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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
終われ、世界
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追い追われて、終われ

「待て!!」


背中から追いすがる声を振り切ってコウヤは走る。追いつけば地面に引き倒され、刀を喉に突き立てられるだろう。言い訳をすることも、真実を述べて誤解を解く余地もなく。

だから逃げる。転移装置まであと少し。もうすでに視界に見えている。中層や上層を行き来する探索者でごったがえす大通りをひたすら進んでいく。


だが、ついに距離は縮まる。


恰幅のいい婦人にぶつかり、思いっきり後ろにひっくり返る。尻もちをついてしまった。慌てて謝り、立ち上がるが、その背後に鋭い殺意が迫る。

婦人を助け起こしている暇はない。急いでいるのでごめんなさい。謝罪を言い残して足を動かす。失礼な男だと憤慨する怒号を無視して走る。転移装置まであと少し。

この隙に距離を詰めた真鉄が踏み込む。手を伸ばす。指先が襟に触れた。


「捕まえ――」


捕まえた。勝利を確信して真鉄が掴みかけ、刹那。


「ほい、そこまでさぁ」


悠長に間延びした声と、放たれたサリッサがその間に割り込んだ。


***


「……どういうつもりだ、スカベンジャーズ」


割り込んだ黒衣の男へと、真鉄は剣呑な目を向けた。

こいつが割り込んできたせいで重罪人を逃してしまった。彼は中層か上層か、どこかへと逃げおおせてしまった。完全に行方をくらませる前に早く追いかけなければ。


「罪人って言葉が聞こえたんでなぁ」


両端に鋭い穂先がついた鉄の棒を肩に担ぎ、とんとん、と軽く肩を叩きながら、黒衣の男は悪びれもせずに答えた。

犯罪者の摘発はスカベンジャーズの領分だ。スカベンジャーズでもない人間がそれをやることは私刑にあたる。もし罪を犯している人間がいるのならば、その手で裁くのではなくスカベンジャーズに通報をしなければならない。

そんなこと常識だろうに。探索者の憧れを一身に受ける頂上候補ともいう人間がなんてことだ。


「スカベンジャーズとして私刑を止めた。それだけさぁ」

「だったら彼を早く裁くんだね。彼はとんでもない重罪人だ」

「それを決めるのは俺たちスカベンジャーズさね」


スカベンジャーズの権能により、犯罪者かどうかわかる。目の前の人間の有罪無罪を判決するというよりも、犯罪者がどこにいるかを知らせるだけのものだ。

その探知能力でもって周囲を見てみても、犯罪者の通知はなかった。ということは近くに犯罪者はいない。よって重罪人めと罵る真鉄の言葉はまったくの言いがかり、冤罪であるということだ。

感知漏れ、感知ミスなんてはずはない。その正確性を疑うのは、氷が冷たいか熱いかを問うようなものだ。


「無実の人間に言いがかりつけて、挙げ句に殺そうなんざぁ……お前こそ摘発対象になっちまうさぁ」


だからスカベンジャーズとしてその私刑を止め、警告を入れた。コウヤを庇ったわけじゃないし、警告を受け入れるのならそれ以上食い下がらない。

とりあえず通達だけはしたぞと言い、黒衣の男は何事もなかったかのように道を譲る。あとのことはスカベンジャーズには関わりのないことだ。


「……ふん」


吐き捨てるように言い、息を吐く。制止されたおかげでいくらか冷静になった。とりあえず刀だけはしまおう。追いついたらすぐに抜き放つつもりだが、いつまでも抜き身で町の中を歩くものではない。

刀を指輪に戻し、右の中指にはめ直して、それから黒衣の男を押しのけて転移装置へ触れた。


***


上層。西の広場。そこまで駆け抜けて、やっと足を止める。


「はぁ……っは……」

「おう生きてるか」


先に着いていたリーゼロッテが片手を挙げる。どうやら真鉄から影響された衝動は落ち着いたらしく、普段どおりに振る舞っている。

それを確かめ、ほぅと息を吐く。よかった。ひとまず最悪の事態は避けられた。上層でも同様の危険はあるが、上層までたどり着く人間は少ない。コウヤや真鉄、ルイス一行にジョラスたち。両手で数えられる数に10をかけた人数もいないくらいだ。下層のように無数に人がいないだけでもかなりのリスクが低減される。


「あの野郎、アタシらの目的のことを知ってやがった」

「うん」


世界を壊す。それは書架で決意し、そしてその手段を図書館の応接室で話し合っただけだ。その間、誰にも話していない。書架や応接室で誰かに盗み聞きをされたはずはない。そんな盗聴など司書は許さない。

だから、他の誰かに入れ知恵をされたということだ。そしてそれをするような人物はひとりしかいない。サイハだ。ひいては、精霊たちだ。

コウヤの世界を壊すという決意をどこからか悟り、巫女を通じて真鉄に情報を吹き込んだ。そう考えるのが妥当だ。


「いいように操られやがって」


きっと、手のひらで転がしやすいようにあることないことを吹き込まれたに違いない。まったくの嘘ではないが、歪んでいる情報を。

真鉄はそれを信じ、断罪せんとコウヤを追いかけてきたのだ。


「……くそっ」


あぁ、もう。悔しそうにリーゼロッテは舌打ちする。

精霊め。何でもかんでもいいようにしやがって。いつもそうだ。腹立たしい。


「どうするよ?」

「追いつかれないように隠れる、逃げるしかないだろうなぁ……」


幸いにも、目指す先は頂上だ。町に帰ることを最小限にして、隠れつつ活動すればいい。

ほとんど素通りだったとはいえ、一度通った道だ。神の領域を再踏破して頂上へと至ろうじゃないか。


「おや、コウヤじゃないか」

「お久しぶりです!」

「ルイスたち!」


懐かしい声に振り返ればルイスを先頭にシスとニルス、ダルシーがいた。ニルスは人懐っこい笑顔でこちらに手を振っている。その様子からして、下層の騒動はまだ耳に届いていないようだ。


「なんだ、畑に冷害と蝗害と水不足がいっぺんに来たような顔をして」

「どうした、また冤罪でも引っ被せられたか? ……おい、そんな顔をするな」

「はは……」


まぁ、似たようなことは起きた。詳しく語るわけにもいかないので曖昧に笑う。

それよりも、彼女たちがいるのはまずい。すぐに真鉄が追いついてくるだろう。そうすれば彼女たちまで巻き込んでしまう。適当な言い訳をして離れないと。


「じゃ、俺たちちょっと用事があるから……」

「――それは、世界を壊すという用事かな?」


霜が降りたような、殺意が響いた。

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