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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
神の領域に触れる
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樹の領域、未知への道を阻む茨

あぁ、行くのか。巨竜は閉じたまぶたの裏でそれを知覚した。

進むといい。その歩みはいつか根本を揺るがしてくれるはずだ。今は何ら変化が起きなくともだ。

少しずつ、世界は変わっていっている。不動の位置にいてそれを観測しているからこそ知っている。繰り返されるうちに起きているズレと歪みを。その歪つなひずみがやがて混沌に導くことを。

知っているか、断層というものは長く歪みを抱えれば抱えるほど、起こす振動は強大なものになるのだ。


38階。樹の領域。


「来タワネ!」

「止メナキャ、止メナキャ!」

「アハハ、絶対ニ行カセナイ!」


樹の精霊たちがあたりを飛び回る。外周以外の壁を取り払い、広々とした空間内にはびっしりと蔦が這っている。床、天井、壁、一面が覆われている。

不用意に踏み込めば蔦に足を取られてしまうだろう。足を取られて拘束されるだけならまだいい。そのまま解かれず、蔦の中に閉じ込められてしまったら。衰弱しながら死を待つことになるだろう。

体中の穴という穴から根を差し込まれ、そのまま養分となる可能性だってありえる。良質な魔力を食らうために、獲物を蔦の中に閉じ込めて最低限の栄養だけを与え生かさず殺さずずっと搾り取り続ける魔物だっているのだから。


「退けよ」

「ダァメ!」

「精霊郷デハヤラレチャッタケド、ココデハ誰モ邪魔デキナイ!」


ここは神の領域。頂上を目指す者の前に障害として立ちはだかるのが役割だ。

だからここでコウヤたちの行く手を阻むことはルール違反ではない。精霊郷の時とは違うのだ。


ここでは、精霊の権能をもって阻むことが許される。許されるのではない、そうすることが『正しい』。『してもよい』ではなく『しなければならない』。

頂上を目指す者への行く手を阻み、その探索の手を打ち払うのだ。雑草を刈り払うがごとく。そうして一握りの美しい花だけを育てるのだ。


「それはテメェにも言えるぜ?」


思いっきりやれる。精霊たちは張り切っているようだが、それはこちらも同じだ。

ここは神の領域。振るわれた力は階層の外に漏れることはない。だとするなら。


破壊者の力だって、存分に振るえるのだ。


「草刈りの時間だ」


至極楽しそうにリーゼロッテが呟き、直後、右手が翻る。肘から下が刃の形に変形した腕が一帯を切り飛ばす。

切断された蔦々はしかし一瞬で元に戻る。接ぎ木の要領で再生した蔦は真っ直ぐリーゼロッテへと伸び上がった。よく見れば床にいつの間にか撒き散らされていた種が発芽しており、それが一瞬で成長して万年を生きた盤古の植物となって生え伸びる。


「ははっ」


リーゼロッテの口から笑いが漏れる。

無限に生え伸びる蔦。やってやろうではないか。こちらは無限に生きる完全帰還者だ。

断てば断つほど頑丈になる麦踏みが勝つか、世界を壊す力を望み、それを与えられた破壊者が勝つか。


相手の感情に引きずられるのが帰還者だ。相手が過激ならリーゼロッテもまたそれに比例する。

()()()()()()()()。その思いは、いったい誰から伝染したものだろうか。そんなことを検証する理性など、とっくの昔に枯れ果てた。


「ったく、俺も忘れんなよなっ!!」


楽しそうにやりあっているが、こっちだって忘れては困る。コウヤは"ズヴォルタ(剣と盾)"を振るい、背後から迫ってきていた巨大なフライトラップを両断する。

人間の頭など一口で挟み込んでしまえるほどの巨大なものだ。挟まれたら最後、消化液でじっくりと溶かされていくのだろう。断ち切られた葉から漏れた強酸の消化液が煙と音を立てて崩れ落ちる。


「ダメヨ、ダメヨ。許サナイ……!!」

「うぉっと!?」


死角から種が飛んできた。種といってもかなりの大きさだ。子供の頭より少し小さいくらいか。堅い殻に包まれた種子はコウヤめがけて大砲とばかりに飛んでいく。それをどうにか盾で防ぐ。が、相当な威力だ。受けた手が痺れる。

もし直撃していたら骨ぐらいは砕かれていただろう。それが頭だったら。昏倒は間違いなく、下手したら死んでいた。


殺る気満々だ。樹の精霊がやっているのは力試しではない。排除だ。

まさに雑草を刈り取るがごとく、邪魔なものを滅ぼさんとしている。相手がファウンデーションだろうが何だろうが関係ない。


しかしそれ以上にリーゼロッテのやる気がみなぎっている。

相手は精霊というこの世界のシステム側だ。世界を破壊する終末装置であるリーゼロッテからしたら、これ以上ない相手である。

樹の精霊につられ、過激に苛烈に殺意に染まるリーゼロッテはもはや理性を失った獣だ。目に映るすべてを破壊しようとしている。


精霊だって、不老ではあるが不死ではない。エレメンタルがそうであるように、力の核となるものを壊されれば死ぬ。概念的な側面が強く、個が弱い精霊にその表現はあまり合わないが、とにかく個体としては力の核となるものを裂かれれば求心力を失って消える。

個体がひとつ消えれば新たな個体が追加補充されるので全体の数は一切減ることはないのだが。


リーゼロッテの殺意がすべてを壊すか、それとも樹の精霊がそれを凌駕するか。

どちらも無限だ。リーゼロッテは死ぬことはなく、精霊もまた絶滅することはない。だからこそ終わらない。だからこそ永遠にやり合える。


「……だからこそ、それが狙いなのさ」

「ネツァーラグ!」

「やぁ」


意味深な会話をしにきたわけではない。強い感情に誘引される帰還者の性として、この苛烈な激突に誘われて来ただけだ。これは帰還者の本能なので理性ではどうしようもできない。完全帰還者となってもその性質は変えられない。

本能に抗えないくらい、強い殺意がここにはうごめいている。ここで必ず殺さなければならないという強い強い殺意だ。邪魔なものを排除しようという敵意と殺意と害意。


「その意思はいったい誰の……おっと」

「っ、ネツァーラグ!」


リーゼロッテが振るった刃が勢い余ってこっちまで飛んできた。回避不能の殺意の刃。仕方ない、と呟いてネツァーラグはその刃に身を晒す。

鮮血は散らない。帰還者は血を流さない。だからこそ非現実的な光景で、ネツァーラグの胴が両断された。どさり、とネツァーラグの体が崩れ落ちた。


「ネツァーラグ!? おい!」

「は……焦るなよ。ちょっと両断されただけじゃないか」


完全帰還者だ。死にはしない。血も飛ばないし断面は見えないからグロテスクな光景ですらない。

手慣れたように両断された下半身を衣服ごと再生し、よっこいしょと大仰に起き上がる。断ち切られた下半身は形を失って空気中に魔力となって消えていく。


「途中になったが本題だ。彼女を突き動かしている殺意は()()()()()()()()だろうね?」



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