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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
神の領域に触れる
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水の領域、水底の命に触れる

35階。長い階段を登ってたどり着いた階層は巨大な湖だった。底が見えないほど深く彫り込まれた中に濁濁と水が溜まっている。

構造的には、いくつかの階層かをぶち抜いてそこに水を溜めたのだろう。まるで水を溜めた大きな桶のふちに立っているかのようだ。


開け放たれた壁から吹き込んでくる風に揺られる以外波立つことのない水はどこからか流れ込み、また流れ出している。

その水面に点々と足場があり、対岸の上り階段へとつながっている。


「水の重さで底が抜けたりしないのかな」

「しねぇんだろ」


そこは魔法の力とやらで物理的法則は無視されているのだろう。

それにしても、水の領域ということを示すためにこんな巨大な貯水槽を用意するとは。

これだけの水を溜めるなら、塔の外のわずかな陸地に湖を作ればいいのにそれをしない。何か意味があるのだろうか。


「まさか、塔の水源ってここ?」


町で使われる水、迷宮内のレストエリアに湧き出す水。

どこからきたのだろうと常々疑問だったのだが、まさかここから流れ出しているのだろうか。

リーゼロッテに質問というよりはただの独り言のように呟き、それからあたりを見回す。


何もいない。怒り狂う風の大鳥がいたように何かいるかと思ったが、しかし何の気配もない。

水神の眷属らしい何かの姿は見えない。濁濁とした大量の水が静かに流れているだけだ。


「何かいる……って感じではないな……」

「……イルス・リヴァイアだっけかな」


探索者当時の記憶を掘り返し、コウヤの独り言にリーゼロッテが答える。


いつか『週』で頂上に至った探索者がいた。その者は世界の真実を知り、そしてこう願った。『もう何も見たくない』、『ずっと眠り続けていたい』。

その願いは聞き届けられ、水神の眷属イルス・リヴァイアと呼ばれる海竜へとなった。


「その後は■が■った世界で……ちっ……」


言語崩壊だ。舌打ちして会話を切り上げる。この話の続きは()()()()()()()


言語崩壊は完全帰還者にかけられた呪いだ。世界の真実を知った者が、それを言いふらさないための。

平たく言えばネタバレの防止だ。試験に挑む際に問題文の答えを教師に訊ねるようなことは許されないのだ。

核心を突くことを口走ろうものなら、その言葉は伏せられる。つまり言語崩壊が起きるということは、その真実(ネタバレ)を話すにはまだ早いということ。

今バラすと面白くないから黙っておけという制止が言語崩壊という呪いの仕組みだ。


悪い、言語崩壊だ。それだけを動作で伝えると、気にするなとコウヤが首を振った。


「言葉以外にも意思疎通はできるし、そのへんは気にしな……待った、水の中に何か……」


水中に何かの影が見えた。気がした。

予感を確信に変えるため、コウヤはそっと水面を覗き込む。


水は透き通っていて、濁りなどはない。魚が泳いでいたり、水草や苔が茂っているふうもない。何かの影が見えたのは錯覚だったのだろうか。否。光が届かない底の方に何かがいる。

目を凝してよく見てみてれば、長い何かがとぐろを巻いている。よくよく注視すればするほどその姿は鮮明になっていく。


水底と同じ色の青黒い鱗の竜だ。あれが海竜イルス・リヴァイアだろう。

眠りたいという願いを叶えるように、その双眸は閉ざされている。背中に生えたヒレが水面近くの水の揺れにしたがってかすかになびくだけ。彫像か何かのようにまったく動かない。

呼吸で泡が吐き出されることもなく、呼吸によって体がわずかに上下することもなく。心音も聞こえず、血のめぐる音も聞こえない。


それでも何かを捉えようと、より意識を集中する。コウヤの全神経が水底へと注がれていく。


――もう眠りたい。


不意に、呟く声が脳裏に響いた。

一度聞こえれば続けざまに声が聞こえてくる。


――すべてを放り捨てたい。


――良いことなんて何もなかった。これまでも、この先も。


――これ以上悪くなる前に立ち止まろう。


――おいで。水の中は優しいよ。


――慈悲に抱かれて眠ろう。


――この先には良いことなんてないんだから。


「楽、に……」

「コウヤ!!」


鋭い声がコウヤを意識から引き上げた。次いで頬に衝撃。

リーゼロッテが殴り飛ばしたのだと頬の痛みで知る。


「いってぇ……」

「緊急だったんだ、許せ」


言語崩壊のせいで塗り潰されないように極力短く喋るリーゼロッテが言うには。どうやら自分は魅了魔法かその手のものにかかっていたようだ。

あのまま放っておいたら水に沈んで浮かんでこなかっただろう。目は虚ろで、呆然と呟きながらふらりと水中へと飛び込もうとしていた。

だから正気に戻すために殴り飛ばした。どうやらそういうことのようだと理解して、まだ痛む頬をさする。

しっかりと自分を取り戻したコウヤは再び水面を振り返る。静かな水面がそこにはあった。だが、さっき見た時と雰囲気が違うように感じる。なんだか不気味だ。


「底」

「底?」


また覗き込んで誘引されてはかなわない。よく見えるようにと明かり用の武具を発光させて水の中に放る。ちなみにこれは風の大鳥に投げたものとは別のものだ。予備はあといくつか持っているのでここで1個失ってもまぁ惜しくはない。

空気中に漂う魔力を吸ってぼんやりと発光する魔銀に照らされ、底の様子が見える。


「……骨……!?」


無数の骨だ。ヒトの。

コウヤが驚いている間に、魔銀はどんどん底へと落ちて沈んでいく。底でとぐろを巻き、彫像のように動かない海竜の体を魔銀がすり抜けた。まさか、あれは実体ではなく幻影なのか。

海竜の幻影をすり抜け、魔銀は底についた。積み重なる骨にぶつかって、かちん、と澄んだ音を立てた。


「引き込まれてたらあぁなってたのか……」


ぞっとする。あのまま水中に引き込まれていたら、眠るように溺れて死んでいただろう。

背筋に冷たいものが滑り落ちる感覚がした。リーゼロッテに殴り飛ばされていなかったらと思うと。

助けられてよかった。リーゼロッテに感謝を述べようと口を開きかけたその刹那。


「っ……!!」


底で海竜の幻影が動いた。否。あれは幻影ではない。黒い霧を凝縮したような影。その正体を知っている。


「帰還者……!!」


穏やかで静かだった水面が波立つ。正解を告げるように、海竜の形をした帰還者が水中から身を起こした。

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