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・・・・・・(1)崩壊寸前ギタリスト

「まだついて来やがる」キョウが言った。

さっきから後ろばかり気にしてる。

あたしはキョウの腕を取り、寄り添うふりしてそっと振り返る。

商店街の雑踏。

日曜の人混みの中に、あやしい人物がいるようには見えない。



「そこじゃない、もっと後ろ。赤い服の女だ」

 確かに赤いセーターのおばさんが、ぼうっとした表情で歩いている。

「あの人、家からずっとつけて来るの?」

「いや、さっきの角で交代しやがった。さっきまではおっさんだった」

「どこの誰がそんな」

「おれが知るか。だがずいぶんでかい組織だ。もう3人代わってる。人材豊富だぜ」

「キョウ、身に覚えあんの」

「さあて、オレ案外有名だしな。いろいろやったっちゃ、やったし」

 怯えて蒼くなったキョウの顔を、あたしはまじまじと見た。


 キョウは壊れかけてる。



 たった1年半会わなかっただけで、別人みたいにやつれた。

 キョウはあたしの高校ん時のクラスメート。

 軽音楽部でやたらパンクなギターを弾いてた。

 髪の毛おっ立てて停学とかくらってた。今も髪は、立ってる。

 クスリなんかはやってなかった。今は多分、やってる。

 夢ばかり見て、現実を嫌ってた男の子だったよね。


 きのう町でばったり会ったときは、ホントに信じられなかったよ。

 やせて、顔色も悪くなったね。

 オレサマな性格は相変わらずだけど、昔よりひどくなったね。


 それでも陽気で賑やかなのは昔の通り。

 遠くから大声で呼ぶ癖も、踊るように歩く癖も。

 だから、今日改めて会う約束をした。


 要するに、またあたしが悪い癖を出してしまったのだ。

 好きでもない相手と、やたら進展してしまう癖。



 でも今日、顔を見たとたん、も一度別人かと思った。

 見たこともない怯えた目つきで、震えながらやって来た。

 あたしはキョウに惚れてたわけじゃないけど、やっぱりそんな姿は見たくなかったよ。


 クスリが切れたんだね。

 夢がさめてしまったみたいに。




 おそるおそる、聞いてみた。

 「その、追っ手の人たちは、何か組織の目印になるような特徴とかあるの?」

 「あるわけないだろ。密偵なんだぜ」

 「じゃあどうして、次々交代する追っ手がキョウには見分けられるの?」

 「目を見ればわかるさ。ほら、ああしてにらんでくるだろう?」


 ‥‥いや、今その人あくびしてるんですけど。



 「お前には見分けがつかないだろうな。殺気があるのさ、修羅場をくぐればわかる」

 うん、わかったよ。

 つまり、キョウが殺気を感じたと思ったらそれが追っ手なんだね。

 つまり、2秒後にはそれがあたしかも知れないんだね。

 「さてはお前も一味だったか」ってのもありなんだよね。


 ‥‥早く逃げよう。




 「帰るって、お前今日は空いてるんじゃなかったのかよ」

 「う、うん、ごめんね。ちょっと夕方、病院に行かないと」

 「帰るなよ」

 「え」

 「オレはひとりはいやだ。ひとりにしないでくれ。行くなよ。行かせねえぞ」

 「わかった。わかったから落ち着こう。」


 ちょっと待って、今、一瞬ポケットに手を突っ込まなかった?

 何を出そうとしたんだ何を。




 「付き合うから落ち着いてね。どこへ行きたいのかな?」

 「‥‥やりてえ」

 なんですと?

 「お前とやりてえ。ホテルに行くぞ」

 「わ。待った、ストップ」

 「オレは行くんだ。断らないでくれ。断るなよ。断らせねえぞ」


 「わかったわかった、わかったからポケットから手を出してエ」

 えらいことになった。



 こういうのって強姦になるのかな?

 わかったって言っちゃったところで和姦になっちゃうんだろうか?

 もうこうなったら、頼るのはトイレの窓しかない。

 ホテルのトイレに窓があればだけど。






 ラブホの部屋へ入った時点でキョウはまっすぐ立っていられなかった。

 顔が真っ青を通りこしてどす黒い。

 よろけるように寄り切って、あたしをベッドに押し倒したが、単につまづいて倒れたのと大差なかった。

 きつく抱き締めて来る腕は、自分の体の震えを止めるためにあたしにすがりついてるとしか思えない。


 わひわひ、わひわひ。

 震えのために、呼吸の音がおかしくなってる。



 (か、痒い!まずいよ、ジンマシン出てきちゃった)

 ぼりぼり掻き毟りたいのを必死で我慢する。


 ごとん、と音がして、キョウが肩にかけていたショルダーバッグが床に落ちた。

 その中から、何か黒いものがのぞいているのを、あたしは見てしまった。

 (…銃身?)

 そんなばかな。ここは日本だぞ。

 いくらジャンキーが武装したがるったって、だれがこんなのに銃なんか渡すんだ?

 キョウの体が氷のように感じられた。


 こわい。

 こわい。


 あたしはキョウに怪しまれないように、ゆっくりと体を離した。

「キョウつらそうだね。あたし、上になろっか?」

 キョウは意外そうな顔をしたが、しゃべるのもつらいらしくベッドに仰向けになった。

 あたしは上に上がるふりをしていったんベッドを降り、そして。


 走った。

 ドアに飛び付く。

 廊下に出ると、今閉めたドアに隠れて、あわてて追って来たキョウをやり過ごし、入れ代わりに部屋へ。

 鍵を掛けると、キョウが外からバンバン叩く。わめく。叫ぶ。体当たり。


 逃亡の予定が籠城になったら逃げられない。

 やっとの思いで清掃用の掃き出し口から外に這い出した。

 坂道の関係でめちゃめちや高かった。

 その間廊下からは、荒れ狂うキョウの声と物が壊れる音、数人で取り押さえようともみ合う気配が響いて来たが、もう後も見ず逃げる他なかった。



 気分は、大蛇。

 足の方からずるんと出た。 

 そのまま思いっきり路上に落っこち、尻餅どころか背中まで打った。

 下は堅いアスファルトだ。

 心臓の音が頭蓋骨まで揺すってる。

 ラブホの部屋が一階でよかった。


 持ち出しに成功した靴をはき、バッグを拾い上げて気が付いた。

 タクシーが一台、後ろから来ていて、あたしがどくのを待っているのだ。

 いや、もしかしたら窓から抜け出るときから見られてたのかも。

 きっとそうだ、ほら降りて来る。



「大丈夫かね、あ、あんたあんなとこから出て」

 運転手が駆け寄って来た。総白髪のおっちゃんだ。

「なんかあったのかね。乱暴されたりか、か、監禁とか」

 おっちゃん、なぜかどもる。


 乱暴、監禁ときいた途端、あたしの体は小刻みに震え出した。

 恐かったんだ。

 殺されるかと思った。



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