。かなこちゃんは肉親がいなくなって、初めての環境でどうしていいかわからないのに、あんなふうにからかうべきじゃないわね」
「かなこちゃん、お話が通じにくい子ですね」
「うーん。会話能力は3歳児程度ね。
知能テストを見せてもらったけど、頭が悪い子じゃないのよ。
多分、両親が全然あの子と会話せずに育てたのね」
「ウィズ、治してあげるつもりみたい」
「そう見えるわね」
「あっあっあっ、こら!やめんか!」
突然、所沢刑事が叫んだ。
見ると、ウィズが座ったまま手を伸ばして、刑事のズボンのポケットからはみ出したものを、指先に引っ掛けたところだった。
きらきらした銀の金具が、ポケットから引きずりだされた。
ウィズはそれを両手に持ちかえ、ためつすがめつして観察した。
「へえ。これが手錠か、初めて見たな」
「返ぜ馬鹿モン!おもちゃじゃねえぞ!」
刑事が伸ばす腕を避けながら、ウィズは手錠をひょいとこちらに投げてよこした。
あたし、あわてながらなんとかキャッチ。
刑事は牡牛のように突進して来て、あたしの手から手錠を奪い取った。
そしてすぐにウィズのところに飛んでいって、彼の衿がみをつかんだ。
「この野郎、ふざけやがって!
ワッパは国から支給される権限の印なんだ!
冗談にしていいことと悪いことがあるんだぞ!
もし紛失や破損があって、仕事中に抜け出して来たのがばれちまったら減棒もんだ」
「ぼくもそう思いますよ。からかっちゃいけないことはあるんです。
人それぞれに、という言葉を加えればね。
奇しくもたった今、その話をあなたがたにしてたところなんですよ」
涼しい顔をして、ウィズは言った。
朝香センセは、荷物の中からお酒のボトルを取り出した。
グラスに注ぐと、目に染みるようなエメラルドグリーンだ。
「ほらほら、美久ちゃんはしんみりしないの。
もう二十歳になったんでしょ?もう少し飲みなさいよ」
「わあ、きれいな色ですね!」
「甘くって初心者向きよ。飲んで飲んで」
「でも、あたしあんまり強くないから、帰れなくなっちゃいます」
「あたしが送るから、安心してのびちゃいなさい」
パンチグラスに入った緑色の液体は、ジュースみたいに抵抗なく飲み干せた。
そして何も……何もわからなくなった。
目を覚ますと、明かりを落とした部屋の中にいた。
どこにいるのが一瞬判断できない。
あたしは厚手のタオルケットにくるまれて、黒いカウチソファに横たわっていた。
電気の消えた部屋を照らしているのは、つけっぱなしのパソコン。
青く照らされた部屋の隅に、カウンターバーを備えたキッチンスペース。
……ここ、ウィズの部屋だ。
7階の新しい部屋。ここと、奥の寝室のふた部屋。
時間は11時45分。
あたしは飛び起きた。
いつのまに……どうしてこんなとこにいるんだろう?
まさか朝香センセ、わざと酔いつぶしてここに運んだんじゃ……。
あのお酒、何か混入してたりしないか?
強引に種火に点火しようとしてるんじゃないか?
信じられない!
寝室で、不意に誰かの声がした。
あたしは飛び上がった。扉が開いているのを知らなかったのだ。
蒸し暑い夜だから、きっと窓も全開にしているのだろう。
寝室は真っ暗。
入り口から、広い窓いっぱいの町あかりが見えた。
リビングも兼ねた広い部屋なので、ベッドの頭のとこに仕切りカーテンが着いていて、入り口からはさえぎられている。
かなこちゃんが小声で何かしゃべっている。
こんな時間に、こんな暗がりで起きているの?
声の調子がひそやかで、なぜかドキッとした。
あたしはベッドに近づいた。
ウィズの声がした。
「かなちゃん‥‥もう‥‥ああ、もうかんべんしてよ‥‥」
あたし、その場にへたりこみそうになった。
確かにウィズの声だった。
でも、そんな甘ったるい声でしゃべるウィズを、あたしは知らない!
「お兄ちゃんもいいんだね」
かなこちゃんが言った。
「パパはこうするとすぐイッちゃうんだよ」
その場に縫いとめられたように、あたしは動けなくなった。
神様!だれか、ウソだと言って!
吹雪くんのベッドのお相手は小学生のかなこちゃん?
現場を見ちゃってさあ大変!どーする美久ちゃん!