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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
神の領域に触れる
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土の領域、怠惰の山岳

本当に素通りさせてくれた。あっけなさに驚いているうちに37階へ。


見慣れた石壁は迷宮のものだ。だがそこにあるのは石の壁で作られた迷宮ではなく、最低限の明かりしかないだだっ広い空間だった。

迷宮の1階層の壁を外周以外すべて取り払い、そこに土の塊のような岩の山のようなものを積んだだけ。

周囲はしんと静まり返っていて、ひとの気配はない。魔物も精霊もいない。


コウヤはこの光景に見覚えがあった。


それはついこの前だ。破壊者が完全帰還者になったとサイハに知らされ、そしてサイハの味方になるようにと誘われた時だ。味方した方が勝つというファウンデーションのタグについて説明を受けた時。

その時連れて来られた場所が、きっとここだ。土と岩でできた大山には見覚えがある。

あの時、サイハは『まだ誰も踏み入ったことのない階層』と言っていた。ここは37階で、『今週』の探索者の最高到達階層は35階。理屈は合っている。


コウヤが感心している間に、リーゼロッテはすたすたと大山に歩み寄っていく。その拳がぱきぱきと音を立てて硬質化していく。


「おい、ドラヴァキア。起きろ」


直後。リーゼロッテは硬質化した拳を大山に叩きつけた。山の表面が陥没し、岩が砕ける。振動が空気を揺らした。

しかし山が崩れるには至らない。振動と衝撃がおさまった頃、ゆっくりと山が動いた。

否、それは山ではない。土と岩が降り積もって堆積するほどの長い年月を寝そべって過ごす巨竜だった。稜線のように投げ出した脚におとがいを載せ、伏せた状態で横たわっている。


これが、土神の眷属。堅牢なる怠惰の竜、ドラヴァキア。

土神の眷属であり、かつては自身と、ひいては土神を信奉する一族とともに生きていた。

竜を象徴する一族は素晴らしい身体能力と生命力を有していた。本気で刃物を突き立てても貫かれることのない堅牢な肉体は不死とさえ言われるほど頑丈だったし、彼らは指弾(デコピン)で頭を吹っ飛ばすほどの超越的膂力を持っていた。

しかしそんな一族でさえ絶滅しかねないほどの未曾有の危機が世界を襲った。危機を悟ったドラヴァキアは、一族を飲み込んで体内で保護するという手を取った。

魂さえ無事であるなら、肉体は後から作れる。ひとつずつの魂を卵にしてドラヴァキアは腹の中で一族を育んでいる。いつか卵たち孵化し、一族が復活する日を夢見て。


「そのドラヴァキアが生み出した分身が、この横たわる竜だよ」


リーゼロッテ曰く、これは分身であるという。

ドラヴァキアは塔のことにはあまり関知せず、自身の目的である一族の復活の時にしか興味がない。

分身も同じで、探索者の前に立ちはだかったり、ルフのように怒り狂って襲ってきたりということはしない。

ただじっと、堅牢な体内で卵が孵化する日を待っている。動かず横たわるだけであるがゆえに、怠惰と呼ばれる。


「……分身?」


リーゼロッテの説明は諒解した。それで、この山が眷属が生み出した分身というのなら。それでは本体はいったいどこにいったのだろう。


「本体? ここだよ、ここ」


そう言ってリーゼロッテは足元を指す。

ここ、とは。足元にはただの石畳しかない。


「……まさか、塔の土台とか言うんじゃないだろな?」

「そのとおりだよ」

「は?」


まさかと思って聞いてみたらそのとおりだった。思わず間抜けな声が出た。

素っ頓狂な声を出してしまったコウヤの顔を見て、にんまりとリーゼロッテは笑う。


「寝そべっているドラヴァキアの背中に大地を盛って、その上に塔を建てた」

「え、それ伝説じゃなかったのかよ!?」


確かにそんな伝説はある。でもそれは、世界が巨大な盆の上に乗っているとか、夜空は巨大な黒い布をかけて作られていて太陽や月や星は糸で吊り下げられているとか、そういったような神話やおとぎ話に足を突っ込んだような話だと思っていた。

まさかそれが本当だったとは。大地は亀が支えているというおとぎ話は聞いたことがあるが、まさか本当にそうなっているだなんて誰が想像しただろうか。


「おい起きろ、もう一発殴られてぇか?」


――起きているとも。


崖が割れた。違う。これは眼球だ。怠惰に横たわってい瞑目していた巨竜の目が開かれたのだ。

億劫そうに瞬きを繰り返し、ドラヴァキアはリーゼロッテとコウヤを見た。あれがファウンデーションか。そういえば巫女が密談の場に尻尾のあたりを借りたのだったと思い出しつつ、再び目を閉じる。


「おい、何か言えよ」


――わたしは関知しない。卵が孵る時を待つのみ……。


世界も塔も関知しない。だからコウヤを阻むことも、背中を押すこともしない。

そう言って、巨竜は怠惰に目を閉じる。自身の存在も体内の卵も脅かされぬのであれば、あとは何がどうなろうと構わない。

自身の背中で起きているあれこれなど、ドラヴァキアには関係のないこと。土神の眷属として与えられた役割は、大地となって塔を支えることと、信徒の魂を閉じ込めた卵が孵る時まで守り続けることだ。


この階も好きに使うがいい。野営するにはちょうどいい場所だ。休みたいなら休めばいい。ここには誰も来ない。魔物も精霊もだ。

堅牢さを象徴する土の属性の領域では万物が傷つけられることはない。領域に踏み入れた者すべてに泥のような怠惰な安らぎを与える。


「……確かに、ちょっと気だるいかも……」


これまでの疲れか、それとも怠惰という土の性質を受けての倦怠感か。

なんだか急に疲れが来た。休んでいいというのならこの場を借りよう。コウヤはその場に座り込む。収納用の武具から寝袋を出し、外套にくるまって目を閉じた。


「警戒心ねぇな。ったく……」


ほとんど目立った戦闘もなかったし、合間にレストエリアで休息は取っていた。それでも一度はきちんと眠って体を休める必要がある。

その場を与えてくれるというのならそれに従うのもありだ。土の性質を受けて倦怠感がまとわりつくが、水の海竜のように引っ張り込んで永久に閉じ込めるようなものではない。十分に休まれば自然と立ち上がれる。


問題ないと判じつつ、それでも警戒は解かず。巨竜の後ろ足を背もたれにしてリーゼロッテも腰を下ろした。

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