・・・・・・(15)魔術師、全開!
2月13日、夜9時。
やけくそみたいに雪が激しくなって来た。
真っ白でもこもこになった道路を、車は山の方に入っていく。
ウィズの話によれば、ガンさんのガンは、ガンセールスのガンだそうだ。
ヤクザから流れた銃、米軍や自衛隊からの横流し品などを仕入れては、闇値で取引している人らしい。
要するに、キョウみたいなパッパラ野郎の手に銃を渡しているのは、こういう人たちなのだ。
ヤバいところから買って、ヤバいところへ売る。
当然、儲け話の数だけ恨みも買ってることだろう。
占いに頼ってでも逃げ回らなければ、やっていけないわけだ。
「どうやら昨日、急展開があったらしいんだ。
未成年の顧客が逮捕されて、そこからバイヤーが引っ張られた。
そのバイヤーがガンさんと直接つながっている人だった。
驚いたのは、ガンさんに銃を仕込みしてたヤクザの連中だ。
たぐって自分の身が危なくなると困るんで、警察に抑えられないうちにガンさんを捕まえた。
多分、口封じする気だろう」
「じゃ、荷物が出ても殺されるじゃない!」
「荷物を預けたまま殺したら結局足がつく。要するに向こうの都合さ」
「ウィズ、あたしたちも殺される?」
「火祭りならね」
「それでも行くの?」
ウィズは黙っていた。
あたしはこの寒いのに冷や汗でびっしょりになっていた。
昨日逮捕されたのって、多分キョウのことだ。
つまり、キョウに銃を渡したのが、ガンさんのバイヤーということになる。
ウィズをこの事件に巻き込んだのは、めぐりめぐって、このあたしだ!
絶対、絶対、死なせちゃいけない!
たとえヤクザでも、たとえたとえ火祭りでも、絶対!
あたし達を乗せた車は、滑ったり迷ったりでパニクりながらも、目的地らしい場所に到着した。
山陰に建った小ぶりな白い建物だ。
病院みたいに愛想のないビルで、廃屋なのか外壁がくすんでみすぼらしい。
窓は明かりがなく真っ暗だ。
ビルの入り口付近に、乗用車が2台停まっていた。
その周辺に人影が3つ。
あたしたちを見つけると、うさんくさげに寄ってきた。
「なあんだあ?てめえらは」
「勝手に入って来んじゃねえ。エッチは車じゃなくラブホでやんな」
カーセックスのカップルと間違えられたようだ。
暗くて顔はわからないが、いかにもその筋といった格好の若い極道が3人だ。
こんな寒い中、見張りをやらされるのは、どうせ末端のチンピラに決まってる。
ウィズは落ち着いた声で言った。
「ガンさんに会いたいんです。
鍵の場所がわかるからって、取り次いで貰えませんか」
「そんなヤツはいねえよ」
髪をまっ黄色のショートに刈り上げた男が、鼻先で笑った。
そいつは銃を持っていて、なんだか自慢そうに手の中でもてあそんで見せた。
「その銃で蝶子さんを撃ちましたね」
ウィズの声が低くなった。
「弾丸の後を追って来たんです。でも撃ったのはあなたじゃない。中にいる人だ」
チンピラたちはぎょっとしたように顔を見合わせた。
「てめえ、サツか?」
「ただの占い師です。名前は吹雪といいます。
そう言ってくれれば、中の人にはわかります」
「わかったよ。吹雪が来たぞって言って来てやるよ」
ちょっと年かさに見えるリーゼントの男が言って、歩きだした。
ほかの二人が、へらへら笑った。
「おやっさんに叱られるぜ。吹雪くらいで弱音吐くんじゃねえ、傘さしてがんばれって」
「ははは」
残ったふたりはあたしのほうに寄ってきて、顔といわず体といわずじろじろながめまわした。
ひとりがあたしの耳に、ふうっと息をふきかけて笑った。
ミントガムの匂いの息が不快だった。
ウィズが顔をしかめて、あたしを背中側に隠してくれた。
リーゼントが戻って来て、あたしたちは中に通された。
廊下が真っ暗なので、リーゼントが懐中電灯を持って先に立って進んだ。
やはりもともとは病院だったようなつくりの建物だった。
1階の奥の一室に、その部屋はあった。
部屋の中は、置き型の懐中電灯が照らす白い明かりで、薄暗いながらも物が見えた。
家具のない、つっぺらりんの部屋、だ。
「美久ちゃん、ここ。この部屋だ」
小声で、ウィズがつぶやいた。
火祭りの舞台は、ここだったのだ。
そして回避する方法も見つからないまま、あたしたちはそこに来てしまった!
中に3人の人間がいた。
恰幅のいい禿げ頭の老人がひとり。
40歳過ぎの男がひとり。
そして、床に転がって動かないのがひとり。
「ガンさん!」
ウィズが駆け寄ろうとして、リーゼントに止められた。
「まずはおやじさんにあいさつしな」
リーゼントがウィズを羽交い絞めにしてすごんだ声を出すと、老人がにやっと笑って、いいからというように手をふった。
40男が、ガンさんのえりがみをつかんで、強引に上半身を起こさせた。
ガンさんの顔は、さんざん殴られたらしく原型を留めていなかった。
素手で殴ったぐらいじゃ、こんなことにはならないだろう。
やっぱり、殺す気でやってるのだ。
「吹雪、‥‥すまん、巻き込んで‥‥」
くぐもってわかりにくい声で、ガンさんがやっと言った。
入り口のすぐそばに、黒いスポーツバッグが置いてあった。
あたしがその横に立とうとしたら、ウィズがあたしの肩を抱き寄せて、
「火薬の匂いがする」
耳元でささやくと、あたしをバッグから遠ざけた。
この人、今、全身が探知機だ。
「らあ!いちゃいちゃすんなあ!」
リーゼントが叫んでウィズの背中を小突いた。
はた目には、ウィズがあたしの首筋にキスしたように見えたんだろう。
「まあ待て。その男は、とりあえず今んとこは客人じゃ」
老人が止めてくれた。
「さてお客人。
ガンさんがどうしてもというんでお通ししたが、わしは占い、超能力、そういったモンは少しも信じとらん。
鍵の正体がこれこれですといわれても、はいそうですかにはならんが、それでいいかな?」
老人の言葉の意味は、「今夜中には帰さない」だった。
もともと生きて帰れるかどうかの問題に比べたら、どうでもいい話だ。
「証明すればいいんですか?」とウィズ。
「例えば、あなたの額についてる傷跡は、朝新聞を読みながらトイレに行く途中にドアにぶつかったあとだとか、それを笑った奥さんにはさんざん文句を言ったけど、お孫さんには笑われても怒れなかったとか。
お隣においでの男性の方は、さっき蝶子さんを銃で撃った本人だったとか、撃った後、手が震えて気分が悪くなり、それで表の三下の少年に、恩に着せて銃を貸してやったとか、そういうことを言い当てれば信用して下さるということですか?」
全員が凍りついた。
あああ、ヤバイ。
ウィズが全開モードに入ってる!
あたしは知ってる。
ウィズは普段、見る力を60パーセントくらいに落として生活している。
さっきのドライブの時のような混乱がおきると、日常生活に支障をきたすからだ。
仕事中はそれを徐々に開放する。思い立ってすぐに調節ができるわけじゃないらしい。
こんなふうにめいっぱい開放しているウィズは珍しい。
そして困ったことに、彼は開放の度合いでかなり性格も変わってしまうのだ。
開放が進むと相当マイペースになる。
態度の方も、人が変わったように不遜になる。周りの者をはらはらさせる。
あたしたち、生きて帰らなきゃならないんだよ。
わかってる?ウィズ!!
「おもしろい!じつにおもしろい男だ」
緊張を破って、老人が笑い出した。
「どうやってわかったのか、探偵としてか占い師としてかは知らんが、有能な男じゃないか!のう?」
「おやっさん!」
40男が抗議した。
「まあいいじゃないか。一応、占うだけ占わせてみれば。
それで確認して、ウソだったらこちらも牙を向くなり何なりするわ。
仁さん、鍵を見せてやんなさい」
40男が、しぶしぶポケットから鍵を出して、ウィズに渡した。
「それは、今朝参考人として引っ張られた津田というバイヤーのアパートから持って来たもんじゃ。
売りさばく前のブツが入った、コインロッカーのキーじゃと思う。
さて何処のキーかわかるかの」
「JRの駅のロッカーですね」
あっさりと、ウィズが答えた。
「ほ、ほんとか?‥‥わかるのか、吹雪」
ガンさんがほっとしたようにうめいた。
「わかりますが‥‥。
ガンさん、わかるけど地名が出てこないと説明できないかもしれない。
僕はこの駅に行ったことがないんで、映像だけでは場所が言えないんだよ」
ウィズが鍵を手の中で揉みながら首を振ると、40男が勝ち誇ったように言った。
「なんだ!やっぱりインチキ占いじゃねえか!
適当なこと言ってそいつを逃がすのが目的だったな!」
リーゼントがあざけった。
すうっ!!と、息を吸い込む音がした。
ウィズは半眼になって、40男の目をまともににらみつけた。
「当てろっていうんなら当てて見せますよ」
低く押し殺した声で、ウィズは言った。
「その前に、この部屋から悪臭のするものを運び出していただきます。
まず、その火薬入りのカバンを外に出してください。
さっきから臭くって集中できないんだ」
また、部屋の空気がさあっと凍結した。極道たちに緊張が走る。
「それから、どっかにトルエンの瓶がおいてありませんか?
ああ、そこの隅。それも臭い!
それと、そこのリーゼントの人。
ポマードだかグリースだか、とにかくひどい匂いがする。
いくら彼女がくれたものでも、一年も持ってれば油が浮いて固まってしまいますよ。
とにかく、部屋の外に出ててください!」
お、お手柔らかにね、ウィズ。