欺瞞と疑心と不信と
「あなたはファウンデーションだから」
「ファウンデーション?」
「ファウンデーション。そういうタグ付けがされているの」
話は、『今週』が成り立った時に遡る。
『前週』で頂上に到達した後、世界は作り直された。新しく駒を配置して、最適な障害物と設定を作り上げた。
それは人形遊びのようなものだ。遊びのような感覚で神たちはこの世界を組み上げた。
「その中で、神たちは駒にタグ付けをすることにしたの」
たとえば、『この駒は常に不運に苛まれる』とか、『この駒は下層で心折れかけるが中層で立ち直る』だとか。
おもちゃ箱から人形を取り出して配役を決めるかのように。駒がそのタグに沿って行動するように事態を操作して運命を弄んで。
「そういう風に決めていって……あなたには『あなたが味方したほうが勝つ』というタグがつけられたの」
本人の資質など関係ない。理屈も理由も理論もない。『そういう役』だから『そういう役』なのだ。
『味方したほうが勝つ』のなら、コウヤがどう行動しようとコウヤが味方したほうに物事は傾く。
そういう役なのだ。おもちゃ箱から取り出した人形がドレスを着ていたからお姫様役で、お姫様役だから悪者にさらわれて王子を待つのが当然であるように。
これを設定した神がろくでもないことはサイハも同意見だ。
その是非については今は捨て置いてほしい。大事なのは、『コウヤが味方したほうが勝つ』ということ。
つまりコウヤがサイハの側に立てば世界は保たれ、リーゼロッテの側に立てば世界は壊れる。
「だからあなたに協力してほしいの。当然でしょう?」
「それは……」
「もちろんこれは表向きの理由。……あなたを気に入っているのが本音よ。あなたと敵対したくないのよ、コウヤ」
ただでさえ元仲間であるリーゼロッテと対立するのだ。そこにさらにコウヤまでとなってしまったら気が重い。気が重すぎて1歩も動けなくなってしまうかもしれない。
だからそれは避けたい。味方にならなくとも、せめて敵対さえしなければ。
ファウンデーションというタグは関係なく、ただ個人として。
確執を作りたくないし反目もしたくない。だからそのために頼みに来たのだ。
「まぁ……急に言われても困ると思うわ。急かさないから、好きにしてちょうだい」
そろそろ不正を咎めに精霊がやってくる頃だろう。内緒話は終わりだ。
"探索者による帰還"と唱えて転移魔法を起動する。
「うわわっ!?」
足元の消失感。ふらついた足を踏ん張って見てみれば、見慣れた町だ。どうやらコウヤを町に送り届けてくれたようだ。
「なんだったんだ……」
はぁ、と息を吐く。とりあえず腹が減った。空腹では考えもまとまらない。適当につまんで頭に栄養を回しながら事態を整理するとしよう。
そう決めて、馴染みの店に歩き出す。ボロキア牛のローストを使ったサンドイッチの気分だ。それに飲み物と菓子をつけて、と考えつつ歩く。
時刻はもう夕方に差し掛かっていて、暗くなり始めていた。これは夕飯とまとめてがっつりいってしまったほうがいいかもしれない。目の前の飯屋の看板の絵に惹かれて予定を変更した。
***
さて、腹も満たされたところで。コウヤは事態を反芻する。
サイハが言っていたファウンデーションの真偽はさておき。
サイハに協力するのか否か。言っていることは至極まともだった。筋道も立っている。
塔の巫女という立場としてもサイハ個人としても、なんらおかしくない理由だったし理屈だった。
だが違和感があると直感が告げている。何かを隠している。サイハが言ったことがすべてではないと。
コウヤにとってか、それともサイハにとってか、何か不都合なことを隠している。そんな気がするのだ。
それに、以前会った時の無感情さも気になる。
リーゼロッテが破壊者となり、自我が擦り切れて憎悪しか残らなくなってしまうほどの長い時間。それをサイハも過ごしたというのなら、彼女もまた感情が擦り切れてなくなっているのでは。
完全に塔の巫女というシステムとして、それ以外がなくなってしまっていないだろうか。
人間らしく笑ったり喋ったりしているのも、そのように振る舞うように繕って装っているだけではないか。
機械のような無機質さの上に繕ったたおやかさを載せてそれらしく見せているのでは。
人間らしさが欠如して、世界の歯車の一部と成り果ててしまっているのなら。それはリーゼロッテの言うように、世界ごと壊して役目から解放してやるべきではないのか。そんなことまで考えてしまう。
だがリーゼロッテの言うことも真実のすべてではないだろう。あの場では不必要だったので言わなかったこともあったはず。
どうするかは、2人の間に何があったのか、そして世界のシステムがどうなっているのかを把握する必要があるといえるだろう。
そんなもの、聞かせてくれと馬鹿正直に頼んだところで教えてくれるはずもない。
すべての記録をおさめる図書館ならあるいは、とも思ったが、レベルによる閲覧制限を考えるとそれも無理だろう。レベルを上げてこいと追い返されるのが落ちだ。
頂上目指して探索をしていけば、自然と世界の構造について理解できるようになっているという。本当かどうかは知らないが、『そう』なのだから『そう』なのだろう。
だったらやはり頂上を目指して進むべきで、そしてそのためには上層を攻略しなければ。
そのためには。上層を攻略する方法を考えなければ。単独で進めるほどの強さを手に入れないと。
中層の魔物を簡単に蹴散らせるくらいの力がなければ無理だろう。
「つまりは要修行、と」
武具は鍛えて強くなるものではない。どのくらい力を引き出せるか、取り扱えるかは術者次第だ。
今持っている武具で上層を攻略できるほどになるには、使い手であるコウヤ自身が強くならなければならない。
あるいは、今以上に強力な武具を手に入れるか。ただの剣と盾の武具ではなく、特殊な能力がついているものだとか。それこそ世界を壊すほどの力を秘めているものだとか。
そんなものが存在しているかなど夢物語でしかないので、使い手を鍛える方でいこう。
「ほんと、俺って一般人」
ファウンデーションなんて信じられない。
そんな大層なものじゃない。確信を持ってそう言える。
そんな大層なものであるなら、仲間だって死んだりしなかったろうに。




