世界の忌み子
「ダルシー、よかったのか?」
「……別に。私はあの人たちと相性が悪いから」
仲間として振る舞っているし、彼女らもそうみなしてくれてはいるが、本来ならば相容れないのだ。
ゆるりと首を振るダルシーが、走って乱れた髪を直そうと手を伸ばす。頬にかかる銀髪を手櫛で梳く。
その手首にあるブレスレット。森を信仰するアレイヴ族は火を嫌うゆえに武具を身に着けない。だというのにダルシーはそれを持つ。その理由と『相性が悪い』ことに関連がないはずがない。
「……私の武具は氷の剣だから」
樹の属性を信仰するゆえ、アレイヴ族が使う魔法は樹や植物に由来するものが多い。
しかしダルシーが持つ武具は絶対零度の氷の剣だ。それは植物を枯らす害となる。
ルイスたちと並んで戦うには難がありすぎる。絶対零度を活かせばルイスの茨もシスの大樹の精霊も動きが鈍り、茨も精霊も万全に動く程度の冷気に抑えれば絶対零度の力が万全に振るえない。
どちらかを立てれば片方が立たない。どうあっても共存できないのだ。
だから、大樹の精霊ドリアードが真鉄をきちんと止めきるためには、ダルシーはいてはいけない。
よってダルシーだけがその場を離れ、コウヤたちを逃がすことにした。ただの合理的な判断だ。
「それに私は知っているし……」
「知ってる?」
「……神っていうのは、ろくでもないものだってね」
この世界の神々がどうかは知らないが、神というものはたいがいろくでもない。
ダルシーはそれを知っている。痛いくらいに思い知っている。樹の神を信仰し、その教義に生きるシスのように振る舞うことはできない。
「……あんまり、覚えてないけど……」
召喚の際に抜け落ちてしまったのか、それとも元々記憶がおぼろげなのか。
そのあたりはわからないが、だが、曖昧な記憶にあるのだ。大切な友人が神に縋り、神に祈り、神に頼った結果、神は何も助けてくれなかったことを。それどころか絶望で返したことを。
その友人の名すら覚えていないが、だが、そのことは確かにあったのだ。
だからダルシーは確信している。神はろくでもないものであり、信じられるものではないと。
その神の側にいる巫女だって同類だ。ろくでもない行為の片棒を担ぐ非道に違いない。
そんな巫女の言うことを信じた真鉄もまた同様。
だからダルシーは彼らの敵に回る。ろくでもない神々に従う者など愚かだ。
コウヤの味方にはならない。だが、神の敵にはなる。
「……ダルシー」
「だから逃げて。反撃の糸口を探して。……別に、私たちが死ぬわけじゃないんだからね?」
なんだか深刻そうな顔をされているが、別に命を挺して真鉄の足止めをしているわけではない。
騒動を聞きつけてすでにスカベンジャーズが来ているだろうし、刃傷沙汰にはなっても殺人沙汰にはなっていないはずだ。
スカベンジャーズに裁かれる咎もない。ただの探索者同士の喧嘩と処理されるだろう。こちらを敵と認定した真鉄に敵対されるだろうが、だからといって探索者としての活動にそれほど支障は出ないだろう。
支障が出る、といえば。コウヤたちは大丈夫なのだろうか。
探索者の憧れと褒めそやされる真鉄があぁ言ったのだ。話は噂になり、事実は捻じ曲げられて伝わるだろう。『仲間殺し』を超える汚名をかぶせられたはず。
それが真実だろうがどうだろうが、噂する人間には関係ない。話題が興味を引き、面白ければいいのだ。
噂する人々にとって、もうすでにコウヤには世界を壊す極悪人というレッテルが貼られてしまった。それは、これからの探索者生活に支障をきたすだろう。極悪人に正義の裁きをと言って石を投げる輩が出てもおかしくはない。
「あぁ……うん」
だよなぁ、とコウヤは溜息を吐く。
周囲の感情に影響されるリーゼロッテの体質のこともあるし、町に行くのは難しくなるだろう。
となると町へ立ち寄るのは最小限にして、基本的な生活圏を迷宮内のレストエリアに移さねばならない。1つのレストエリアに定住すればそれはそれで正義ぶった輩が討伐隊など組んでやってくるだろうから、とさまざまなことを考える。
「まぁ、頂上に行くんだし、下はどうでもいいだろ」
神々の領域を超え、頂上を目指す。だったら町がどうこうなど関係ない。リーゼロッテがそう言う。
町へ補給しに行くのは最低限、あとは戻らなければいい。どうしても戻らねばならない時はそうそうないだろう。
「……そうだな、うん」
また汚名を着せられたことは悲しいが、どうしようもないことだ。
今はその釈明をすることよりも目的を達成するほうが先だ。世界を壊し、神の手から自由を取り戻す。
「どうしても用事があって、町に戻ってきた時は呼んで。使い走りくらいはするよ」
「ありがとう」
さて、とコウヤは立ち上がる。これ以上は彼女らに迷惑をかけられない。町で揉め事を起こして戦闘になったということでスカベンジャーズからたっぷり叱られている頃だろう。
その苦労に報いるためにも、こんなところでいつまでも休んではいられない。
「じゃぁ、行くよ」
「うん。気をつけて。……世界はきっと、あんたの敵に回ってるよ」




