煌々の夜は暁のように
「おかえり」
「ただいま」
図書館に行き、待ち合わせていた部屋でリーゼロッテと合流する。
この部屋は司書が用意してくれた応接室だという。リーゼロッテがネツァーラグの転移魔法で移動させられた先がここだった。対面のソファには諒解したようにヴェルダが座っていて、いくつか会話を交わした後で、ごゆっくり、と言い残して彼女は退室した。それと入れ替わるようにコウヤが入ってきて今に至る。
「アレは見てきたか?」
「あぁ。……なんつぅか……」
なんというか。言葉にしがたい恐怖があった。あんなもの、一生に一度見れば十分だ。もう二度と見たくない。
目を逸らしたいほどの嫌悪感だったのに、少しでも目を逸らしたら死ぬぞと直感が告げる。そんな矛盾した気分など二度とごめんだ。
「あれを起動させる、ってことだよな」
「あぁ」
全身に突き刺さっている鎖と杭を模した拘束具をすべて破壊する。そうすれば本能に沿って動き出すはずだ。すべてを平らげる口が地の底から現出する。
「でも……いけるのか?」
世界の終末装置という役割を移行されてしまうのも納得の状態だった。ぼろぼろの肉体はいつ自壊して朽ちてしまってもおかしくない。
口のあたりに近付いてきたものを食べるという本能は残れど、それ以外はどうだろう。
もし解放したとしても世界の終末をなすのは難しいのではないだろうか。リーゼロッテが破壊に加わったとしてもだ。
できたとしても中途半端な破壊だ。リーゼロッテの望む完全な世界崩壊まではできない。
結局世界は再構成されてまたループする。『週』が変わるだけ。
「ちゃんとやりきるためには後押しが必要だと思う」
「あとひと押しってか?」
リーゼロッテの案では、リーゼロッテが主戦力だ。だがリーゼロッテが出れば、塔の巫女としてサイハが絶対に出てくる。精霊はそういった皮肉な対面をさせるだろう。
それに、世界の完全崩壊という重大なエラーを塔の守護者としてネツァーラグが許すはずもない。本人の思考はともかく、課された役割が看過を許さない。
コウヤが加わっても不利だ。だから、あとひと押しがほしい。絶対的な破壊力の後押しが。
とは言ってみたものの、思いつかないのだが。
言い出しっぺなのだから駄案だろうが何か出さねば。コウヤはしばし思案し、あ、と声を上げた。
圧倒的な破壊力をもたらす災厄。心当たりがひとつある。
「……煌夜はどうだろう?」
「あ? アンタか?」
「俺じゃなくて」
それは、コウヤが誕生と同時に起きた魔力の暴発。煌夜と名付けられた災厄の晩。
それと同じことをこの世界で起こせばどうだろうか。この世界は魔力が満ちあふれている。ということは、言い換えれば燃料がそこら中にあるということだ。
魔法が廃れ、魔力が枯渇した世界でコウヤひとりぶんの魔力だけで町をひとつ消し飛ばした。では、魔力が満ちあふれているこの世界で同じことが起きたら、果たして規模はどのくらいになるだろうか。
油を撒いた部屋の中にマッチを投げ込むようなものだ。一気に燃え広がり、そして燃やし尽くすだろう。
とんでもない災厄になるはずだ。大気に満ちた魔力が枯渇するまで魔法は無尽蔵に無作為に発動し続ける。燃料が尽きるまで炎が燃え続けるように。
そしてあとには何も残らない。真空で呼吸ができないように、武具を発動し魔法を発現させることすら不可能になるだろう。
そうなってしまえば、世界は終わる。世界が終わればこれ以上無意味に弄ばれるものもいなくなる。
「……はん」
面白いことを考えるじゃないか。リーゼロッテは口端を吊り上げた。
破壊者と煌夜の共同作業か。ずいぶんと洒落ている。
いいだろう。魔力の暴発。面白いじゃないか。
リーゼロッテがいた世界では魔法は遺物だった。神や精霊や魔法といったものはおとぎ話であり、空想上のものだった。『かつては存在していたが、何らかの事情で失われた』という学説すら空想だという認識であった。
この世界もそのようになってしまえば。神秘的存在が失われてしまえば。そうすればこの世界は神々の手を離れる。神々の手から離れれば、人間は何にも弄ばれることなく操られることなく自らの力で歩き始めることができるだろう。人間の時代の開闢である。
神々には自分たちで作り出した新世界の中で引きこもっていてもらおう。リーゼロッテが元の世界で睨みあげた高い壁の向こうのものたちのように。
「いいぜ、やろうじゃねぇか」
「ありがとう。それで、考えたんだけど……」
魔力を暴発し、爆発させることで世界に終末をもたらす。
それはいいのだが、かといって実行に移すには問題がある。魔力は大気に満ちてはいるものの、それだけでは終末を起こせるほどではない。空気中に含まれる魔力の濃度が薄すぎる。
何かの火種があってはじめて空気中の魔力が弾ける。核となる大きな爆発が必要だ。そこから空気中の魔力に連鎖爆発を起こさせるのだ。
「魔力の核といえば、エレメンタルの核は?」
「あれでも小さいだろ」
迷宮に存在する魔物の一種であるエレメンタルの核は魔力の塊だ。ファイアエレメンタルの核なら熱を持ち、純度の低いものなら温石代わりになるが、純度の高いものは素手で持つことが不可能で火ばさみが必要になる。さらに純度が高ければ、白熱し、発火する。
だがエレメンタルの核では足りない。核に何らかの刺激を与えて爆発させたとしても民家を何軒か吹き飛ばせるくらいだろう。この世界全体を吹き飛ばすには圧倒的に足りない。
この世界の魔力を一気に集めて爆発させねば。だが、その心当たりがない。
「魔力、魔法……うぅん……」
魔力は色濃けば金色に光る霧として目に見える。霧状の魔力がさらに色濃くなって感情が焼き付いたものが帰還者だ。
霧の状態でさらに濃度が高ければ物質化して結晶になる。その結晶の小さいものがエレメンタルの核となる。
だがエレメンタルの核になるくらいの小さいものでは足りない。もっと大きな結晶が必要だ。
もっと巨大な魔力の塊が爆発しなければ、世界の終末は実現できない。




