・・・・・・(10)お宝写メの使い方
いきなり後ろから伸びて来た手に、路地に引きずり込まれた。
悲鳴を上げる暇もない。
あれよという間に口にガムテープを貼られて車の中へ。
隣を歩いていたまどかも、同じ目に合っている。
「バカ、男は置いとけ」
「だけど、もし通報とか」
「めんどくせえな」
ひそひそ声は、2人か。
2月12日、夜7時だった。
どこだか町外れの倉庫みたいな建物の中で、車から引きずり出された。
あたしたちをさらって来た二人は、見覚えのないチンピラだったが、中で待っていた二人はおなじみだった。
辻本健二と山王寺夏美だ。
山王寺夏美は、中学時代とは打って変わって、とんでもなくケバい格好になっていた。
たぶん、辻本とセットじゃないと誰だかわからなかっただろう。
派手なボディースーツとハーフコートは、さてヤンキー系と見るべきか、おミズ系と見るべきか。
その山王寺が、下っぱの二人を叱り付けた。
「あんたらねえ!あたし何て言った?こんなして拉致って来いって言ったかよ?」
なるほど、おミズでないほうのヒトでしたか。
「えっだって、夏美さんが無理言ってでも連れて来いって」
「無理言うったってこりゃ交渉自体、してねえだろ?
これじゃ誘拐じゃねえか、誰か通報してたらどうすんだよ?」
グループ全体に、日本語認知障害が蔓延してるらしい。
ため息ひとつついたあと、あたしに向き直って、山王寺は切り出した。
「篠山美久。あんたに聞きたいことがあったんだ。」
あたしはうめいた。
だってガムテープ貼られたままだ。
「涼子を殺したのか?」
はい?
「涼子を交通事故に見せかけて、殺したんだろ?」
涼子、って、ミヤハシ?
「だれかに頼んでやらせたんじゃないのか?」
めっそうもございません!!(首振り扇風機)
「だけど、おとといこいつらにそう言ったんだろ?」
言ったっけ?(首かしげ)
「涼子みたいにヒトデナシなら、こいつらも死ぬって」
あ。そう取っちゃったのか。
「それでノムラもやったんだな?」
ノムラ?野村っておととい生きてたじゃん?
「とぼけんなよ!昨日、銃で撃たれて入院したんじゃねえかよ!」
ええええー?
「お前以外にだれがやるんだよ!」
「うーうーうー!うううーうううううー!」
「うーうーうー!うううーうううううー!」
あたしとまどかは同時に同じ言葉を叫んだ。
「だーかーらー!ガムテープはずせよー!」
あたしは戒めを解かれた。
まどかは暴れるといけないと言われて縛られたままだ。
でも、こいつらタチ悪いからな。
まさか殺しはしないだろうけど、ヘンなマネしないって保障はない。
口がきけるようになってすぐ、あたしはまどかに囁いた。
「ごめん、しばらく男のふりしてて」
この時点でまだまどかのガムテープは外されてない。
声さえ出さなければ、男の子で通せるだろう。
野村を撃ったのは、若い男だったという。
痩せこけた男で、、よろよろした足取りで近寄って来て、2発撃った。
一発は肩を撃ち抜き、一発はわき腹に命中した。
逃げ足の方は、打って変わって速かった。
「あたし、野村が撃たれたなんて知らないよ。
ミヤハシのあれも事故だったと思うし」
あたしが言うと、山王寺が咽喉の奥でうなった。
「ムカツク。あんた昔っからそうよね。
ヒトを憐れむみたいな目をして、自分が偉いと思ってるんだろう?」
「なに、それ」
「言っとくけど、あたしがこんなグレちゃったの、あんたのせいだからな」
山王寺はそう言ってあたしをにらんだ。
「あたし‥‥なにかしたっけ?」
「一緒にミヤハシんちで勉強会やってんのに、あたしは英語が苦手で、あんたはさっさといい点取ってて。
親はなにかっちゃ、あんたを見習えと言ったよ!
小遣いもなくされたし、テレビも見れなくなった。
家がおもしろくないから、家出ばっかりしてたんだ」
うーん。それ、あたしのせい?
それは単に、勉強すれば解決したのでは。
「ほら。また気の毒にって顔、してるだろ?
あんたって偽善者なんだよ」と山王寺。
いや、あんまり気の毒には思わないけど。
あたしには、山王寺の気持ちがちょっとだけわかった。
あたしが山王寺を憐れんでいるように感じるのは、きっと山王寺自身が、自分を恥じているからだ。
みじめな自分を憐れんで、その憐れみを恥じている。
あたしが自分のプライドの低さを憎んで、それを親への憎しみに勘違いしていたのと、どこか似ている。
あたしは妙に冷静だった。
なんか、ウィズのことで神経使い果たしちゃって、今そういうとこ枯れてるんだな。
それに、こうして開き直って見て見ると、辻本も山王寺も、あんまり頭の良くないただのツッパリで、同級生である以上、あたしより何かが優れているわけでもない。
どうして昔は、こいつらがあんなに怖かったんだろう。
どうして自分だけがダメなやつで、こいつらは強くて優秀だ、みたいな負け犬の気分があたしを満たしていたんだろう?
怖さで言えば、あの晩あたしを抱こうとして立ちあがったウィズの方が、数倍も怖かったと思う。
「とにかく、あたしは何もやってないから。
わかったら、帰してくれない?」
「脅迫電話もか?」
辻本が横から叫んだ。
「電話?なにそれ。してないよ?」
「うそつけ!篠山美久から手を引け!って何十本も」
「えええ?」
「男の声でこわいんだ」
「知らない‥‥っていうか、手を引くってなんのこと?」
「しらねえよ!なんか勘違いしてるんだ!」
そんなことしそうなやつに心当たりは‥‥ない。
ひとつだけ、可能性があるとすれば。
「あんたたち、あたしの写真、ケータイで撮ったわよね」
「あーあー、あのマン‥‥いてて!」
こいつ、モロに言おうとしたわね!
「いたいいたい!はい撮りました。大変いい出来で」
あたし、遠慮なく辻本を張り倒した。
ああ、簡単なコトだったじゃないか、6年前にこうしておけばよかった!
「誰かに流したんじゃないの?」
「そ、そりゃ当時はちょっと高値で、ででで痛い!」
「それが回りまわって、なんか変な誤解を生んでるってことはありえない?」
「ううう。それは、確かに」
「美久の写真では商売してないはずなんだけどね」
山王寺が言った。
「商売って、売るの?」
「売るんだけど、それを消去するから金寄越せって、まず本人から金を取る。
そのあと、エンコーしたら消去してやるって、本人をエサに大人を釣る。
そのまたあと、エンコーの現場写真をネタに、大人の親父から金を取る。
こうやってエンドレスにもうけるんだ」
おい! 本人を前につらつら言うことかよ?
こいつらって、ヤクザよりあくどいぞ。
そんなら、何があっても不思議はない。
どっかの思い込みの激しいヤツのペットになってたりしたら。
ああああああ考えたくない!!
その時、誰かの携帯が鳴った。
辻本が飛び上がって震えだした。
「来たよ!来た来た、さっきから殺してやるってかかるんだ!」
「貸して」あたしは携帯を奪い取った。
「ううううううううーうーうー!!」
まどかが、止めようと叫んでいる。
ええい、ままよ!
「もしもし?あたしは美久よ。あなた、誰なの?」
「‥‥美久?」
え?
なんか、この声。‥‥聞き覚えがある。
「‥‥もしかして、キョウ?」