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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
神の領域に触れる
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風の領域、大鳥の蹴爪

――何故だ。何故だ。何故塔の頂上に至らぬ。


塔の頂上に至り神の■■を受ければ無限の命を得ることもできたというのに。

賢く美しかった妻よ、そこだけはどうして愚かだったのか。

限りある生命だからこそ尊いなどという愚昧な考えを信じて死んでしまった。

限りある生命を成し遂げて満足だったと、妻が今際の際に言い残したことが棘となって我を苛む。

永遠にともに生きることこそ正しいことのはずなのに。

しかし賢く美しかった妻が間違ったことなど言うはずがない。


矛盾する思考がすべてを埋め尽くす。

正しいのはどちらか。あぁ、誰か。我が間違っていないことを証明してくれ。


***


34階。やっと最後の一段を登る。


「やっと着い……」


刹那。


「コウヤ!」


影がよぎった。羽ばたきの音。甲高い猛禽の鳴き声。衝撃。振動。

それらに感覚のすべてを奪われ、時間をかけて取り戻す頃には初の交錯が完了していた。


「っ……変わってねぇな、テメェは」

「リーゼロッテ!」

「軽傷だ、気にすんな」


気がつけば、リーゼロッテの右腕がなかった。

腕だけではない。肩ごとだ。右の鎖骨と右胸、そして右腕。右の上半身をほぼ失っていた。

それは風の大鳥が蹴爪でもぎ取ったのだと理解するのに時間を要さなかった。


状況を整理すると、34階に踏み込むや否や風の大鳥が飛びかかってきたのだ。コウヤを庇ってリーゼロッテが蹴爪を受けた。


コウヤが状況を理解しているうちに風の大鳥は第二撃を打ち込む助走をつけるために飛び立ち、リーゼロッテの右上半身は再生していた。

一呼吸置かずに次が来る。次は外さないだろう。確実に、コウヤを蹴爪でえぐり殺す。


――世界に疑問を持つ者、反抗する者など殺してくれるわ!


風の大鳥からそんな声が聞こえた気がした。本当にそう喋ったのか検証している暇はない。

飛び込んでくる。風の大鳥が出入りするために開いている壁を蹴破って。今度こそ。


「リーゼロッテ! 目閉じろ!」


コウヤが手に持っていたものを大鳥へと投げつける。壁を蹴破って中に蹴爪をねじ込もうとする大鳥の眼前で銀が炸裂した。

閃光。大鳥が悲鳴をあげた。バランスを崩し、地へと失墜する。


コウヤが投擲したのは武具だ。ただし、何の特別な効果もないものだ。

ただ光を放ち暗所を照らすだけの、一般家庭にも普及している超低級の。固有の名前すらない大量生産品。

空気中に漂うわずかな魔力を取り込んで発光するその魔銀に、しっかりと魔力を込めればどうなるか。

答えはあれだ。電化製品に過剰な電流を流し込むがごとく、過剰なエネルギー量で魔術回路が焼け切れて閃光を放つ。


「今だ、行くぞ!」


成功した。リーゼロッテの手を掴んで上階への階段へと駆け込む。

階段にさえ踏み込めば、大鳥は手を出してこないだろう。この階層さえ抜ければいい。

墜落した大鳥が体勢を立て直してまた飛び込んでくる前に。羽ばたきが聞こえてくる。あと一歩。


――この世界は正しい、正しい、正しいのだ……!!


蹴爪が叩き込まれる。しかしそれは、大きく狙いが外れていた。見当違いの方向の外壁を崩しただけだ。

その間に上階への階段へと駆け込む。間に合った。


「ギリギリ……」


勢いで数段ほど階段を登り、肩で息をする。

風の大鳥はまんまと自身の領域を通り抜けられたことを悟り、忌々しげに高く鳴いて遠くへと飛び立っていった。

行ったと見せかけて再び蹴り込んでこないか気配をうかがい、どうやらその様子はないことを察して安堵の息を吐いた。


しかしまぁ、ファウンデーションですら容赦なく狙うあたり、風の大鳥の逆上っぷりがうかがえる。

それほどまでに大鳥にとって世界のシステムの是非というものは重要なのだ。添い遂げた妻が拒否したもの。自分が守っていたもの。拒絶と使命の狭間で煩悶し、それ故に拘泥している。


「やるじゃねぇか」

「はは、ありがと」


風の大鳥が鳥であるなら、もっといえば生物らしい性質を持っているなら、その閃光で目がくらむはず。

そう考えて閃光弾がごとく照明用武具を投げてみたわけだが、思った以上に効果はあったようだ。


うまくいった。喜びに軽く片手をあげたら、その手のひらをリーゼロッテが叩く。

思わずハイタッチしてしまった。いやまさか、こんなにうまく通り抜けられるなんて思いもしなかった。

無事に先に進めた喜びを噛み締め、そして思考が冷静に戻ってくる。


そうだ、無事ではない。リーゼロッテは思いっきり負傷していたではないか。

人間ならまず死んでいる傷だ。人間なら。そうだ。リーゼロッテは人間ではない。完全帰還者だ。だから即死の一撃でも迷わず身を挺せられる。


「ほんとに大丈夫なのかよ、それ」

「おう」

「嘘つくな」


平然として平気ぶっているが、脂汗がにじんでいるではないか。それのどこが大丈夫なのか。

第一、その傷自体がまずい。完全帰還者とて、痛覚は人間と同じなのだ。普通なら死んでいるし、死なないにしても激痛のショックで気絶しているだろう。


「いったん休憩しようぜ」

「いらねぇよ」

「俺が要るんだよ」

「……わかったよ」


リーゼロッテのために休むということをリーゼロッテ自身は受け入れない。そのことを態度で察し、それならばと名目を変える。

コウヤの都合ということにしてしまえば、リーゼロッテも止まってくれるだろう。とっさの判断だったが効果はそれなりにあったようだ。少しの沈黙の後、渋々という形で了承してくれた。


「ったく……」


見え透いた嘘を言うものだ。コウヤの意図など見抜いているリーゼロッテは嘆息する。

自分のことなど構わなくていいというのに。自分は完全帰還者で、ヒトの領域の外にいるものだ。人外らしく適当に扱ってくれればいいものを、コウヤは人間と同じ目線で接しようとしてくる。

それは昔日を思い出すようで、少しくすぐったい。かつてはそうやって思い思われ、共に歩んだものだ。その面子を思い出して、リーゼロッテの胸が少し痛む。

その昔日の記憶を振り払うように頭を振る。今は懐古に浸っている場合ではない。


「休憩は結構だが、ただし休むのはレストエリアでな。こんな階段のど真ん中なんて安心できねぇよ」


顔を上に向ければ、視界になんとか捉えられる距離に階段の踊り場がある。34階を抜けた探索者が一息つけるようにと設けられたレストエリアだろう。その設置意図に甘えるとしよう。


「あと数十段くらい登れるだろ、ヘバるなよ」

「あぁ」


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