表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/51

・・・・・・(14)死者からのVIPなお誘い

 その日の日没は早かった。

 薄暗くたれこめた雲の中から、降っても降っても尽きない雪がさらさらと落ちて来る。

 カーテンのない窓を白銀に飾っているのは、ガラスに付いた真っ白い水滴だ。

 何もない部屋の剥き出しの床の上に、ウィズとあたしは互いの体温を頼りに座っていた。


 触れ合って見て気付くことがたくさんあった。

 あたしの中にはウィズを愛しいと思う気持ちがちゃんとある。

 そして、ウィズの中にもそれがあるのがはっきりとわかった。

 その愛しさが恋愛感情であるかそうでないかなんて、もっと暇な時に考えればいい問題だと思えた。


 いっしょなら死んでもいいと言ってしまった。

 ウィズももう、出て行けとは言わなかった。

 キスはあたしからした。

 唇を離すと、今度はウィズのほうから重ね直してくれた。

 3度目からはどちらからともつかない、とめどない繰り返しになった。

 降りしきる雪と同じに、終わりのないリズムで互いの唇をついばんだ。


 パソコンのディスプレイの明かりにまとわりつく音。

 聞こえるはずのない、雪の積もる音まで聞こえそうな静けさの中。

 ここまで来れば、当然この先、最後の一線までぶっちぎってしまうものと、それなりに覚悟はしていたのだが。


 「さーむーいー!」

 「は、歯の根が合わない」

 寒さで顎がガクガクして来て、キスどころか噛り合ってしまいそう。

 しまいには座っていることもつらくなり、立ち上がって麦踏みをする始末。

 何しろ、暖房器具はもちろん、カーペット、毛布、上着の一枚も置いてないのだ。

 もともと住宅用ではない壁やドアは保温に適さず、隙間から冷気が吹き込む。

 インターネットのニュースページで、今年最後の大寒波の文字が踊っている。


 「ウィズったら!バレンタインデーは今日じゃなくて明日よ。今晩どうするつもりだったのよ」

 「うーん。火祭りで熱いとしか想像できなくて」

 頭の中、意外とシンプルなのか?

 あまり現実的なことに適さない性格なのはよくわかった。


 「焼け死ぬ前に凍死しちゃうわ。喜和子ママに毛布借りちゃダメ?」

 「そういうものはなかったからダメ」

 なかった、と過去形にしてるけど、実はこれが未来のことだ。


 つまりこういうことだ。ウィズは未来の様子を映画のように見ることがある。

 この予見は映像だけなので、場所や出来事は正確にわかっても、理由や日時などはわからない場合が多い。

 理由や日時がわからないということは、2つのシーンを見てもつながりが解らないし、何度か同じ出来事が繰り返されたらそのどれが予見されたかわからないということだ。


 だから、毎日通る道での出来事を予見しても、実現した瞬間が判明しないことがあるのだ。

 今回ウィズは、自分の死ぬシーンを確認し、それを寸前で回避しなければならない。

 見逃したら命とりになるので、同じ場所に同じ状況を作り、兆候が表れるのをひとつずつ確認しようとしているのだ。


 「わかったわ。状況を詳しく教えて」

 両手をこすり合わせながら、まるで色気のない会話になった。

 ウィズの見た映像は次のとおり。


 1,広い窓の外は雪の夜。 部屋の中には家具がなく、室内にウィズとあたしと、他に男が何人か。

 2.火は入り口側から破裂するように突然広がり、あっという間に全員を巻き取ってしまう。


 「スプリンクラーは?」 

 「え?」

 「ほら、この部屋には消火用スプリンクラーがある。

 これがなぜすぐ作動しないのかしら?」           

あたしの疑問に、ウィズも天井を見上げて首をひねった。


 「そういえば、天井はこんなじゃなかったような……。

  うーん、もしかしたら、別の場所ってことも考えられないわけじゃないんだ。

  僕の頭の中に、ここしか該当する記憶がなかっただけなんだから」

 「じゃ、ウィズが初めて行く場所だったら、別に考えられるわけ?」

 「そうだね。突き止めようはないけどね」

 「だったら、家具は売らなきゃよかったのに」

 「じゃあ廊下に放り出しとくの?」

 「そんなことしなくても、貸し倉庫とかあるじゃない」

 「そこまでどうやって運ぶの?」

 「引越し業者さんとか、人手を買う方法があるでしょうに!」

 「へえ?引越し屋さんって、引越しでなくても頼めるのか」

 ああ、この世捨て人は、世事にうといったら!


 「あ。そうだ、これを返しておかなくちゃ」

 あたしはかじかんだ手で苦労しながら、ポケットの中のダイヤのピアスをウィズの手に握らせた。

 「よく見つけたね。バレないと思ったのに」

 ウィズが笑った。

 「笑ってる場合?こんな大事なものを手放したら、一緒に運も逃しちゃうわよ。

  九死に一生を得ようって言うんだから、お守りはひとつでも多いほうがいいのに」

 「だから渡したかったんだよ。

  これはちゃんとワンセット揃ってて、もう片方を僕が持ってるんだ」

 「そうなの?」

 「うん。だから、美久ちゃん持っててよ。

  片方ずつ分けておこう」

 「そうか、お守りね」

 「うん」

 離れてもまた会えるように、再会のお守り。

 口には出さなかったけど、ウィズの気持ちがわかって胸がきゅんとした。



 その時、ノックの音が響いた。

 この部屋は玄関がないのでチャイムが存在しないのだ。

 よく聞いていると、外から小さい声で呼び掛けてもいるようだ。

 あたしたちは顔を見合わせた。

 ウィズも心当たりがなさそうだ。


 ドアを開けると、若い女の人がひとり。

 苦しげに背中を丸めて、何やら尋常ではない様子。

 顔立ちからみて、フィリピン人だ。

 マスカラが緑がかった黒、ほっぺの横に小さなラメ。

 あれ?どっかで見たこと、いや、聞いたことがある?

 「蝶子さん!」とウィズ。

 ああそうか、ガンさんの彼女の。


 ふたりで助け起こそうとして、あたしは小さく声をあげた。

 蝶子さんの胸からは大量の血が流れ出ていて、セーターから細身のジーンズまでしたたるほどに濡れていた。

 「き、救急車」

 「救急いい。吹雪、オネガイ」

 蝶子さんがあえぎながら片言で言って、ウィズの手にすがりついた。


 「黒い人来て、ガンチャンつかまっタ。荷物デルと帰れる、ナイと殺されル」

 「それで荷物は?」とウィズ。

 「荷物ナイ。キーある。でもどこのキーかわからナイ。」

 「見せて」

 ウィズが手を出したが、蝶子さんは首を振った。

 その首がもうがくんと落ちて来る。

 「蝶子さんっ、蝶子さん!」

 苦しい息の下から、彼女は最後の声を絞りだす。

 「ワタシだめ。死んだラ、吹雪ザンリオ読む。ガンチャン助ける。オネガイ」

 それっきり、蝶子さんは動かなくなった。


 「どうしよう、救急車?」

 「黙って」

 ウィズは蝶子さんの手を握って目をつぶっていた。

 あたしは、騒ぎを聞き付けて出てきた喜和子ママに事情を説明した。

 救急車はママが呼んでくれることになった。


 「さっきの、ザンリオ読むってなんのこと?」 

 立ち上がったウィズにきいてみた。

 「ザンリオじゃなくて、残留思念。

  自分が死体になったら、その残留思念を読んでガンさんのとこへ行き、キーの残留思念を読んで荷物のありかをつきとめてほしいと、蝶子さんは言ったんだ」

 「そんなことができるの?」

 「多分ね。行くよ」

 「へ、部屋を離れてもいいの?」

 「向こうからやってきた運命は拒否できない。それより残像が残ってるうちに行こう。美久ちゃん、車出すから道案内して」

 「え?案内があたし?」

 「思念が強烈すぎて現実と混じりそうなんだ。どっちが実像か教えて」

 「そ、そんなんで運転して大丈夫なの?」

 「火祭り以外で死ぬことはないから大丈夫」

 ……うれしくないっ!


 外は雪。

 タイヤは路面をつかまない。

 おまけに運転手が感応スクランブル中。

 イメージ映像と現実の風景が、ウィズの頭の中でブレンドされているらしい。

 「美久ちゃん、信号どっち?」

 「赤っ!」

 「違う、2本見えるんだ。右?左?」

 あああっ!生きてたどりつける気がしない!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ