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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
走り出す、世界
30/77

舞台裏にて、完全帰還者と巫女

町に帰還者は現れてはいけない。それは絶対的なルールだ。


「ルール違反だよ、君のそれは」

「あなたも帰還者でしょう」


町に帰還者は現れてはいけないというのなら、そっちはどうだ。

ネツァーラグの咎める言葉にサイハが眉を寄せる。

ネツァーラグとて帰還者だ。理性を持ち意思を持ってはいるが、帰還者であることには違いない。

サイハの反論にネツァーラグはゆるりと組んでいた脚を組み直し、そして肩を竦めた。


「僕は守護者だからね」


帰還者ではあるが、守護者でもある。それゆえにネツァーラグ(完全帰還者)が町に降り立つことはルール違反ではない。

そう、とサイハは反論を引っ込めた。反駁の余地なし。完全に負けだ。

だが負けっぱなしは性に合わない。せめてもの反撃に皮肉をひとつ投げつけてやろう。


「お互いに役割通りにいきましょう。ルール違反のペナルティを受けないようにね」

「はん、そうだね」


サイハの皮肉を鼻で笑う。痛いところを突くものだ。


頂上に至った(ゲームクリア)者が現れ、世界は『全消去』されて作り直された。

『全消去』して世界が再構成される時、ネツァーラグには守護者という役目が課せられた。

それは、『前週』に行った行為へのペナルティだ。世界の仕組みに手を入れようとするエラーを見越したゆえに、贖罪としてエラーを修正する役割に就けられた。


「僕は1回ゲームクリアで終わりさ」


探索者の誰かが頂上に至ればそれでペナルティは終わる。

『次週』では守護者の役割から外れ、ただの駒のひとつとして配置されるだけだ。

ただそれだけ。エラーが出ることなく世界(ゲーム)が正しく終われば、それでネツァーラグの贖罪は終わる。


「でも、君はそうじゃない。君の役割は永遠だ」


頂上に至った者が出ようとも、誰も頂上に至れず世界が終わろうとも。

ゲームクリアでもゲームオーバーでも、サイハの役割は変わることがない。

何度繰り返そうとも、何度世界を作り直そうとも、サイハは永遠に『塔の巫女』の役割のままだ。


「無限に、ずっと、君はそのままだ」


それを憐れみ、嗤う。

ネツァーラグの嘲笑に対し、サイハは堪えた風もなく平然と返す。


「後悔はしていないからいいわ」

「後悔してはいけない、の間違いではなく?」


かつて頂上に至った時、サイハが掲げた願いは塔の巫女になることだった。

その理由をネツァーラグは知っている。


「君が巫女の役割を降りたら、前任者が戻されるかもしれないからねぇ?」

「……そうね」


サイハが巫女の役割を辞めれば、巫女という役割は空席になる。

その時にいったい誰がその役割に就けられるだろうか。

簡単なのは、前任者を呼び戻すことだ。新しく巫女の役割になる者を探すより、前任者を呼び戻した方がずっと早い。


だが、それではだめなのだ。サイハが巫女になった意味がなくなる。

前任者を巫女の役割から外すために巫女になったのだ。呼び戻されては水の泡だ。

だからこそ、サイハは巫女であり続けなければならない。


「本音に触れられそうになったら無感情になる癖、わかりやすくて助かるよ」


おかげでどこが弱点かわかりやすい。嘲笑に嘲笑を重ねる。

巫女として非情をなす時、人の死を前にする時、サイハは感情を殺す。感情を麻痺させて痛みを感じないようにする。

それはサイハが心優しいからだ。優しすぎて何にでも哀れんで、そして不要な痛みを負う。

そうして心を麻痺させてやり過ごす。本来負う必要がない痛みで、払う必要のない労力なのに。

その防衛と自傷がとてもとても愛おしい。そして哀れで滑稽だ。

自分で悲劇を生み出すなど、とんだ喜劇じゃないか。


「喜劇ぶって嗤いたがるの、あなたの悪い癖よ」


何にでも哀れんでしまうのがサイハの悪い癖だと言うのなら、何でも喜劇と言って嘲笑うのがネツァーラグの悪い癖だ。

すべてを哀れで滑稽だと嗤い、見下す。それはなぜか。自分が無力だと知っているからだ。


ネツァーラグは『すべてをみた』。この世界のすべては既知であり、未知でない。

すべての秘密を知り真実を知り、世界を解明している。

それは言い換えれば、どうしようもない限界を知っているということだ。

『かもしれない』という可能性がないことを理解している。

可能性がないことを理解しているがゆえに、頑張ればどうにかなるかもしれないという希望を持てない。

限界を知っている。希望を持てない。覆しようのない無力を理解している。

だからこそ笑うしかないのだ。笑っていなければ正気を保てない。

こんな喜劇など下らないと笑い飛ばすくらいしか、ネツァーラグに残された自由はないのだ。


「は。わざわざ指摘どうも。だけど事実だろう?」


喧嘩を売られたので買ってやろうじゃないか。

言い争いでもすれば、この無限に横たわる濁濁とした退屈も多少は紛れるだろう。


サイハの指摘は事実だ。限界を知り希望も持てず、覆しようのない無力の前に膝を折った。

無理を悟り天井を把握してしまった。あがいたって何も変わらない。

だったら大人しく流れに身を任せるのが楽だ。それで何が悪い。


「僕らができるのは流れに多少の淀みを作るくらいじゃないか」


流れは変えられない。運命の奔流には逆らえない。

その中でできることといったら、少しばかり経路を変えて流れを歪めることくらいだ。

経路を変えたところでどうせ最後は奈落に落ちるのだが。


「そこで話が戻るのよ、ネツァーラグ」

「何が?」

「ルール違反のペナルティを受けないようにね、って最初に言ったでしょう?」


何の話かわかるだろう。意味深に視線をよこす。

無気力なふりをして、役割に忠実なふりをして、その裏で何をしようとしているのだ。


「精霊除けの香なんて手にして。……精霊の目から逃れて何をする気?」

「それを言うはずがないじゃないか」


世界を管理維持する役割にある精霊の目から逃れて何をするかなんて。

腹に一物ある者が答えるわけがない。それがルール違反と咎められることであることならなおさら。


「まあ、これで何かをするわけじゃないさ。目隠しが必要な時だってあるかもしれないってだけで」


悪巧みをする時にあれば便利かもしれない。そのくらいの意味しかない。

積極的に悪いことをするわけではないのだ。計画ごとの予備策の予備策くらいの、実用性のない企みごとに使うかどうかだ。

そう言い、ネツァーラグは踵を返す。


「僕は失礼させてもらうよ。意味深そうな会話を延々繰り返す気なんてないんでね」


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