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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
走り出す、世界
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幕間小話 いつかあった日の懐古

物事には理由がある。


「俺は何のためにここにいるんだ?」


煌夜。その日はそう名付けられ、そしてその日に生まれた子供にもその名がつけられた。

魔法なき世界で、魔法の素養を持ってしまった者。誕生と同時に魔力が暴発し、あたりを消し飛ばし、そして引き起こされた魔法は一晩中明るく輝き続けた。


親すらも殺してしまった。生まれながらにして殺人を犯してしまった。

治安など投げ捨てられた荒廃した世界でそのような倫理などないようなものだが、それでもその記録と記憶は忌むべきものだ。


生まれた時から忌むべきものを抱えてしまったコウヤは自問する。

何のためにここにいるのだろう、と。

そんなものを抱えてまで生きる理由はあるのだろうか。

そんなものを抱えてまで生きる意味はあるのだろうか。

そんなものを抱えてまで生きる価値はあるのだろうか。


「思春期特有の物思いねぇ。……まぁいいわ、答えてあげる」


たとえば。そう言って養母と後見人と師匠と教師を兼ねた彼女は手元のナイフを持ち上げた。

今しがた果物の皮を剥いていたそれは、果汁に濡れててらてらと光っていた。


「コウヤ、これは何?」

「果物ナイフだろ」


見てわかる。菜切り包丁でも肉切り包丁でもなく、果物のカットに特化したナイフだ。

それで林檎の皮を剥いていたじゃないか。痴呆にはまだ早いだろうに。それとももう痴呆に足を突っ込んだか。


コウヤの答えに、そうね、と彼女は頷いた。

痴呆だの失礼な物言いはそういうことを口走りがちな年頃なのであえて無視しておく。


「そう。これがここにある意味は当然、果物を剥くためよね?」


そのためにキッチンから持ってきたのだから。

果物を剥くためにナイフはここにある。だったらこのナイフは果物を剥くものという意味がある。


「意味。価値と置き換えてもいいかもね」


むしろそちらの方が話は噛み砕きやすいだろうか。

存在理由などはあったりなかったりするが、どんなものにも存在する意味はある。


この刃物は果物を剥くことで果物ナイフという意味を手に入れた。果物を剥くものという意味をもって刃物という物体に果物ナイフという名前がつけられた。果物を剥くことができるという価値を手に入れた。

ここにある理由はキッチンから持ってきただけ。片付けがきちんとしていなければ『たまたま机の上にあった』とかいう無に等しい理由でここにあったかもしれない。


「それと同じことなのよ。物事には意味があるの」


人間だってそうだ。必ず意味がある。価値がある。理由はないかもしれない。

だから自分の生まれの理由と意味と価値を求めることなどしなくていいのだ。そんな思春期特有の物思いなど捨ててしまえ。


「そしてその意味、価値は自分次第で変えられる」


意味も価値も『ある』が、それの中身については自分次第なのだ。

自分の振る舞いが意味も価値も変える。


さっき論じたように、これは果物を剥くという意味と価値のある刃物だが、と彼女は果物ナイフを示す。


「だけど……これで、あなたを殺害したらこのナイフはなぁに?」


そうなったらこれは殺人のための凶器だ。

この刃物は狂気によって振るわれた凶器という意味になり、ひとを殺せるものという価値になる。


同じものなのに、行動次第で意味が変わってしまう。


「だからね、探すにしても有無ではなく中身について考えたほうがいいのよ」


何のために生まれてきたのか、なんて。

それについて思い悩む青少年はとても(うぶ)で可愛らしい。

だがそれに思い悩むことはないのだ。


「いい? どんなものにだって意味はあるのよ」


そのことを忘れてはいけない。そのことを胸に刻むといい。

彼女は事あるごとにそれを繰り返した。


「だって、理由も意味も価値もないモノなんてただの虚無じゃない」


理由も意味も価値もないものは虚無である。

だが、ここに在る。物体はここに存在している。虚無ではない。

虚無ではないのなら、逆に言えば何らかの意味か価値があるのだ。


「だからどんなものにも意味はあるの」

「リグラヴェーダが俺を変な名前で呼ぶことも?」

「えぇ。ファムファタール(運命の人)


彼女がコウヤのことをファムファタールと呼ぶことも、そこには意味があるのだ。

その意味についてはまだ語る時ではない。そしてこれから先も語ることはないだろう。

いつかの別離の時を覚悟して彼女はその名を呼ぶ。


「意味はあるのよ、ファムファタール(私を死に至らしめる者)


その後、彼女は飛び降りて死んだのだ。

鐘の音が聞こえる夜だった。


***


いつかの日。そんな過去の懐古を夢に見た日だった。

クエストの用事のついでに図書館に寄り、司書ヴェルダにその夢の話をした。


夢の話をした理由はなんだったか。

彼女の雰囲気とヴェルダの雰囲気が同じだったからかもしれなかったし、時間が余って暇だったからかもしれなかった。

理由は忘れてしまったが、とにかくヴェルダにそのことを話した。ヴェルダは静かにコウヤの話を聞き、あぁ、と頷いた。


「そうねぇ、確かにそうかもしれないわ。『物事には意味がある』」


その意味を本人が自覚するかどうかはさておき、とにかく『ある』。そのことは間違いないだろう。


「私は意味とか価値とは呼ばないけれど……役割と呼んでいるわ」

「役割?」

「その話の例えでいうなら、果物ナイフには果物を剥くという役割がある……ということよ」


そして決して殺人などに使われてはいけない。果物を剥くという役割を外れてはならない。

名前に紐付けられた役割を逸脱してはならない。果物ナイフであるならば、果物を剥くという行為のみを続けねばならない。


――この世界にいる以上、何らかの意味(役割)がある。


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