エラーの修正のためなら何でもするんですよ
図書館に向かい、応接室を借りて待つ。
そう時間が経たないうちにドアを開けてネツァーラグとリーゼロッテが入ってきた。
「君たちからの呼び出しとはね。しかも面白いことになっているそうじゃないか?」
リーゼロッテからおおよその話は聞いた。改めて話を聞こうじゃないか。
応接室のソファにゆるりと座り、ネツァーラグは話を促す。その肩には金色の光が乗っている。
「えぇと……」
これまでの事情を話す。精霊が34階への階段を塞いで妨害したこと、その解決手段を求めて精霊の守護者に会いに行ったら説得では不可能だと言われたこと、その際に風の精霊から氷か火の精霊の力を借りればいいと提案されたこと。
「それでネージュに、というわけだね。……だそうだよ、ネージュ?」
「ハァイ! ワカッタワ、ヤッテアゲル!」
だって楽しそうじゃないか。精霊が本来の役目を曲げてまで設置した妨害を強引に切り抜けるだなんて。
くすくすと楽しそうに笑い、それに、とネージュは続ける。
「ソンナ『エラー』ナンテ、見過ゴセナイモノ。ネ?」
「あぁ、そうだね」
役目を曲げるなどあってはならない。そんなエラーは修正しなければ。
ネージュの問いかけにネツァーラグは頷く。コウヤに頼まれなくても自分がやるべきことだ。
それでは早速やるとしよう。エラーの修正は迅速に取り掛かるに限る。対処が後手に回っている間に大きなエラーになってしまったら問題だ。
「精霊郷だね。わかった、転移させるよ」
「へ? えっ」
ネツァーラグの手が翻る。座っていたソファを後ろに引かれて尻餅をつくかのような落下感がして、反射的に閉じてしまった目を開けたら精霊郷の花畑が広がっていた。
転移させるの一言でコウヤとリーゼロッテをまとめて転移させるとは。これは帰還者の能力ではなく守護者としての権限だろう。
急に精霊郷に降り立ったネツァーラグの姿に精霊郷の精霊たちは騒ぎ出す。
ファウンデーションに破壊者、さらには塔の守護者兼完全帰還者だ。これ以上ないくらいの組み合わせだ。
「キャア! ドウシテココニ!?」
「喚くなよ。頭に響く。……ネージュ」
「エェ。任セテチョウダイ」
氷の神の力を引く精霊の権能を見せよう。自らの姿を隠す金色の光の下で微笑み、ネージュは蔦と蔓でできた壁の前に浮遊する。
氷の属性が象徴するものは真実と秘密。氷が万物を凍らせて氷の中に取り込むように、あらゆる真実を秘匿して隠す。
その氷の精霊の前で、行き道を閉ざして真実を秘匿する壁など無意味なものでしかない。
「ソノ領分ハ氷神ノ子ノ特権ヨ? 悪イ子ナノネ」
束縛欲ゆえに他属性の領分にまで手を出すか。物事を秘密にするのは氷の属性の特権。樹の属性の領分ではない。
だから下がれ。この真実への障害はあってはならない。そうして真実への道を閉ざしていいのは氷の属性にのみ許された行為なのだ。
ぱきん、と蔦と蔓の壁が凍る。次の瞬間には粉々に砕けていた。
ぱらぱらと破片が落ちる中、ネージュは一仕事終えたとばかりにネツァーラグのもとへと戻っていく。
「ご苦労様。さて……」
ぎゃあぎゃあ騒いでついには隠れてしまったようだが、蔦と蔓で壁を作った樹の精霊はまだそこにいる。
隠れているだろう場所に視線をやり、ネツァーラグはその行為を叱る。探索者の進行の妨害は間違っている。どんな事情であれ、行く手を塞ぐことは許されない。
「君もフォルバネルセのようになりたいのかい? 只人に堕ちて、無限輪廻の贖罪をしたいと?」
じろりとねめつけると、花が咲き誇る低木が揺れた。どうやらそこにいたようだ。
さぞや低木の影で慌て、動揺していることだろう。精霊だろうと何だろうと、エラーを起こせばその罰は下される。塔のシステムを担う精霊だからといって見逃されることはない。
そのことをよくよく思い知るといい。
叱責するネツァーラグを見つつ、コウヤは声を潜めてリーゼロッテへと問いかけた。
「……フォルなんとかって?」
問いかけると、リーゼロッテの表情がわずかに揺れた。それも一瞬で、またいつもの粗暴で乱雑で獰猛な不機嫌そうな顔に戻る。
「前巫女だよ。サイハの前のな」
彼女は巫女としての役割を逸脱し、役目を放棄した。
その罰としてわざわざ世界を作り直して贖罪のための箱庭を作った。
彼女はそこで贖罪をなし、そして巫女の役目を降りた。
「それが完遂されるまで……どれだけかかったんだかな」
行き詰まれば『全消去』のちに再構成。そうやって何度も再試行してやっと贖罪は完遂された。
途方もなく、気が遠くなる時間と手間が重ねられて、やっとだ。
贖罪のために世界が巻き込まれ、システムは贖罪のために改修された。
巫女が行ったエラーの修正と贖罪のためにそんなことをしたのだ。だからこのような行為を行った樹の精霊のためにまた世界が作り変えられる可能性もある。
「ずいぶん詳しいんだな」
「あぁ。仲間だったからな」
「え?」
それはどういう。コウヤがさらに追及する前に、さて、と叱責を終えたネツァーラグが声をかけてきた。
「僕はもう行っていいかい?」
もう役目は終わった。道を塞いでいた障害の除去は終えたし、こうして精霊にも反省を促した。エラーは修正されたといってもいいだろう。
罰については後日ということでいいだろう。さしあたって今やるべきことは終えた。
「あ? あぁ。お疲れさん。助かったぜ」
「どういたしまして」
それじゃぁ。ひらりと手を振ってネツァーラグは転移魔法で消えていった。
あとにはコウヤとリーゼロッテだけだ。精霊たちは遠巻きに2人を見るだけで妨害をしてくる気配はない。だったら進んでしまおう。
「コウヤ、アタシらも行くぞ」
「あ……あぁ、うん」
結局、前巫女とやらが仲間だったというその意味については教えてもらえないようだ。うやむやになってしまった話を記憶の片隅に留め置き、34階への階段に足をかけた。




