世界を壊す理由について
自分の状況を確認する。
リーゼロッテという名前を思い出す。水辺に映った顔は記憶と変わらない。
探索者であった時に持っていた武具はない。その代わり、新たに戦う力を得ていた。
自分は帰還者だ。うつろな感情の影。
通常の帰還者は影であるがゆえに実体がない。
だが完全帰還者として凝縮された今、はっきりと実体を持っている。
氷が変化して水蒸気をかき集め、水にして氷にするような。そんな工程で自分は再構成された。
この体は魔力で構成されている。だから自分の意思で形を変えられる。
手足が手足の形をしているのは、この部位が手足であると認識しているからだ。
つまり肘から先が鋭い刃であると想像すれば、それは。
「……はっ、化け物だな」
ごきりと形を変えて刃の形になった腕を見て自嘲する。
どうやら本当に化け物となってしまったようだ。自我のある怪物というのも厄介だなと思いつつ、腕を元に戻す。変化は一瞬で、元に戻るのもまた一瞬だった。
さて、現状を認識したところでどうしようか。
この世界を壊すという方針は変わらない。自分はそのために帰還してきたのだ。
そのためにはどうするべきか。自分の知識をあたってみることにする。
探索者であった頃の知識はそのまま持っている。探索者としてこの世界に召喚されてから、塔の頂上に至るまでの記憶もある。
頂上に至り、眠り、目が覚めたら現在だった。彼女の視点からいうとそんな感じだ。この間に世界は何周かしていた。
だが、変わらないものもある。世界のシステムは変わらず存在している。で、あるならば。
「図書館にでも行くか」
すべての記録と記憶をおさめる図書館。そこを統べる司書なら何かを得られるかもしれない。
それなら1階の町に行こう。何階かは知らないが、ここは迷宮だ。町に出る転移装置を探さなければ。
勘を頼りに歩けばすぐ近くに転移装置はあった。
完全帰還者となった今、使えるだろうか。懸念を抱きつつも触れれば、装置は問題なく作動した。
転移魔法特有の足元の消失感。落とし穴に落ちたような感覚もあの時と変わらない。
「っと……」
1階の風景は記憶と変わらなかった。
懐かしさを抱きつつ、石畳を歩く。町は夜で、夜風がほんの少し冷たい。寒暖を感じる機能もあるのかと感心しながら角を曲がる。
「うぉっと」
人がいた。あの黒い衣装はスカベンジャーズだと記憶が告げる。
真っ当に生活していれば関わることのない相手だ。こちらからわざわざちょっかいをかける必要もない。
目元まで深くかぶった帽子で目元が見えず、感情が読めない。胡散臭いやつだと思いながら、その横を素通りした。
***
からん、とベルが鳴った。
「おう、いるだろ。司書」
「あら。珍しい客が来るものね」
司書ヴェルダは深夜の来客を出迎えた。
「久しぶりね。"完全帰還者"リーゼロッテ、おかえりなさい」
「はん、ただいまとでも返しておこうか?」
粗野な言葉遣いは探索者である頃から変わらない。
女性らしいおしとやかさはないのかとたびたびたしなめられていた光景を思い出しながら、ヴェルダは彼女に椅子をすすめる。
「どうかした?」
「『今週』の情報確認がしたい」
自分が探索者であった頃と、現在と。世界のシステムの変更はあるだろうか。
あるはずだ。リーゼロッテが世界の終末装置として組み替えるためにシステムに手を入れたように、どこかで何かの変化があったはずだ。
特に、リーゼロッテが破壊者となったために役割から落とされた元『世界の終末装置』の行方だ。
「そうね、ちょっとだけ世界は変わったわ」
様々な世界から人間を召喚し、探索者として塔を登らせる。
塔の管理維持は精霊が担い、頂上に至る可能性がある有力な探索者を巫女が導く。
誰かが頂上に至るか、世界が行き詰まるで『全消去』され、世界は作り直される。
そうしてまた新たに駒を呼び出して箱庭を運営する。その無限輪廻の構造は変わらない。
「世界の終末装置……あなたがいた『週』では破壊神と呼ばれていたモノの行方だけれど」
かつてリーゼロッテが探索者であった頃、世界の終末装置は破壊神と呼ばれるものが担っていた。
すべてを喰らう貪欲の肉塊。すべて平らげて更地にして『全消去』を行うモノ。
それの行方はというと、塔の地下だ。そうヴェルダは答えた。
「スカベンジャーズが収容してるわ」
地下に繋がれた『よくわからないもの』として存在している。
何彼構わず喰らう特性は残っているので、廃棄物処理用のものとしてスカベンジャーズが利用している。
「ゴミ捨て場かよ」
世界の終末装置からなんとも落ちぶれたものだ。
自分がいた『週』と比べて扱いのひどさに笑えてしまう。
鼻で笑うリーゼロッテにつられてヴェルダも笑う。その言いぐさは確かに的を射ている。
「その見方はなかったわね。……えぇ、そう。それ以外は特に変わってないわね」
『全消去』して新しく召喚し直したので、駒の顔ぶれは変わっているだろう。
だがヴェルダのように、世界のシステムの側にいる者は変わらず自分たちの役割を果たしている。
変化があるところとないところはそれくらいだ。特にその差異を意識することはないだろう。
「世界の終末装置と巫女が別の人物になったくらいね。あなたと、サイハと」
「そうかよ」
皮肉か。単に事実の指摘か。とりあえずここは事実の指摘として受け取っておく。
ここで嘘を吐く必要はない。情報に虚偽はない。司書がそう言うならそうだろう。
では、この情報を踏まえてどうするか。目的に沿う手段を考える。
「一番早いのは破壊神を目覚めさせることでしょうね」
「だろうな」
思いつく手段などそれくらいしかない。
あれの力は知っている。世界を平らげてしまう破壊神なら、世界を壊すことも簡単だ。
『次週』を始めるためか、それともここで打ち止めにするためか。運用方法が違うだけだ。
「頑張りなさい、応援しているわ」
世界の変革は司書の望むところでもある。
何週も何週も繰り返された世界に飽き飽きしていたところだ。
何か変化が起きるかもしれないという期待は、退屈に乾いた心に潤いを与える。
「どうしようもない運命に足掻けるのは人間の特権なんだから」




