新たな時代の暁を望む
「デカい魔力の塊ねぇ……」
思案をめぐらせる。
煌夜の発想自体は世界の終末には最適だ。後はそれをどう起こすか。
巨大な火種。巨大な魔力の塊。探索者の頃としての記憶、完全帰還者としての知識、それらを総動員して検討する。
「そう。どんな大魔法も起こせると錯覚できるくらいの……あ」
考え込むリーゼロッテへ、何気ない一言を自分で言ったところでコウヤははたと気付く。
あるじゃないか。どんな願いも叶う願望器が。頂上に。
リーゼロッテも遅れて気がついたようで、あぁ、と僅かに目を見張った。
「到達者の経験として言うが……あぁ、あれなら間違いねぇだろな」
頂上にあったものは魔法を起動する装置だった。頂上に至った到達者の願いを叶え、神々の造る新世界に送り出すという魔法の。
それだけの大魔法をこなす装置には、それをするための魔力が充填されている。到達者が魔力を使わずともそれを起動できるように、あらかじめ必要なエネルギーが保存されている。
それを用いれば。たとえるなら、工場に併設されている巨大な球状の燃料タンクに火を付けるようなもの。どんなことが起きるかは想像に容易いだろう。
念のため、と本棚から本を手に取る。ここに記録されている情報はきっとその答え合わせをしてくれるはずだ。
書架で世界の真実を知ったからこそ、前は閲覧できなかった情報が読めるはずだ。そこには頂上には何があるかを告げてくれるだろう。
リーゼロッテが本を開き、その手元をコウヤが覗き込む。日焼けした羊皮紙の色をした紙面にじわじわと文字が浮かんでくる。
――頂上には何があるか。それは願いを叶えるための装置である。
この一文は、すべての探索者に等しく与えられている知識だ。だがその言葉の裏にある真実は、書架に到達した探索者でなければわからない。
どんな願いでも叶える。それは魔法による不可思議な力の結果ではなく、駒の属性を書き換えることで成立するのだ。世界の終焉を望んだリーゼロッテの願いを叶えた結果、起きたのは世界の破壊ではなく、リーゼロッテを『世界を壊す者』として作り直すことだったように。
大事なのはここからだ。リーゼロッテはさらに文章を読み進めていく。
では頂上の装置は何をするかというと、肉体を分解し魂を取り出すための装置である。
肉体は鍵となり、神々の造る新世界の扉を開き、魂は新世界へと至る。願いによっては新世界に送らずにこの世界に留めて駒として属性を書き換えて望みを叶える。ちなみに肉体を分解する工程は果物から果汁を絞る過程に似る。
「さり気なくとんでもないこと書いてあるんだけど」
「今更だろ」
ろくでもない世界のことだ。これくらいは平然とこなす。だからこそろくでもないのだ。
そこは主題ではないので流せ。大事なのは頂上の装置に蓄積されているエネルギーで大規模な破壊が行えるかだ。
その答えは、長い文章の最後にあった。まるで最後に付箋を貼って付け足すかのように添えられていた。
――その機構が誤作動を起こせば、蓄積された魔力により世界の大崩壊が起こるだろう。
頂上での巨大な魔力の暴発。まず、直下の階層にいる神々の眷属たちは死ぬだろう。眷属の体の構成要素は血肉ではなく魔力でできている。死の衝撃、あるいは頂上の暴発の連鎖で爆ぜる。
火水風土雷氷樹。7つの眷属により7回の暴発。それは階下に伝播していくだろう。純度の高いエレメンタルの核や帰還者をはじめとして空気中のわずかな魔力にも伝染し、広がっていく。
そしてその暴発の物理的衝撃は塔を更地にするだろう。外壁まで完全に崩れずとも、内部は悲惨な状態になる。建物は崩れ、人は死ぬ。
そして、最後に拡散した魔力による魔法の発露だ。術者もなく、指向性もない魔力はその場の属性元素に誘発されて魔法を引き起こす。火の元素に反応して灼熱の炎を呼び起こし、氷の元素が極寒を生み出す。大地は割れ、風は吹きすさび、雷光はすべてを穿つ。美しく咲いていた花は毒花や害樹となってさまざまな形で死を招くだろう。
拡散した魔力が尽きるまでそれは続く。燃やせるものがなくなって燃え盛る炎がおさまるように。
「…………は、とんでもねぇ災厄だな」
世界の終末を引き起こす。言うのは簡単だが、その裏にはおびただしい死がある。それをやろうというのか。やろうというのだ。
伝わってくる。わかる。コウヤは本気だ。本気でこの世界の終末を願っている。
その根底にあるのはリーゼロッテと同じ。神々の退場であり、これ以上人間が弄ばれることのない世界の実現だ。
「やろう、世界の終焉を」
そして世界を人間の手に取り戻そう。




