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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
神の領域に触れる
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幕間小話 夢見た幻想の姿

今日はいい天気だ。コウヤはぐっと伸びをしながらベッドから起き上がった。

朝から快晴。風も穏やかだ。


「おはよう、母さん」

「あい、おはようさん」


恰幅のいい母はふっと笑ってテーブルに朝食を置いた。

金属のプレートの上に薄いビスケットが5枚、味を度外視して栄養だけを重視した半固形状の練り物、粉を溶かしただけのスープとも言えぬ湯と、そして四角の包み紙。


「お、パンじゃん」

「配給がやっと来てね。ヴァイス(秩序維持組織)には感謝だよ」


このあたりを根城にして狼藉をはたらいていた集団が検挙されたおかげでやっと配給が再開された。まともな食事も久々だ。このところ粉の練り物と薄く味のついた湯だけが食事だったので非常にありがたい。


配給ラインを繋げてくれた秩序維持組織にもだが、配給を即座に確保し、朝食として用意してくれた親にも感謝だ。本当にありがたい。

それはそれとして、母がひとりで配給を取りに行ったのだろうか。道を歩いているだけで殺されるようほど治安が悪いわけではないが、女性がひとりで歩き回るには不安が残る。

配給が再開されたというのなら、取りに行くために自分を起こしてくれればよかったものを。自分だってもういい年齢だ。いつまでも子供ではない。思春期はとっくに過ぎだ。だというのに、母はいつまでも子供扱いして来るのだから困ったものだ。


「あぁ、大丈夫だよ。リグラヴェーダさんがついててくれたからね」

「師が?」

「おまけに自分のぶんまでこっちに回してくれちゃって。あの人、薬売りの報酬で食い扶持を稼げるからってんで」


成程。師匠がついていてくれたのか。そして配給まで譲ってくれたと。

それは師匠に改めて礼を言わねばならない。今日の予定も決まっていないし、朝食を終えたら師匠のところに行くとしよう。


「あぁ、じゃぁリグラヴェーダさんに伝えといてくれないかい。隣の区の人が仕事先を探してるって」

「りょーかい」


薬を作り、売っている師匠の店はいつだって人が足りない。だからいつでも働き手を募集している。

働き口を探す情報をまとめ、師匠に紹介すれば報酬としていくらかもらえる。それがコウヤの主な仕事だった。

採用された人はそれ以後の姿を見ることはないが、気にしたことはない。コウヤが幼い頃からずっと容姿が変わらないほどの若々しさを保っている方が不思議だ。


ビスケットで乾いた口内を薄い味のスープで潤して、最後の一口を胃の奥へ流し込み、それから食卓から立ち上がる。

母が井戸端会議で得た就職難の青年の情報のメモを受け取って、それから玄関を出た。


まだ秩序維持組織が哨戒にあたっている大通りを抜け、細い路地へと入る。あたりが霧に覆われたかのような錯覚に包まれながら路地を抜けると、そこにあるのが師匠の家、兼、店だ。

店側の入り口から中に入る。からん、とベルが鳴った。


「師匠ー」

「はいはい。どうしたの、ファムファタール?」


相変わらず師匠は変な呼び名でコウヤを呼ぶものだ。何度聞いてもその理由を答えてくれないので追求は諦めている。


「はいこれ。働き口を探してる人がいるって。師匠の店って今、人手はどう?」

「あら、ありがとう。メモを見せてちょうだい。……ふぅん、悪くはなさそうね。帰ったら、彼にこの店の場所を教えてくれる?」

「わかった」


紹介した彼もまた、採用したという連絡の後に姿が見えなくなるのだろう。この店で何が行われているか、うっすら悟りながらも平然としている。その手の世界にはよくあることだ。人間には労働力を提供する以外に価値があるものを提供できる。


片棒を担いでいても、知らないまま加担させられていたのなら情状酌量、うまくいけば処罰はない。

そのことを知っているからこそ、このことを知らないふりをする。()()()()()()()()()()


「お母さんは元気?」

「あぁ。師匠がくれた薬のおかげで元気だよ。最近は耐性がついてきて、ちょっと薬が効きにくいみたいだけど」

「あらあら。じゃぁちょっと強めの薬を処方しておくわね」


***


――存在し得ない、虚日の幻想である。


現実は皆死んだ。煌々と輝く夜はすべての生命をなぎ倒した。『もしも』など粉砕した。

幻想などなく、現実のみが横たわっている。幻想を実現する方法などない。


あぁまったく。昔日に想像を混合させて思い描いた光景はありえない。

毎朝、食事を用意するのが師匠でなく母であったらと思い描いたとしても。

会話を再現できるくらい何度も反復して想像を重ねても。実際にあった会話のいくつかを想像ですり替えても。


一から十まで真綿でくるむような優しい想像ではなく、現実の延長の想像だ。

いっそ現実離れしていたら完全に割り切れただろう。だが貧困な想像力ゆえに現実の延長の想像までしか描けなかった。

だからこそ現実性があり、現実性があるからこそ真綿で首を絞めるように苦しい。本当にありえたのではないかと希望を抱いてしまう。


その想像と現実の間で煩悶し続け、そして、気がつけばこの世界に召喚されていた。


「何でも願いが叶うっていうなら、現実の延長でしかないこれを……本物にしてほしい」


無限輪廻の箱庭がなんだ。こっちだって、この想像を無限に繰り返しているのだ。


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