・・・・・・(12)魔術師ができるまで
喜和子ママは、ウィズとの出会いを話してくれた。
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わたしが吹雪さんと初めて会ったのは、デパートのエレベーターの中よ。
小学校高学年くらいのとてもかわいい男の子が、もう少し年上の男の子と一緒に乗っててね。
ドアが閉まってしばらくしたら、年下の方の子が床にうずくまってしまって。
もうひとりが必死で介抱を始めたから、大丈夫?車呼ぼうか、って声かけたのね。
そしたら、大きい方の子がこう言うの。
『ごめんなさい、近づかないで下さい。
おばさんのせいではないけど、こいつ香水の匂いがだめなんです』
それでも放ってはおけないから、電話でタクシー呼んで。
後で聞いたら近くの施設に送ったって言われたから、次の日、そこを訪ねてみたわ。
もちろんこんどは香水をつけずにね。
そこは、被虐待児童の収容保護施設だったの。
親に虐待されたり、捨てられたりしたこどもたちがたくさんいて、わたしはすごいショックを受けたわ。
身近にそんな暮らしをしている子供がいることを、それまで知らなかったのよ。
吹雪さんはいい子だったわ。
部屋の隅で小さくなって、人の邪魔をしないようにひっそりとそこにいた。
そこの職員の人が、彼の生い立ちを話してくれたわ。
彼の母親にあたるのは、家出した女の子、出産当時まだ14歳だった。
都会に出てきてから知り合ったホステスさんに、売春の斡旋をしてもらって食べてた。
そのホステスさんってのがやり手ばばあみたいな人で、同じアパートに何人もそういう子を住まわせて、商売をさせてたのね。
彼の母親は、妊娠して子供を生んですぐどこかへいなくなってしまって。
少女売春が発覚するのをおそれて、ホステスさんが自分の子として届け出はしたらしいわ。
でも、めんどう見るのをいやがって、放りっぱなしだったって。
アパートの女の子達が適当に当番で面倒見てたみたいね。
成長するに連れて可愛らしい顔になって来たので、女の子達が自分の部屋に泊めて可愛がったりしていたようだけど、所詮は無責任な愛情でしょう。肉親がわりになってくれたわけじゃないのね。
少女売春の罪で、そこの女主人が逮捕されたのが、吹雪さんが8歳の時よ。
それで、異常な生活振りが表沙汰になって、共同アパートは崩壊。
吹雪さんは施設に引き取られたんですって。
わたし、若い頃大病をして、子供が産めなくなってるの。
いつかそうしたいって思ってたから、主人に相談して、彼を自分の子として育てたいと言ったわ。
主人も吹雪さんに会ってみて、何か感じるところがあったんでしょう、賛成してくれて。
ふたりで施設に申し込みに行ったの。
そうしたら、吹雪さんがおずおずと近づいて来てね。
『僕はたぶん、お嫁さんはもらえないと思います。
おじさんおばさん、それでもいいんですか?』って。
子供が欲しい、できれば孫の顔も見たい、って、園長先生と話しているのを、きっと聞いていたんだと思うの。
いいえ!とんでもない!
体に障害とかはなかったのよ。
でも、香水とか、いかにも女の香り、っていうのが苦手なのには、やっぱり性的トラウマがあるんだと思ったわ。
一緒に暮らし始めてから2年目かな。
吹雪さんが急にしゃべらなくなったのは。
自分でもびっくりしてて、でもしゃべろうとすると舌が痙攣してだめなの。
あわてて医者にかかったら、精神的なものだと言われて。
彼、変声期だったのよ。
彼は小さい頃から、こう言われて育ったんですって。
『ここにいる女の子はみんな大切な商品だから、人間の男は家に入れない。
犬なら子犬のうちはおいてやる。
そのかわり、オス犬になったらもう出て行ってもらうよ!』って。
かわいそうに、彼は無意識に自分の成長を隠そうとして、大人になった声を発声することができなくなってしまったのね。
治療に半年かかったわ。14歳の時よ。
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「あたしと会ったのが、15歳だったわね」
「そうよ、美久ちゃん。やっとふつうに生活できるようになった頃よ。
美久ちゃんが来るようになって、吹雪さんとっても明るくなったわ」
あたしは、涙が出そうになるのをこらえていた。
泣くなんて、そんな安っぽく同情するなんて、ウィズに申し訳ない。
「予見の能力はいつごろからあったの?」
あたしは聞いてみた。
「もの心ついてからすぐみたい。才能なのか、必要にかられたのかはわからないわ。
でも、それで人の役に立つのは嬉しかったみたい。
わたし、周りにいろいろ言われたけどね。
あの子使って商売する気で引き取ったのかって。
でも、できることは全部してあげたかったのよ。
私が死んだら、どんなに冷たい世間でも、あの子は付き合っていかなきゃいけないんですもの」
「あの、変なこと聞くけど」
こっそり、気になることを質問した。
「まさかウィズって、‥‥そのお。ここに来て女の子とは、一度も?」
「まあ!そんなわけないでしょ、あのお面で!」
ママは笑った。
「口がきけるようになって、ほら、お年頃って言うの?
あの顔で、フェロモン全開しちゃってからは、そりゃあ大変だったわよ!
まあ女親なんて、どうせ一部しか知らされてないんでしょうけどね。」
う。やっぱりそうか。
あのルックスじゃ、ナンパも入れ食いだろうなあ。
「でもね、美久ちゃんは、あの子にとって他の子とは全然ちがうのよ。
美久ちゃんに優しくすることで、あの子は自分を取り戻したんだから」
喜和子ママは、あたしの手を取ってそう言った。
「ウィズの様子、どんなふうにおかしいの?」
あたしは気になり始めた。
「あのね。家から、何かを盛んに運び出してるみたいなの」
「何を?」
「大きなものよ。こっそり、業者さんを呼んで、少しずつ」
「家具?」
だけど、あの部屋の家具なんて、ほんとにわずかしかない。
そんなの、すぐなんにもなくなっちゃう。
なんにも。
しまった!
ウィズにまんまとだまされた!
立ち上がった勢いで、コーヒーカップをひっくり返してしまった。
スカートに茶色いしみができた。
反射的にポケットのティッシュを出すと、何かがコトンとテーブルに落ちて来た。
小さな石の付いた、ピアスが片方。
「これ!どこから出て来たの!」
喜和子ママが顔色を変えた。
「これ吹雪さんのピアスじゃない!」
「ウィズがピアスなんてしてたの?見たことないよ」
「施設に来るまではしてたのよ。
誰がそんな小さな子の耳に穴なんかあけたのかって、園長先生も憤慨してたけどね。
でもここに付いてる石は、小さいけど一応、ダイヤなんですって。
だから、もしかしたら産みの親が持たせたりしたものかも知れないって、保管してあったの。
ここに来たばかりの吹雪さんに、わたしが渡したのよ。捨てるなり保管しとくなり、好きなようにしなさいって。
「そんな大事な物がどうして、あたしのポケットに…」
ものすごく嫌な予感がした。
だって、これを入れたのは間違いなくウィズだ。
思い当たるのは最後に会った日、あたしにキスした後。
逃げようとするあたしを抱き寄せようとして、ウィズは長いことあたしに密着してた。
「ヤバイ…あの馬鹿、死ぬ気だ」
やっぱり、予言は本物だったんだ。
宝くじを返しに行った時、酔っ払って言った言葉、あれが本当だった。
炎に包まれるなんにもない部屋は、ウィズのあの部屋。
ナンパのテクなんてうそばっかり!
あたしを、あの部屋に近づけまいとしてああ言ったんだ!!
そして、そして。
XーDAYは、今年!2月14日、明日だ!
「ママ!ウィズの部屋の鍵、あたしに頂戴!」