・・・・・・(11)正義の味方登場
「美久、大丈夫か?何もされてないか?」
キョウの声は、こないだ会ったときよりも太くて元気だ。
つまり、「クスリが充填された」状態って事だ。
「ひどい目に会ったな。今、おれが行くから安心しろ。場所はつきとめたからな。
もう売春なんてしなくていい。金はオレが出す。
可哀想に、長いこと悩んでいたんだろ?」
ああ、相変わらず自分に酔ってる声。
充填時のこいつって、張り倒したくなる!
謎は解けた。
野村を撃ったのはキョウだ。
最近、なにかの偶然で、キョウはあたしの写メを見つけたんだろう。
あたしがラブホから逃げ出した理由を、そこから勝手に推測したんだ。
友達を巻き込んでお金なんてとれないわ!とかいう理由だな、多分。
で、クスリで気が大きくなるたびにスーパーマンに変身して、あたしを救おうとするわけだ。
たまたま拳銃も持ってることだし。
って、いらんわそんな救世主は!
爆音けたてて、バイクが入ってきた。
われらがヒーロー、ジャンキーレッド・キョウの登場だ!
あたしはもうやけくそになって、つとめて嬉しそうな顔をした。
辻本も山王寺もあとの二人もビビッてあとずさり。
そりゃそうだ、登場したときから拳銃構えてんだもん。
誰が逆らえるってんだ!
「こいつらを自由にしろ。まず手足をほどけ」
キョウが命じた。
辻本があわててまどかのテープや縄を解く。
「なんだ、オトコのストックがあったのか。
美久もやるもんだな」
まどかを見て、キョウは余裕の笑いを見せた。
相当気が大きくなってる。今がチャンスかも。
「キョウ、あたしの写真を処分させて」この際、甘えて見ることにした。
「それは当然だな」
「ちょっと、あの、全部はその。流れちゃったものは回収できないし」
辻本は一旦拒否を試みたが、キョウがわざと音をたてて銃の撃鉄を起こして見せたので、引きつった笑いを浮かべた。
「ああああっすぐすぐ連絡して全部消去させます!!」
「もうひとつあるわ」
あたしは深呼吸して、静かに言った。
「あたしにあやまって!この場で、手を付いてあやまってよ!」
地べたに這いつくばった山王寺と辻本を見たら、涙が出てきて止まらなくなった。
「おいで、美久」
ジャンキーレッドはあたしの頭を自分の胸に抱き寄せて、皮ジャンの下のシャツで涙をふかせた。
「さあ、行こう。これからは明るく生きて行くんだぞ」
「ありがとう、キョウ」
もうノッて見せるしかなかった。
「それにしても、よく辻本のとこまで行きついたわね」
本気で感心して言ったら、キョウは得意げに、簡単だったさ、と言った。
「偶然、俺のバンド仲間が写メを持ってんの見つけて、聞いたら友達にもらったって言うからさ。
ひとりずつ手繰ってったらあいつが大元だったのさ」
「じゃ、公園にアフロを呼び出したのはどうやって?」
「公園?」
「あたしが公園にいるとき、助けをよこそうとしたでしょ?」
キョウは目を丸くした。
「え?違うの?だって銃撃するって脅したって」
「俺はやってねえぞ」
「じゃあ誰なの?」
「知るかよ。もう模倣するやつが出るとは、俺も有名になったもんだな」
なんと言われても、充填時ご機嫌のキョウはポジティブに受け止めるらしい。
意気揚々と倉庫を出たところで、キョウは逮捕された。
拳銃不法所持と麻薬取締法違反。
中年の刑事らしい男が、飛び掛かっていきなりキョウを押さえ込んだ。
あたしとまどかは、すばやく駆け寄った警官ふたりに保護された。
「大丈夫か?怪我はないか?」
「大丈夫です。でもおまわりさん、奥にいる4人の方がよっぽど悪いやつよ。
キョウには優しくしてあげてください」
あたしはお願いした。
どうもキョウは何日も前からマークされてたらしい。
で、キョウはあたしの後をつけ、その後を刑事がつけたりしていた訳。
まどかが見た中年のおっさんは、あたしたちじゃなくキョウについてた尾行の刑事さんだった。
事情を話すために警察に行くのは、明日でいいということになった。
「そっちの彼は、友達かね?」
刑事が尋ねた。
「あたしの彼です。あだ名はマグナム」
ふざけて言ったら、まどかに頭をはたかれた。
「そりゃかなわんな。おれのあだ名はベレッタだ」
刑事が笑った。面白いおじさんだ。
「そりゃそうと、美久大丈夫だったか?」
まどかがあたしの顔や腕を調べた。
「キョウとあんなに抱き合って、ジンマシン出てないか」
「あ。忘れてた!」
驚いたことに、鳥肌もジンマシンも少しも感じなかったのだ。
何かすっきりした気分で、心だけでなく体まで楽になったあたしは、ちょっとハイになって踊るように歩いて帰った。
夜中の11時、やっとまどかのアパートに帰って来た。
玄関を開けるとき、あたしの携帯が鳴り出した。
「わすれてた。それ、さっきから何回も鳴ってるぞ」
まどかが教えてくれた。
登録のない携帯からの電話。
「もしもし。どなたですか?
‥‥あ。」
喜和子ママの声がした。
翌日、2月13日。
朝のファミレスで、喜和子ママは待っていた。
「ごめんなさいね。わざわざ出て来てもらって。
吹雪さんに知られないようにと思ったら、こうするしかなくて。
ふふ、なんて言っても、どうしたってバレてしまうんだけどね」
ママ、ちょっとやつれたかも?
「こないだ、さんざん叱られたのよ。
美久ちゃんに部屋の鍵渡したこと。
親御さんが大事にしてる女の子に、男の部屋のキーなんかあげるもんじゃないって」
「ウィズが」
「美久ちゃんが大事なのよ」
「‥‥でも」
あたしは拒絶されたんだ。
「この前も言ったでしょ、お願いよ。あの子を見捨てないでやって」
「ウィズ、まだ深酒してるの?」
「あれからはほとんど飲まないわ。で、部屋にこもったきりなんだけど」
喜和子ママは、ふっと息をついて、寂しそうに笑った。
「母親の勘、なんて言ったら、人が笑うんでしょうね。にわか作りの親子のくせにって」
「そんなこと」
「でも、わかるのよ。
あの子、なにかもう覚悟しちゃってるみたいな気がして」
喜和子ママはしばらく考えて、決心したように切り出した。
「美久ちゃんには、言っておいたほうがいいと思うの。
吹雪さんの昔のこと。…聞いてくれる?」
あたしはうなずいた。
「吹雪という名前はね、引き取った時にわたしがつけたの。
本名があまりひどいから改名したのよ。
ほんとの名前はね。コロというの」
「コロ!?」
「そう。漢字では頃と当ててあったけどね。犬の名前よ。
家の中に入れずに、犬小屋で育てられたって聞いたわ」
あたしはショックで返事ができなかった。
でも、思い当たることはある。
ウィズはベッドに寝る習慣がない。
食べ物と飲み物を組み合わせる意識がない。
人との距離感が不自然で、いきなり顔を寄せて来たりする。
そうか、そうだったのか。