この道を行くのは何度目だろう。とっくに見知った道だ
この世界には武具というものが存在する。
かつて存在していたという魔法を誰でも起動できるようにしたアクセサリーだ。
複雑な知識と難解な魔術式で構築される魔法を何の資格も素質も要らず、ただ力の集中だけで魔法が起動できるようにしたものが武具なのだ。
たとえるなら水車のようだ。魔力という水を流して武具という水車を回す。
水車を回して何をするかは水車に接続されている機工による。
石臼に繋がっていれば粉が挽けるように、武具に刻まれた魔法が発動する。
というような知識はこの世界に召喚された時にすでに頭の中に『そういうもの』として刻まれている。
そう、探索者であるために必要な知識は持っているのだ。召喚の際に刷り込まれている。
だから迷宮内を浮遊している結晶の集まりのようなものが探索を阻む魔物であることも『知っている』。
「ウォーターエレメンタルか」
こんな低級の魔物など素通りできるのだが、せっかくだ。サイハの実力を見せてもらおう。
武具というものは、発動の瞬間だけ持ち主の魔力の本質が垣間見える。
普段どれだけ力を抑えていようとも、発動の瞬間はありのままに開示される。
その瞬間を見逃さなければ、相手の力量をある程度見極めることができる。
これもまた、後付けの知識によるものだ。
「……"歩み始める者"、起動」
サイハが手のひらほどのカードを宙に放る。この銀のカードも武具だ。
"歩み始める者"。これは固有の能力を持たず、持ち主によって能力が変わる武具だ。カードに刻まれた文言から想像した内容が能力となる。文言は複数あり、複数の能力となる。
すでにサイハはすべての文言を埋めきっている。
コウヤはサイハの実力を見ると言っていた。だったらこれがいいだろう。
「行動を停止し、頭を垂れなさい。"狂信者による理性"」
びき、とウォーターエレメンタルの動きが不自然な位置で止まる。
ふよふよと風船のような軽さで浮遊していたそれは、見えない何かで固められたように静止する。
"狂信者による理性"。対象の動きを強制的に静止させる。
"歩み始める者"から想像し創造した能力のひとつである。狂信と理性という相反するものが対立し、混乱をきたして動きが止まる。そんな連想から生み出されたものだ。
「……ちょうどいい子がいるわね」
ぎっちりとウォーターエレメンタルの動きを固めたサイハは不意に顔をめぐらせる。
迷い出るように角を曲がってきたサンダーエレメンタルがそこにいた。
「離反し、敵に味方しなさい。"密告者による背反"」
探索者の存在を感知し、攻撃姿勢に入ったサンダーエレメンタルへとサイハが指を突きつける。
歯車が回転してエネルギーを生み出すように、体の中央の結晶を回転させていたサンダーエレメンタルは、直後、生み出した電撃をウォーターエレメンタルへと叩きつけた。
体を固められ、防御することもできないウォーターエレメンタルに電撃が直撃した。
ばちばちと火花の音がし、そして、ウォーターエレメンタルの体を構築していた青い結晶が割れて砕ける。
それだけでは終わらない。サンダーエレメンタルはなんと自らも電撃で攻撃し始めた。
体を構築している結晶の中心にある核を自身の電撃で貫き破壊し、まるで自殺のように砕け散った。
あとにはウォーターエレメンタルの残骸である青い結晶と、サンダーエレメンタルの残骸である紫色の結晶が残っただけだった。
「ざっとこんなもの……どう? 合格?」
コウヤが期待する基準を満たしていただろうか。
可愛らしく小首を傾げ、サイハはコウヤを振り返る。
発動の瞬間は3度も見せた。"歩み始める者"自体を起動する時、2つの能力を使う時。
それだけ見せたのなら、見落としも見逃しもしなかっただろう。
「あ……あぁ、すごいな……」
思わずあっけにとられてしまった。
発動の一瞬、サイハから感じ取った魔力はコウヤを圧倒していた。
自分のような、上層になんとかたどり着けたような探索者とは比較にならない。上層を庭のように散歩するような、そんな桁外れの強さを持つ者が帯びているような魔力量と質であった。
「すごいな、ルッカってやつか?」
直訳で、『神に愛された者』という意味だ。
どこからの世界から呼び出された誰かが言い出したというその言葉は、元々は神に愛された者を指す言葉だった。
それがいつしか、神に愛されていると思うような豪運を持つ者という意味に変わり、やがて、頂上に至る可能性がある者という意味に変わった。
お前は頂上に至るべきだと神が導いているかのような、そんな運命と強さを持つ人間を指す。
「いいえ、私はルッカではないわ。買いかぶりすぎよ」
魔力量と質については隠し立てしようもないので認めるが、だからといって頂上に至れるかどうかは話が別だ。
単純な強さでは越えられない障害が上層にはごろごろ転がっている。
「ふぅん、そういうもんか」
「えぇ。……さ、次はあなたが強さを見せてごらんなさいな」
こちらが手の内を見せたのだから、コウヤだって。
ちょうどそこに試し切りしてくださいとばかりにウィンドエレメンタルがいる。
「仕組んだようにいやがって……"ズヴォルタ"!」
愛剣の名を呼ぶ。突破の名を冠すその武具は片手で扱える剣と盾の一揃いだ。
右手のブレスレットから変じたその剣を掴み、ウィンドエレメンタルが放った風の刃を左手のブレスレットから出した盾で受け流して懐に飛び込む。
エレメンタル類の魔物は空中に漂う魔力が結晶となって動き出したものだ。
その力の源である核を破壊すれば、求心力を失って壊れて砕ける。
「よっ、っとぉ!!」
一閃。核を的確に両断する。この程度、造作もないことだ。
核を砕かれ、輝きを失ったエレメンタルはその場に崩れ落ちた。
その破片をコウヤが拾う。先程サイハが倒した2種類のエレメンタルの破片も一緒に革袋の中へと放る。
探索者はどこで収入を得るかというと、これだ。倒した魔物が残した破片や肉や皮を町に持ち帰り、店で卸して換金する。
頼まれごとの報酬や労働の対価などもあるが、もっぱらこれが主な収入源となる。
この小さな破片だって立派に売り物になる。破片が大きく、傷が少ないほど高く売れる。
売れそうなエレメンタルの破片をしまった革袋はなくしてしまわないようにしまっておく。
ベルトにぶら下がっている銀のストラップに魔力を込める。これも武具だ。
魔力を流して起動すると、成人男性の上半身ほどの大きな鞄に変化する。
この中に荷物を入れ、そしてストラップに戻す。こうすることでいくらでも荷物を持ち運ぶことができる。
「どうよ?」
「単独で上層までたどり着いただけはあるわね。……あなたこそルッカじゃなくて?」
「そんな大仰な人物だったらこんな不名誉な冤罪を受けてないさ」
剣と盾をブレスレットに戻したコウヤは肩を竦め、溜息を吐く。
愚痴ていたって仕方ない。依頼をさっさと終わらせよう。
頼まれたのは4階だ。今いるのは3階。上階への階段で4階に上がらないといけない。
とっくの昔に踏破した階だ。おおよその階段の位置はわかる。記憶を頼りにコウヤは歩き出した。