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・・・・・・(12)魔術師ができるまで

 喜和子ママは、ウィズとの出会いを話してくれた。


*************


 わたしが吹雪さんと初めて会ったのは、デパートのエレベーターの中よ。

 小学校高学年くらいのとてもかわいい男の子が、もう少し年上の男の子と一緒に乗っててね。

 ドアが閉まってしばらくしたら、年下の方の子が床にうずくまってしまって。

 もうひとりが必死で介抱を始めたから、大丈夫?車呼ぼうか、って声かけたのね。

 そしたら、大きい方の子がこう言うの。


 『ごめんなさい、近づかないで下さい。

 おばさんのせいではないけど、こいつ香水の匂いがだめなんです』


 それでも放ってはおけないから、電話でタクシー呼んで。

 後で聞いたら近くの施設に送ったって言われたから、次の日、そこを訪ねてみたわ。

 もちろんこんどは香水をつけずにね。


 そこは、被虐待児童の収容保護施設だったの。

 親に虐待されたり、捨てられたりしたこどもたちがたくさんいて、わたしはすごいショックを受けたわ。

 身近にそんな暮らしをしている子供がいることを、それまで知らなかったのよ。

 吹雪さんはいい子だったわ。

 部屋の隅で小さくなって、人の邪魔をしないようにひっそりとそこにいた。

 そこの職員の人が、彼の生い立ちを話してくれたわ。


 彼の母親にあたるのは、家出した女の子、出産当時まだ14歳だった。

 都会に出てきてから知り合ったホステスさんに、売春の斡旋をしてもらって食べてた。

 そのホステスさんってのがやり手ばばあみたいな人で、同じアパートに何人もそういう子を住まわせて、商売をさせてたのね。


 彼の母親は、妊娠して子供を生んですぐどこかへいなくなってしまって。

 少女売春が発覚するのをおそれて、ホステスさんが自分の子として届け出はしたらしいわ。

 でも、めんどう見るのをいやがって、放りっぱなしだったって。

 アパートの女の子達が適当に当番で面倒見てたみたいね。

 成長するに連れて可愛らしい顔になって来たので、女の子達が自分の部屋に泊めて可愛がったりしていたようだけど、所詮は無責任な愛情でしょう。肉親がわりになってくれたわけじゃないのね。


 少女売春の罪で、そこの女主人が逮捕されたのが、吹雪さんが8歳の時よ。

 それで、異常な生活振りが表沙汰になって、共同アパートは崩壊。

 吹雪さんは施設に引き取られたんですって。 

  

 わたし、若い頃大病をして、子供が産めなくなってるの。

 いつかそうしたいって思ってたから、主人に相談して、彼を自分の子として育てたいと言ったわ。

 主人も吹雪さんに会ってみて、何か感じるところがあったんでしょう、賛成してくれて。

 ふたりで施設に申し込みに行ったの。

 そうしたら、吹雪さんがおずおずと近づいて来てね。


 『僕はたぶん、お嫁さんはもらえないと思います。

  おじさんおばさん、それでもいいんですか?』って。


 子供が欲しい、できれば孫の顔も見たい、って、園長先生と話しているのを、きっと聞いていたんだと思うの。

 いいえ!とんでもない!

 体に障害とかはなかったのよ。

 でも、香水とか、いかにも女の香り、っていうのが苦手なのには、やっぱり性的トラウマがあるんだと思ったわ。  


 一緒に暮らし始めてから2年目かな。

 吹雪さんが急にしゃべらなくなったのは。

 自分でもびっくりしてて、でもしゃべろうとすると舌が痙攣してだめなの。

 あわてて医者にかかったら、精神的なものだと言われて。

 彼、変声期だったのよ。


 彼は小さい頃から、こう言われて育ったんですって。

 『ここにいる女の子はみんな大切な商品だから、人間の男は家に入れない。

  犬なら子犬のうちはおいてやる。

  そのかわり、オス犬になったらもう出て行ってもらうよ!』って。

 かわいそうに、彼は無意識に自分の成長を隠そうとして、大人になった声を発声することができなくなってしまったのね。

 治療に半年かかったわ。14歳の時よ。


***************


 「あたしと会ったのが、15歳だったわね」

 「そうよ、美久ちゃん。やっとふつうに生活できるようになった頃よ。

  美久ちゃんが来るようになって、吹雪さんとっても明るくなったわ」

 あたしは、涙が出そうになるのをこらえていた。

 泣くなんて、そんな安っぽく同情するなんて、ウィズに申し訳ない。


 「予見の能力はいつごろからあったの?」

 あたしは聞いてみた。

 「もの心ついてからすぐみたい。才能なのか、必要にかられたのかはわからないわ。

  でも、それで人の役に立つのは嬉しかったみたい。

  わたし、周りにいろいろ言われたけどね。

  あの子使って商売する気で引き取ったのかって。

  でも、できることは全部してあげたかったのよ。

  私が死んだら、どんなに冷たい世間でも、あの子は付き合っていかなきゃいけないんですもの」 


 「あの、変なこと聞くけど」

 こっそり、気になることを質問した。

 「まさかウィズって、‥‥そのお。ここに来て女の子とは、一度も?」

 「まあ!そんなわけないでしょ、あのお面で!」

 ママは笑った。

 「口がきけるようになって、ほら、お年頃って言うの?

  あの顔で、フェロモン全開しちゃってからは、そりゃあ大変だったわよ!

  まあ女親なんて、どうせ一部しか知らされてないんでしょうけどね。」


 う。やっぱりそうか。

 あのルックスじゃ、ナンパも入れ食いだろうなあ。


 「でもね、美久ちゃんは、あの子にとって他の子とは全然ちがうのよ。

  美久ちゃんに優しくすることで、あの子は自分を取り戻したんだから」

 喜和子ママは、あたしの手を取ってそう言った。


 「ウィズの様子、どんなふうにおかしいの?」

 あたしは気になり始めた。

 「あのね。家から、何かを盛んに運び出してるみたいなの」

 「何を?」

 「大きなものよ。こっそり、業者さんを呼んで、少しずつ」

 「家具?」

 だけど、あの部屋の家具なんて、ほんとにわずかしかない。

 そんなの、すぐなんにもなくなっちゃう。

 なんにも。


 しまった!

 ウィズにまんまとだまされた!

 立ち上がった勢いで、コーヒーカップをひっくり返してしまった。

 スカートに茶色いしみができた。

 反射的にポケットのティッシュを出すと、何かがコトンとテーブルに落ちて来た。

 小さな石の付いた、ピアスが片方。


 「これ!どこから出て来たの!」

 喜和子ママが顔色を変えた。

 「これ吹雪さんのピアスじゃない!」

 「ウィズがピアスなんてしてたの?見たことないよ」

 「施設に来るまではしてたのよ。

  誰がそんな小さな子の耳に穴なんかあけたのかって、園長先生も憤慨してたけどね。

  でもここに付いてる石は、小さいけど一応、ダイヤなんですって。

  だから、もしかしたら産みの親が持たせたりしたものかも知れないって、保管してあったの。

  ここに来たばかりの吹雪さんに、わたしが渡したのよ。捨てるなり保管しとくなり、好きなようにしなさいって。


 「そんな大事な物がどうして、あたしのポケットに…」

 ものすごく嫌な予感がした。

 だって、これを入れたのは間違いなくウィズだ。

 思い当たるのは最後に会った日、あたしにキスした後。

 逃げようとするあたしを抱き寄せようとして、ウィズは長いことあたしに密着してた。


 「ヤバイ…あの馬鹿、死ぬ気だ」


 やっぱり、予言は本物だったんだ。

 宝くじを返しに行った時、酔っ払って言った言葉、あれが本当だった。

 炎に包まれるなんにもない部屋は、ウィズのあの部屋。

 ナンパのテクなんてうそばっかり!

 あたしを、あの部屋に近づけまいとしてああ言ったんだ!!


 そして、そして。

 XーDAYは、今年!2月14日、明日だ!

 

 「ママ!ウィズの部屋の鍵、あたしに頂戴!」

 


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