すべての物事には理由があるはずなんだ
「それなら……」
それなら、あいつらは何のために死んだのだ。
ただの数合わせの予定調和のために殺されたのか。
唐突なクビ宣言には激高したし胸糞は悪かった。だが除名するに足る理由もあったし、コウヤ自身力不足を自覚していたので飲み込んだ。
自分勝手なところはあったが、完全な悪ではなかった。下層から中層まで特に争うことなく進むことができていた。気が合うところもあったし、反りが合わないところもあった。
生きていてほしいか死んでほしいかでいえば前者であった。よければまた一緒にと手の平を返されれば、それを受け入れるくらいの愛着はあった。
それがなんら理由のない数合わせで殺されたのか。
破壊者からなぜコウヤだけが生き残れたのか。運が良かったのではない、たまたま代役に選ばれたからだ。
3人が死んだのはなぜか、数合わせのために削ぎ落とされた。理由も理論も理屈もなく。
「信じられねぇか? まぁそうだろな」
実際この手でファウンデーションまわりの数合わせを行ってきた。
コウヤで67代目ということは、頭数を減らすためだけに201人も殺していったのか。我ながらよくもやったなと思う。その役目以外にも憎しみに任せて殺していったので、実際にリーゼロッテが殺した人間の数はもっと多いだろう。
そんな回顧はさておき。口だけでそう言われても信じられないのは当然だろう。味方に引き込むためにリーゼロッテがでっちあげたことかもしれないと疑うのは当然。
こんなもの、何の証拠もない。――否、あるのだ。
「司書の書架。そこにはすべての記録と記憶が保存されている……って、聞いたことは?」
「なくもない……けど」
司書自身が言っていた。上層のいずこかにある書架には、すべての記録と記憶が眠る。
図書館は情報を提出し閲覧するところだ。
探索者から提出されたものは記録と記憶に振り分けられる。単純な情報のみを記した記録と、それをもってどう感じたかの記憶。
そして記録から抽出された情報だけをランクとレベルに応じて閲覧できる。
書架にはその、情報として抽出される前のものがすべて保存されている。
『今週』だけではない。『前週』も、それ以前のものもだ。この無限輪廻の箱庭の世界が形作られた最初から今までが、だ。
閲覧制限も伏せ字も欺瞞も偽証も何もない、ありのままの情報だ。すべての真実がある。
それを見れば、コウヤだって信じるだろう。嫌でも信じざるをえない。
「精霊が今まで何をしてきたか、その目で見ればいい。簡単だろ?」
サイハにつくかリーゼロッテにつくか、それから決めてもいいだろう。すべての真実に触れたあとで判断しても遅くはないはずだ。
それとも命運など放り捨ててただの端役に成り下がるか。極論、ファウンデーションは誰でもいい。コウヤがその役目を降りるというのなら、68代目のファウンデーションが新たに選ばれるだけ。
世界の維持と破壊の闘争を今終わらせるか先延ばしにするかの違いだ。決められた役割をこなしてくれるのなら駒は誰だっていいのだ。
「書架は上層の……何階だ? まぁいいか、書架まで連れてってやるよ」
「え?」
「ソロじゃ行けねぇだろ」
昔を思い出して、探索者の真似事をしようじゃないか。
武具は持っていないが戦う力はある。何階かはわからないが、上層のどこかの書架までコウヤを連れて行くくらいのことはできるはずだ。
「それは……」
「ここで腐るタマじゃねぇだろ、アンタ。情けない男だったら、まぁそれでいいけどよ」
好きにすればいい。コウヤが端役でいるというのなら、68代目のファウンデーションに同じように声をかけて同じように真実を提示するだけだ。
『お前じゃなくてもいい』なんて言われて、受け入れるのならそれでも。挑発するように見下ろす。
「……俺は」
***
すべての物事には意味がある。
そう言ったのは、自身の後見人の女だった。
誕生と同時に魔力が暴発し、親も何も辺り一帯消し飛ばしてしまったコウヤに名をつけて育て教えてくれた人間だった。
親であり教師であり師匠であった彼女は、知恵も知識もコウヤに与えてくれた。
「ヒトは事象の結果しか見ないわ。その裏側にあるものを見ようともしない」
運命というものに振り回されて、それ以外を見ない。
盲目的に結果だけを追い求める視野狭窄であってはならない。
それは彼女が口癖のように言っていた言葉だった。
「俺が生まれたのにも意味がある?」
「えぇ。煌夜――魔力持ちの誕生、魔力の暴発、破壊、おびただしい死……それらには意味がないわ。大事なのは、あなたが生まれたということ」
本質はそこなのだ。生まれた結果、引き起こされた周囲一帯の破壊は事象の副産物。そこに意味はない。
重要なのはコウヤという人間が生まれたこと。魔法というものが失われた今の時代に、魔法を発動できる人間が生まれたということへの意味だ。
「その意味ってのは?」
「それはあなたが見つけることよ。……いい? 無意味に存在するモノなんていないのよ」
人間も、それ以外も。
存在する理由はないかもしれない。だが存在する意味はある。
そうでなければ、我々は何のために存在しているのか。
「リグラヴェーダはいつも哲学的なことばっかり言うなぁ」
「ふふ。人生長いと、こんな屁理屈を捏ねて遊ぶくらいしか楽しみがないのよ」
***
代役がいる。コウヤじゃなくていい。それなら、そうであるなら。
それなら、自分は何のために存在しているのか。
そんな理由で振り回されていいはずがない。
ここに至るまでのすべてが予定調和でいいはずがない。
理由がない、意味がない、意義がない。誰でもいい。
――ここにいることに意味がないなんて、ありえない。
「……リーゼロッテ」
「あん?」
「悪いけど、連れてってもらうのは無理だ」
「そうかよ」
じゃぁ68代目に賭けるか。もたれかかっていた壁から身を起こし、踵を返そうとするリーゼロッテに、だから、と続きを紡ぐ。
「だから……一緒に、行く」
連れていってもらうなんて甘いことは許さない。
寄生して引き上げてもらうなんてそんな情けないことは嫌だ。
だから、一緒に目指す。依存ではなく共存を。
「……は、上等だ」
泣くんじゃねぇぞ。




