・・・・・・(16)犬小屋の少年
一触即発。
ぴりぴりに張り詰めた空気の中。
極道たちは、気色ばみながらもウィズに言われたとおり動いた。
予言に対する好奇心と、どうせ殺してしまうからという気があるのだろう。
ウィズは、いつもの悪い癖を出して、雪で汚れた床に座り込んだ。
ガンさんと並んで座るためだ。
「吹雪、蝶子は」
ガンさんが小声で聞いた。
ウィズは黙って首を振る。
ガンさんは、声をださずに泣き始めた。
部屋の空気が入れ替わったので、ウィズはもう一度キーを手にした。
「駅名が書いてあるはずなんだ。でもこれを持っていた人がそれを見てないと」
集中するために堅く目を閉じる。
「中身はね、わかるんですよ。
拳銃が3丁と、あと薬物、なんの薬ですかねこれは。
それとこの人、誰かをゆすってたらしくて、個人情報のファイルが結構あります」
極道が息を飲んで身動きしなくなった。
探し物の内容と一致したのだろう。
ウィズはキーを額に当てる。
「近くに小学校がある。うううん、ここも見てくれてないんだな。
もう少し先に、看板が…ああ、これは選挙ポスターか。
あと少し行ったとこに掲示板がある。何処かのお店の地図が入ってますね。
地名がわかるかも知れない。あああ、小さいなあ。
花。花頁?花貝、花貝駅?……花見かもしれない」
「花見駅なら福岡だ。そう言えば津田は博多だった。同じ九州だなって前に言ってたんだ」
ガンさんがつぶやく。
「駅に電話して確認しなさい」老人が40男に指示した。
帰って来た時、40男は外の二人を連れて入って来た。
「確認取れやした。ほぼ間違いありやせんぜ。
そのロッカーは先週から使いっぱなしだそうで」
「シュウ、コウ、おまえたち二人行って取っておいで」
老人が鷹揚に命じた。
二人が外に駆け出そうとすると、
「お待ち、まだ仕事があるんじゃ」
老人が呼び止めた。
それを合図に、極道たちが飛び掛かってきた。
あたしは一瞬で、まっ黄色の刈り上げに羽交い絞めにされていた。
ウィズは大して抵抗しなかったのに、向こうが怯えて最初から2人がかかってきていた。
「てめえら、きたねえぞ!」
意外にも一番パワフルだったのは、傷だらけのガンさんだ。
彼は40男を跳ね飛ばし、自分だけ何もせず見物していた老人につかみかかろうとした。
パン!
乾いた銃声が一発。
ガンさんは床に転がる。老人の右手にある銃が、細い白煙を上げている。
「ガンさん!」
叫んだけれど、動けない。
ガンさんは倒れたまま歯噛みした。
「畜生‥‥。誰か、こいつらを殺してくれ‥‥!
こいつら、こ、こいつら、蝶子を、‥‥みんなで、俺の目の前で」
ぴしり、と室内の空気が乾いた。
「輪姦‥‥?」
床に倒されたウィズが、つぶやいた。
あたしはあっと叫んだ。
「ガンさん、言っちゃだめ!」
「‥‥銃で撃つ、直前まで、蝶子、代わる代わる、マワしやがって‥‥」
「だめ!言わないで!」
全開中のウィズを、刺激したら!!
虐待とか強姦とか、そういうのは禁止キーワードなんだってば!!
暗がりの中で、見開かれたウィズの両眼がきらりと光った。
パリパリパリッ!
落雷のような電流の音。
耳がおかしくなった。気圧が急変したのだ。
ワアン、と建物がきしんだ。
廊下でガラスの割れる音がした。
外に出しておいたトルエンの瓶が割れて、燃え上がっている。
ウィズの目が真っ直ぐにその炎を見ている。
その横に、火薬の入ったスポーツバッグがある!
「危ない!」
轟音。
同時に爆風があたりを薙ぎ払った。
あたしは部屋のすみまで吹っ飛ばされた。
頭と肩をしたたか打って、うめきながら顔をおこした。
部屋は火の海だった。
あたしのすぐ近くでリーゼントは真っ黒な煙を上げて燃えていた。
あたしの体の上に刈り上げのチンピラがのしかかっていて、これも背中から炎が上がっている。
ガンさんと残りの極道は折り重なって部屋の隅でくすぶっていた。
ゾッとした。本当ならあたしもこの中に横たわるひとりだったはずなのだ。
ウィズが、状況が変わるたびにあたしをスポーツバッグから遠ざけるように引っ張ってくれていたから、助かったのだ。
でも喜んではいられない。
火をつけたのは、当のウィズなのだ。
火が怖いはずの彼が、自ら火を使うとは思わなかった。
そして、ウィズは?
あたしは部屋の中を見回した。
ウィズは部屋の角で座り込んでいた。
いや、よく見るとそれはウィズではなかった。
小さな男の子だ。
部屋の様子がさっきと違っている。
真っ白い壁と、高級そうなフローリングの床。
そして、窓には美しいステンドグラスが施されたガラス、ただし外は真っ暗だ。
男の子は泣いていた。
不自然に体を縮め、上を見上げて泣き叫んでいた。
よく見ると裸で、体中傷だらけだ。
炎が彼の周りを取り巻いている。
「おねがい!おねがい!
燃やさないで、僕を燃やさないで!
あやめちゃんのこと言わないから、誰にも言わないから!
おじさんたちとするから、痛くてもがまんするから!
出して!出して!熱いよ!」
叫び声に時おり悲鳴が混じった。
あたしは男の子の方へ行こうとして、熱気の中をはいずった。
炎はあたしの体をなめても、少しも燃え移らない。
当たり前だ、と思った。
この炎はウィズが起こしたのだ。
ウィズがあたしを燃やそうとするはずがない。
男の子の頭をそっとなでた。
涙と怪我でひどい有様になっていたが、子供の顔はウィズの顔だった。
「あなた、コロちゃんね?」
びっくりしたように、彼はこちらを見た。
間違いない。これは子供時代のウィズの記憶だ。
「あやめちゃんって、だれ?」
あたしが尋ねると、小さなウィズは悲鳴をあげた。
「知らない!知らない!そんな子いないよ!」
「言うと誰かに叱られるのね?」
彼は激しく頭を振った。
「もう誰も叱らないよ」あたし、そう言ってみた。
「長い間、黙っててえらかったね。もう、人に言ってもいいんだよ」
「うそだ」
「ほんとだよ。ほら、火の中から出ておいで。
その火は熱くないよ。きみはこの火を自分で消せるんだよ」
「熱いよ!僕、この火で死ぬんだ!」
「この火は、嫌いな人を焼き尽くすためにきみが作ったの。
だから大好きな自分を、焼くことは決してないんだよ」
彼はとても悲しげな顔をして、うつむいた。涙が頬を伝ってボロボロと落ちて行く。
「じゃあやっぱりダメだ。僕は僕のこと、きらいだもの!
僕はきっと僕のことを殺してしまう!」
あたし、胸が痛くて仕方がなかった。
傷ついた子はみんなそう。あたしもそうだった。
相手と同時に、自分のことが嫌いになる。憎くなる。
「でもあたしがきみのこと、そのぶんだけいっぱい好きになるよ」
あたしは彼を抱きしめた。
「ウソだ」
彼は体を堅くしていた。不本意な抱擁にただ耐えていた。
「ホントのこと話したら嫌いになるよ」
彼は言って、あたしの体を押し返した。
あたしは息を呑んだ。
目の前にウィズの顔があった。‥‥大人のウィズの。
「話したら、きみは僕がきらいになる」ウィズが言った。
「何言ってるの、ならないわ!」
「なるんだ。これは単なる不安じゃなくて、予見だからね」
ウィズの体に炎が移っていた。
振り払ってもきりがない。
そして、ウィズの全身が炎に包まれて行く。
いや!こんなのありえない。
彼に火をつけたのは、彼自身なのだ。
ウィズを死なせるわけにいかない。
あたしのせいだもの。あたしは彼が必要だもの。あたしは彼が好きだもの!
周囲を見回して探した。
何かないだろうか、彼の気持ちを引き付けるものは!?
「ウィズ!この部屋にも、スプリンクラーがあるよ!」
あたし、なるべく明るい声で叫んだ。
火を消す想像をさせれば、本当に消えるかもしれないと思ったのだ。
魔法使いを発動させるにはそれしかない。
「ほら!あそこにあるじゃない、スプリンクラー!いま作動するよ!」
ウィズはあたしにつられて天井を見上げた。
「ほら!水だ!水だよ!水が出て来る!」
あたしの声に反応して、ウィズの顔に表情が戻ってきた。
その途端、滝のような水が降って来た。
警察に連絡すると、パトカーと数人の警官に混じって、あのベレッタ刑事がやって来た。
部屋が水浸しになっている理由は、誰にも説明がつかなかった。
爆発の原因は、火気の取り扱いのミスでTNTに引火したものと見られたようだった。
ガンさんは、とうとう助からなかった。