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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
走り出す、世界
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風の大鳥、飛翔

34階への階段を登る。壁に開いている採光と通風用の窓から見た感覚としてはとっくに1階層分の高さを登っている。

これまでのように、数十段の階段を登ってすぐに上層階とはならないようだ。100、いや200段くらいは登っているかもしれない。


「……風の音がうるさいな」


石の隙間から風が吹き込むような、そんな音がする。だが実際に風の流れは感じない。

風が吹いていない、否、風の渦の中心の無風地帯に立っている。そんな印象だ。渦巻く巨大な風の中央にいる。

これは、塔自体が風の中心なのだ。この世界は巨大な塔とその土台であるわずかな陸地しかない。塔の中は町ができるほどの巨大な規模なので忘れがちだが、塔の外は断崖絶壁。対岸すら見えない。

それはまるで、檻の中に閉じ込めた獲物を逃さないかのよう。おそらく、塔の外は『無い』。


「風……あぁ、アイツか」

「アイツ?」

「風の神の眷属とやらだよ」


神は世界を作り、そしてそれを運営する眷属を遣わした。各属性の精霊たちもまた眷属のうちだ。

その中でもとりわけ力の強いものがいるのだ。それは塔を運営するものであり、探索者の前に立ちはだかる障害でもある。

頂上に至り、神が願いを叶えるにふさわしいかを見極める。


リーゼロッテもまた、探索者であった頃にそれと対峙した。

その時から何度『全消去』からの再構築のループを行ったのかは考えるのも億劫だが、どうやら風神の眷属は同じ地位にまだおさまっているようだ。


「ヤツの名はルフ。……便宜上そう呼ばれている」


眷属や精霊に固有の名前はない。同じものでも場所が変われば名前が変わるからだ。


「この壁の材質をどう呼ぶ? 『石』でも『Stone』でも『Pierre』でも『Pietra』でも『Stein』でも一緒だろ。そんなもんだ」


なにせこの世界は文化も歴史も違う世界から好き勝手に召喚された人間たちばかりだ。

ものの呼び方ひとつとっても議論になるほどだ。そうならないよう『後付けの知識』としてこの世界の常識を刷り込まれているわけだが、神ばかりはそうはいかない。

この世界において風の神は『風の神』あるいは『風神』であり、それ以外の呼び方はない。だから固有の名を持たない。


眷属もまたそうだ。風神の眷属は『風神の眷属』としか言い表せない。それでもあえて固有の名をつけるとするなら、その姿になぞらえて風の大鳥(ルフ)と呼ばれる。


「まぁ呼び名なんてどうでもいいか。アイツは自分が正しいと思ってる高慢なクソ野郎だってことだ」


リーゼロッテが探索者だった頃よりもはるか昔。


はるか昔は穏やかな鳥だったらしい。

塔の存在を脅かすものをその蹴爪で捕まえて塔の外の奈落に放り出すという役目を負っていた。

風の大鳥は自身を使役していた守護者をつがいとし、寄り添っていた。

しかし只人(ただびと)であった守護者は寿命により死亡し、つがいは永遠に失われた。それ以来、風の大鳥はつがいを失った悲しみに暮れている。

その悲しみはやがて怒りに変わった。誰かに殺されたのでもなく、病でもなく、寿命で死んだというどうしようもないことへの怒りだ。八つ当たりともいう。

今では探索者をはじめとして見えるものすべてを襲う凶鳥だ。


「猛禽が飛び立って地上の獲物を狩るみたいにさ、外から蹴爪で塔の壁ぶち破ってくるんだよ」


とんでもないものだった。蹴爪の1本がヒトの身丈以上にあるのだ。

初遭遇の時には、おっかないものがいると一目で逃げ帰ったくらいだ。それぐらい驚異的な脅威だった。


恐ろしいのはそれだけではない。その巨鳥は羽毛から自らの分身を生み出す。さすがに本体ほどの体格も力もないが、それでもヒトより大きな鳥だ。風を操り、蹴爪で裂く。

ここまで登ってきた探索者へ、神の眷属とはこういうものだと見せつけるかのように荒れ狂うのだ。


「クソなのはここからさ」

「ここから?」

「ほら、伴侶を失った悲しみを忘れて仕事に打ち込むタイプのヤツっているだろ?」


まさにそれだ。伴侶である守護者を失い、その反動で役目に熱中した。

具体的な離別の瞬間がどうだったのかは知らないが、守護者の彼女は探索者として頂上に至り、永遠の命を手にして大鳥と永遠を寄り添うことを拒否した。

塔を登るという世界の大原則を妻に否定されたのだ。そんなはずはない、世界は正しいと証明するように大鳥は役目に打ち込んだ。役目を果たすことが大鳥の唯一の心の拠り所であった。


「んで、それをアタシが……いや、アタシらが否定した」


この世界は間違っている。歪んでいる。そう言った。修正されるべきはこの世界であると。

そう糾弾したら大鳥はさらに怒り狂った。妻を失い、役目を否定され、憎悪に染まった。

つがいを失った怒りの上に、さらに塔という世界を否定された怒りが上乗せされてしまった。


なにせ妻を失った悲しみを何週も引きずるような大鳥だ。当然、怒りも何週も引きずるだろう。

全消去と再構築のループの間に解決されていないのであれば、大鳥はまだ怒り狂っているに違いない。


「アタシの顔見たら殺しにかかってくるんじゃねぇの?」

「リーゼロッテは強いから大丈夫だろ」

「まぁな」


そこは自信があるので任せてもらいたい。とはいえあれは曲がりなりにも神の眷属だ。破壊者と全力でぶつかりあったら塔そのものが吹き飛びかねない。できれば適当にあしらって先に進みたいものだ。

風の大鳥は、訪れた探索者の前に立ちはだかる障害という役割を絶対に捨てない。だから上の階層に行けばそれ以上は追ってこない。自身の縄張りである34階(風の領域)を出ない。

上階に行ってしまえば、大鳥は歯噛みしながら見送るしかないのだ。


「ルフって鳥なんだよな?」

「あぁ」

「だったら、なんとかできるかも」


それをする隙さえ作ってもらえれば、数秒から数分は行動不能にできる。かもしれない。

そう言ったコウヤに、ほう、とリーゼロッテは目をすがめる。コウヤが何をするかはわからないが、賭けてみる価値はありそうだ。


「んじゃ、任せた」

「了解っ」



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