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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
走り出す、世界
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万物を喰らう怪物

「探したぞテメェ」


荒々しい女の声に振り返る。

くすんだ青色の長い髪を肩に流し、粗雑という言葉を体現したような雰囲気の女が立っていた。


どこかで見た覚えがある気がする。

こんな粗雑で乱暴で横柄そうな女性など、一度知り合えば忘れはしないだろう。

だが彼女と話した記憶がない。それでも初対面ではないと直感が告げる。


「アタシはリーゼロッテ。スカベンジャーズ、アンタに用がある」

「……リーゼロッテ?」


聞いた覚えがある。いや覚えどころではない。知っている。


――彼女の名は……リーゼロッテ。世界の終末装置、世界の破壊のために帰還した者。


司書ヴェルダがそう語っていたじゃないか。

破壊者と呼んでいるが、あれが探索者であった頃はそんな名前であったと。


その名と同じ人物。同名の別人ではない。まさか。まさか。

思い至って思わずコウヤは横にいる黒衣に視線を寄越す。目深にかぶった帽子の下で引きつった顔と目が合った。


「あぁ。言わなくてもわかんだろ?」


完全帰還者リーゼロッテ。彼女はそう名乗った。

堂々と、しかし吐き捨てるように。自己紹介をして彼女は再び黒衣に告げる。


「アンタに用がある。安心しな、殺しゃしねぇよ」


世界を憎んではいるが、問答無用で殺して回るほど理性を失ってはいない。

帰還者であった時と違って、手当り次第に憎悪を撒き散らすような真似はしない。

完全帰還者となった今、知恵も理性も身につけているのだ。


「……用って、何さぁ」


とんでもないものに声をかけられた。

普段、一般人がスカベンジャーズに声をかけられた時の緊張感はこんな感じなのだろう。それとは比べ物にならないが。


完全帰還者がスカベンジャーズに頼みたいものとはなんだ。

蛇に睨まれた蛙のようだ。油断すれば獰猛な蛇に噛み殺されてしまいそうだ。


胡散臭さも軽薄さもかなぐり捨てて、警戒心たっぷりに問うた黒衣に、涼しい顔でリーゼロッテは告げる。


「アタシは世界を壊したい。自我も理性も取り戻してもそれは変わらない」


このろくでもない世界を破壊するのだ。そうでなければこの無限輪廻の箱庭は終わらない。

箱庭の中で弄ばれる悲劇はこれ以上あってはいけない。完膚なきまでに世界を叩き壊してやらねば、駒に救済はない。

その信念でもって憎悪をまとい、自己を確立して帰還したのだから。


「そのためには前任の世界の終末装置が必要だ」


未だに自分は世界の終末装置の役割にあるが、本来その役割は別のものが担っていた。

自分と違って、世界をごく短時間で平らげて『全消去』してしまう怪物だ。

リーゼロッテが世界を壊すという目的を達成するには、それを解放するのが手っ取り早い。


「前任?」

「アンタらが地下に繋いでるモノだよ」


現在ではただの廃棄物の投棄場になっているアレだ。

そう言うと、黒衣の表情がわずかに変わった。


「アレの正体を知ってるんさぁ?」


スカベンジャーズですらあれの正体は知らない。白い肉の塊のような『何か』だ。

白い肉の塊にいびつな形の腕が生え、腕から腕が生え、そして裂け目のような口が存在している。

そしてその口は何でも食べる。無機物も有機物も何だろうが。


あまりにもおぞましい風貌をしたあれの正体はなんだろうか。

疑問を抱くが、その正体を探ることを本能が避ける。知ってはならないと本能が強く強く警告してくる。

知ってしまえば、致命的に何かが狂うか損なわれる壊れるか、とにかく何かが『だめになる』。


「あぁ、知ってる。又聞きだけどな」


文章化された情報は又聞きだが、実際に体験したのでわかる。

そう前置きして、リーゼロッテはそれの正体について語り始めた。


「あれは世界の終末装置。アタシ以上の、な」


『今週』ではただ黙々と廃棄物を食べ続けている。スカベンジャーズが投げ込むので食べているという感じだろう。

地下に繋がれ、動けないので餌を与えてくれるのを待っているだけの存在だ。


だが、それが拘束から解放されたら。

少し想像してみてほしい。『何でも食べる口』が地下から飛び出し、手当り次第に喰らい始めたら。

それはまさに『平らげる』という言葉にふさわしい光景だろう。人も家も何もかも構わずに食い散らかし始める。


「そうやって前までは『全消去』を果たしてた破壊神さ」


経年劣化で擦り切れて壊れかけていたが。

だからこそ破棄され、地下に繋がれた。そして新しくリーゼロッテがその座についた。

だが、完全にだめになったわけではない。()()使()()()

『前週』ほどではなくとも、世界を食い尽くすには十分だ。


万物を喰らう破壊神を解放する。そうすればすべて平らげて世界は消える。


「待てよ!」


我慢できずにコウヤが割り込んだ。

黙って話を聞いていたらなんだそれは。世界を壊すことへの是非は今は捨て置くとしても、それでも。


「サイハは仲間じゃないのかよ」

「あ? あぁアイツを知ってんのか」


世界を壊す。それは世界を維持する塔の巫女の役目と相反する。

仲間であったサイハと対立することになってしまうのだ。

それでいいのか。仲間と敵対しても、それでも達成したい目的なのか。

コウヤの切迫した問いに対し、リーゼロッテは平然としている。


「そうだよ。世界が壊れりゃ役目もへったくれもねぇだろ」


仲間であり、友だ。それが無限輪廻の箱庭でろくでもない役割を任されて働かされている。

友を思うがゆえに、リーゼロッテは世界の破壊を望む。


「解放するために壊す。第一アイツだって■■では……あん?」


言語崩壊。悟ってリーゼロッテは舌打ちする。

どうやら話はここまでのようだ。こんな状態になってしまえばまともに話もできない。


今日のところはここで退散すると身振りと唇の動きでそう告げ、リーゼロッテは踵を返した。

裏路地の暗闇に消えていった背中を見送り、その気配の残滓まで完全になくなった頃に、黒衣は長い長い息を吐いた。


「なん、っだ……ありゃ……」


すさまじく緊張した。張り詰めた気を緩めたらどっと疲れがきた。


「今の話……嘘じゃないよな」

「だろうさぁ……」


塔の地下の肉塊。破壊神。そして世界を壊すための手段。

とんでもない情報が一気に転がり込んできた。


「……どうするんだ、黒衣?」


リーゼロッテの言うことに従って、あれの解放を企むのか。

コウヤは彼女が言っていた破壊神について知らない。見たこともない。精霊除けの香を求めた時に、スカベンジャーズの管轄のものであるという『何か』であるという情報しか知らない。

だからどんなおぞましく恐ろしいものかわからない。だが飄々としている黒衣が表情を引き締めるほどのものだというのはぼんやりわかった。


「……聞かなかったことにするさぁ」


ふるりと首を振る。今の話は聞かなかったことにする。

誰に言いふらすこともしないし、リーゼロッテの言うことにも従わない。

スカベンジャーズは中立だ。どこの勢力にも属さない。ただ淡々と犯罪者の摘発や廃棄物の処理など『掃除』を行うだけだ。

掃除。掃除か。成程、世界を平らげるその所業は『掃除』と言っても差し支えない。だからあれの管理はスカベンジャーズのものとなったのか。


「スカベンジャーズは絶対中立。何もしないし何もされない。その原則に従うさぁ」

「そっか」


それなら急に事は起こらないということだ。

状況を整理し、考える時間の猶予はある。誰に味方するか、それとも我関せずを貫くか。

世界の破壊に首を突っ込んでもいいし、何も関わらずに探索者としてただ頂上を目指して探索に専念したっていい。


「今日は帰って寝るさぁ。コウヤ、あんたもそうしとくといいさ」

「はは、そうしとく」


ぐったりとした黒衣に空笑いで返し、帰路につく。

気付けば時刻は暁に近くなっていた。

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