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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
それでも俺はやってない
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それは春の風のような

俺はやってないのに。

溜息を吐くのは何度目だろう。


またテーブルに突っ伏したコウヤを、はは、と酒場のおかみが快活に笑い飛ばす。


「あたしゃ金払いがよければ誰でもいいけどねぇ」


喧嘩はご法度、ツケは許さないという2つのルールさえ守ってくれれば誰でも構わない。

仲間殺しの悪人だろうと冤罪を押し付けられた善人だろうと、ルールを守るならこの酒場は歓迎する。

しかしまぁあまりにも哀れだ。悪人でも言い分はあるだろうにそれすら聞いてもらえずに決めつけられるなんて。

あまりにも可哀想で、このパンとスープの代金はおまけしておいてやりたくなる。だがそれでは赤字になるので心を鬼にしてきっちり代金はいただく。世の中は世知辛い。


「みんな新鮮な話題に飢えてるのさ。ここんところ、目立ったニュースがないからねぇ」


平穏なのはいいことだが、長く続きすぎれば飽きる。

そこに仲間殺しの話題が飛び込んできた。話題に飢えている人々はそれに食いついた。

だからこそ過剰なまでに盛り上がっているのだ。

この手の白熱は新しい話題が提供されればそちらに行く。


「イナゴのようなやつらめ……」

「次のニュースが生まれるまで待つさね」


最後の大きなニュースは2ヶ月前だ。

上層探索者の真鉄(まがね)率いるパーティが未踏の36階を目指して旅立った。

上層の町では盛大な見送りがあったのだが、下層や中層には馴染みの薄い話題だ。


全層を震わせる大きなニュースが起きない限り、コウヤのあらぬ疑いでもちきりなのは変わらないだろう。


「大変そうね」


春の風が舞い込んできた。そのように錯覚する美しい桜色の髪の女がコウヤの横に座った。

桜色の髪をひとつにまとめた女性は温和そうな微笑みを浮かべてコウヤを見た。

春の新芽を思わせるような薄緑の目には、コウヤを仲間殺しとなじる雰囲気もない。


「あなた、探索者はまだ続ける?」

「へ?」


唐突に何を。目を瞬かせるコウヤをよそに、おかみへミルクティーを注文した彼女はお通しのナッツをつまむ。


「だったら私と組まない?」

「は?」


こんな美女が何を言う。下劣な話だが、これだけの容姿を持っていればどんな男にだって歓迎されるだろうに。そういった目的でパーティに加えられている女はこの世界にいなくもない。コウヤには縁がないが、そういう噂は聞いたことがある。

黙っておいても引く手数多だろうに。なぜわざわざコウヤに声をかけるのか。右目が眼帯で覆われているから傷物扱いで敬遠されているのか。


「……下世話なこと考えてる?」

「あっいや」

「ワンナイトラブが目的じゃないわ。言ったでしょう、パーティを組みましょうって」


ぱき、とナッツを割る。そんな娼婦のような真似をしたくて声をかけたのではない。

そう勘違いされる容姿なのは否定しない。美しさには自信がある。


「私もワケありでね。パーティを組む相手を探しているの」

「ワケあり?」


その眼帯の右目だろうか。問うコウヤに首を振る。この右目は元々だ。


「私、記憶喪失なの」

「え……?」


曰く。名前とこの世界で生活するための最低限の知識以外、何も覚えていないのだという。

この世界の一般常識と通常概念という後付けの知識の他は何も知らない。一般的な探索者がそうであるように、異世界から召喚されてきたのか、それともこの世界で生まれ育った人間なのかも。


「そんな人間、怪しいって……どこもパーティに入れてくれなくて」


まったくいわれのないことで理不尽な村八分を受けている者同士というわけだ。

だからコウヤに声をかけた。


「怪しい者じゃない……といっても信用できないでしょうけど」


語っていることは嘘偽りない。だが記憶がないのはどうしようもないことだ。

記憶がないということなど証明しようがない。

記憶がないふりをしている悪党であるという可能性だって、嘘ではないとは証明できない。彼女が本当に悪党の顔を見せるまでは。


「…………成程」


決定的な証拠がないので悪とも善ともわからない。

そういうところも同じだというわけか。妙な共通点があるものだ。

ふむ、とコウヤは納得した風情で頷いた。


「わかった。1回だけ……俺のクエストに付き合ってもらえるか?」

「えぇ」


ちょうど受けている依頼がある。コウヤひとりでも達成できるものなのだが、2人いればより効率的に迅速に終わる。

彼女にはそれに付き合ってもらうとしよう。信用するかどうかはそこで決める。


「魔物のドロップは俺が全取り、報酬は折半。……飲めるか?」

「問題ないわ」


同行を許してもらえる程度には話をわかってもらえたらしい。安堵で目元を和ませて、彼女はこくりと頷いた。


「……あ、ごめんなさい。名前がまだだったわね」


名前だけは覚えていると言ったくせに名乗っていなかった。順番があべこべになってしまって申し訳ないと謝罪を口にしつつ、彼女は唯一覚えているという名前を舌に乗せた。


「サイハ・アイル・プリマヴェーラ。サイハでいいわ」


砕く羽と書いてサイハと読む。どういう由来でつけられたのかは知らないが、それだけは覚えている。


「俺はコウヤ。煌々とした夜と書いて煌夜だ、よろしく」


差し出されたサイハの手を握り返す。

この世界では表意文字ではなく表音文字が使われているためにカナでの名乗りだ。

名前の意味については、苦い由来しかないので特に説明もしない。


「よろしく、コウヤ」


世界をまろやかに包む春の風のように、ふわりとサイハは微笑んだ。


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