この世界の輝ける星
情報はまず酒場から。31階の町の唯一の食事処である酒場へと向かう。
落脚亭と自嘲めいた名前の酒場だ。かつて上層探索者であった人間が、探索を諦め酒場を開いたことに由来する。
「お、コウヤじゃん」
「セレット」
よぉ、とテーブル席の4人組がコウヤを見て片手を挙げる。
セレット、ジョラス、ネキア、エメットの4人組からなるパーティは、コウヤよりも早く上層に至った探索者だ。コウヤが中層を単独で突破するという無茶を敢行しようとした時にも世話になった。
有り体に言えば先輩である。パーティの中心人物であるセレットとエメットの異母兄妹がコウヤと同年代で馴れ馴れしく話しかけてくるので、先輩であることなどお互いによく忘れてしまうのだが。
「その顔、下層のヤジから逃げてきたなぁ?」
仲間殺しという噂の話だ。
面白ければどっちでもいいと野次馬を公言するセレットがつまみの串焼きを皿から持ち上げ、空いていた取り皿に載せてコウヤに差し出す。
散々ヤジを飛ばされ辟易しただろうコウヤへの見舞いのつもりらしい。
気持ちと取り皿を受け取り、コウヤもまたテーブルに座る。
「反証が多すぎるから『ない』と思うよ、あたしは」
噂について、エメットは肩を竦める。
パーティを追放された腹いせに殺したというのが本当なら、あまりにも回り道すぎる。
殺すなら、適当な隙を突いて殺せばいい。わざわざ単独で上層に登って見返してから殺す必要なんてない。
腹いせに殺すという行為と、上層に登るという行為が噛み合わない。
だからありもしない濡衣だというのがエメットの分析だ。
「噂好きのヤツらはそういった辻褄は無視するからなぁ」
パーティを追放されたので『一人で頑張って見返してやった』より『腹いせに殺した』という方が話としては面白い。
だから辻褄など無視して面白い方に話を傾け、あることないこと飾り立てて尾ひれをつける。
好き勝手に噂される方はたまったものじゃない。コウヤの苦労を察してジョラスが苦笑いを漏らす。
苦労しているコウヤに酒を一杯おごってやるとしよう。酒場のマスターに酒を注文する。
「まぁ、残当……残念ながら当然、ってやつではあるがの」
コウヤがではなく、死んだ3人組がだ。
評判が良くない3人だった。あれはいつか、誰かの恨みを受けて死ぬなというのがネキアの正直な感想だ。
「怖い怖い……正しく生きねばならんのぅ」
皺だらけの目を細め、老婆は膝のぬいぐるみに話しかける。テディベアの首にはNekiaと書かれた銀のプレートが結び付けられたリボンがかけられている。
こんな老婆でも探索者がやれるのだからつくづく不思議だ。そんな第一印象を素直に口にしたらぬいぐるみで殴打された思い出が蘇る。
「ネキアばーちゃんの目からしてもそうだもんなぁ」
セレットがうんうんと頷く。酸いも甘いも噛み分けた老婆が当然だと評するのだから間違いはない。
「うんで? なんか探し物か? 探し人か?」
「そうそう、それなんだけど……」
***
「ベルベニ族だな、そりゃ」
コウヤから話を聞き、うんうんとジョラスが頷いた。
ベルベニ族というのもまたこの世界に生きる亜人の一種である。ヒトによく似ているがヒトではない。黒や茶や金ではない、赤や青といった色鮮やかな髪としなやかな体つきが特徴の種族だ。
旅を愛する放浪の気質を持ち、定住せずに居場所を転々とする。
「ベルベニ族のサイハ……そういうんだ、あの人」
色々なパーティに声をかけて回っている記憶喪失の女という噂は聞いたことがある。
新米からベテランまで、誰とも分け隔てなく接していると聞く。
自分たちは直接会ったことがないので名前は初めて聞いた。そういう名前なんだとエメットが呟いた。
「儂らは亜人は好かんでの。それゆえか?」
元の世界の文化で、亜人はヒトに劣る劣等種というのが常識だった。
亜人どころか生きている世界まで全然違う者たちが集まるこの世界に召喚されてその常識はだいぶ薄れてはきているが、それでも幼少から刷り込まれた常識はなかなか覆せない。
亜人相手にはどうしても見下し、嫌悪感が出てしまう。
だからサイハと名乗る記憶喪失の女は自分たちに声をかけてこないのかもしれない。
冷静にネキアが分析した。確かに、偏見を抜いても彼女にしてやれることはないだろう。
「女を探し求めてねぇ……あれか、ブレシックからスペンシーベルトに渡り……ってやつか?」
「なんだそれ?」
含み笑いをするジョラスに首を傾げる。
いったい何を含み笑いしているのか。白状しろとコウヤが肘で突く。筋骨隆々の胸板は肘でつついても揺らがない。
「あたしらの世界の歌さ」
代わりに答えたのはエメットだった。
曰く、そういう歌があるのだそうだ。ブレシックという田舎町から首都スペンシーベルトまで、どこを行ってもこれ以上の美女はいないという色恋の歌だとか。
「ブレシックからスペンシーベルトに渡り、アスドリア山を越えアルフェンドに行ってもあの女ほどの乙女はいない、俺がヒリディヴィで見た娘ほどのは……ってね」
「ジョラスはそれで奥さんを口説いたんだっけか?」
「おい! それを言うな!」
あの頃は色恋歌になぞらえて一目惚れした女を口説くくらい青かったんだと頭を抱えるジョラスを笑い、ふと。
「いや別にサイハを探してるのはそういう意味じゃないからな?」
今更だが、とんでもない誤解をされている。
単にお礼をしきれていなくて決まりが悪いからというだけだ。
「男が女の尻を追いかけるのはそうが相場と決まっているがのぅ?」
「違うって!」
また新たないわれのない事実が捏造されつつある。
違うと言っても、セレットたちは笑うだけだった。