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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
それでも俺はやってない
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もう終わった話だよ、君たちは

『仲間殺し』はいわれのない嘘である。


「なんだよ、つまんねぇなぁ」

「とんだ騒ぎだな、まったく」


興味を失い、野次馬は解散していく。

話題はすでに別のものに移っていて、仲間殺しのことなどもはや意に介さない。

冤罪で騒ぎ立て、コウヤを苦しめたことなど誰も気にかけない。

ただひとつ『面白い話』が終わってしまったというだけだ。


「……くそっ」


釈然としない。だが、仕方ない。

別に、噂をしていた人間一人ひとりに謝罪してほしいわけでもない。

ただいわれのない冤罪で噂をするのをやめてほしかっただけだ。

このところ、面白い話題がなかったために祭り上げられてしまっただけのこと。

だから新しい話題が提供されればそちらにいく。迷惑など考えない。

そういうものなのだ。腹の立つことに。


とにかくこれで、コウヤの『仲間殺し』の噂については決着だ。

以後、口にする者にはデマに踊らされている上に話題遅れだぞと言われてしまうだけ。

コウヤに謝罪に訪れる人間はいないだろう。ネタの出涸らしは忘れられるだけだ。


わかっている。そんなものだ。だが釈然としない。


「大変さぁ」


往来に見えないように衝立を立てて囲い、その中で死体の片付けを行っている黒衣が衝立から顔を覗かせて肩を竦めた。

民衆とはそういうものだ。適当に話題を消費していく。


「それよりも」


気付いていただろうか。なぜ、帰還者が町に現れたのかについて問うていなかったことを。

町に帰還者は現れない。そのはずだ。それがなぜ現れたのか。あの会話の中で、その理由を黒衣はあえて問わなかった。

きっと深い深い、それこそ世界の真実に触れるほどに深い事情があるのだろう。

あとでゆっくり聞かせてもらうとしよう。そう言って、黒衣は作業に戻った。


***


町に帰還者は現れない。現れてしまったのならそれはルール違反だ。

そのエラーの修正を任されている者がいる。


「とんだ迷惑だよ、まったく」

「ネツァーラグ!」


転移武具のひとつなのだろう。影を切り取ったような暗闇から歩き出るように、ネツァーラグが現れた。

ブーツの踵を高く鳴らし、コウヤたちを素通りして『それ』を見下ろす。


「巫女の権限での拘束か……僕の権限で動かせるといいけど」

「拘束座標ノ移動ノ承認、転移……ワタシガ許可スルワ」

「それはどうも」


肩の精霊と会話を交わし、そしてやっとコウヤを振り返る。


「やぁ。……おや、スカベンジャーズもいるのかい」

「絶賛お仕事中さぁ」

「それはご苦労様」


あまり深いことを喋ると言語崩壊の呪いが発動してしまう。

こんなくだらない前置きで言語崩壊などしないように、気をつけながら言葉を紡ぐ。


「精霊避けの香、司書から受け取ったよ。いきなりいなくなって悪かったね」

「いや……あの」

「あぁ、これは僕が責任を持って迷宮のどこかに放逐しておくから」


巫女の権限で拘束されているから動き出しはしないだろうが。

そう言いつつ、ネツァーラグは手をひらめかせる。破壊者の足元に黒い影が広がった。


「帰還しなよ。暗い迷宮の中に」


町などという明るいところに出てきていいものではないのだ。

見送りの言葉を送り、影の中に破壊者を飲み込む。どぷん、と水に沈むような音がして、破壊者が影に呑まれて消えた。


これで塔の守護者としての仕事は終わりだ。あとまはぁ、面倒なところで拘束するなと塔の巫女に文句を言うくらいか。

仕事は終わった。さっさと帰ろう。さっき現れたように、破壊者にそうしたように、足元に黒い影を広げる。

まるで水の中に飛び込むように、黒い影に呑まれて転移する。


さっさと来てさっさといなくなってしまった。

なんだったんだ、まったく。いや用事はわかるのだが、それにしたって。

今日はなんだかすっきりしないことが多い。眉を寄せるコウヤの横で、あぁ、と黒衣がうなだれた。


「どうした?」

「どうしたもこうしたもさぁ……あれ、帰還者じゃんかさぁ……」

「え?」


いや、確かにあの破壊者は帰還者だけれども。

そもそも黒衣は破壊者について知っているのだろうか。


世界の終末装置。言い換えれば、行き詰まった世界を『掃除』する者。

そういう共通点から、スカベンジャーズは破壊者のことを知っていても不思議ではない。


首を傾げるコウヤに、いや違う、と黒衣が首を振る。

破壊者については知っている。あれが帰還者だということもだ。

そうではなく、黒衣が溜息を吐いてうなだれたのは別の理由だ。


「……あっちの……破壊者を転移させたヤツ……」

「えっ」


破壊者を転移させたやつ。ネツァーラグのことだ。

ネツァーラグがどうした。いや、今言っていた。帰還者がいると。

話をつなげると。もしや。


「……ネツァーラグって……帰還者なのか……?」

「そう言ってるさぁ……うえぇえ、"完全帰還者"なんかに出会っちまった……」

「"完全帰還者"?」


完全帰還者。どこかで見た単語だ。

おぼろげな記憶をたどる。答えはすぐに思い出せた。


「あ」


図書館で破壊者について調べた時だ。その一文の中に、完全帰還者の文字があった。

『破壊者■■■■■■は完全帰還者■■■■■■と同じく、他者の混合がない帰還者である』。

あの時は意味のわからない単語としてとりあえず読み飛ばしたが、だとするなら。


ネツァーラグもまた『そう』なのだ。

いつかの日に塔の頂上に至り、そして願いを叶え、そしてその時より帰還した。

『すべてをみた』という意味。言語崩壊の呪い。すべてつながる。


破壊者が、いつかの日に塔の頂上に至り、そして世界を憎悪する願いを叶えて世界の終末装置となったように。

ネツァーラグもまた、いつかの日に塔の頂上に至り、そして世界の真実をすべて知るという願いを叶えたのだ。そして、言語崩壊の呪いをかけられながら塔の守護者として活動している。


「完全帰還者。自己を強固に持った帰還者さぁ」


他の帰還者のように、虚ろな影のようなものになることもない。

きちんと実体を持ち、理性を持ち、意思を持つ。『完全』とはそういう意味だ。

人間の時から何一つ損なわず、完全に自己を保持している帰還者。

それはつまり、裏返せばとんでもないことなのだ。


帰還者は自分を構成する思いの純度により単体としての強さが決まる。内蔵された思いが色濃ければ色濃いほど強くなる。

1人分の憎悪から構成された破壊者があれほど強いのなら、1人分の『完全な』人格を保持しているネツァーラグの強さはいかほどか。

破壊者でさえその姿は虚ろな影だ。だが、ネツァーラグは違う。実体がある人間の姿をしているし、触ればあたたかいし柔らかい。それならば。想像して恐ろしくなる。


その気になれば、世界を壊すことくらいわけがないということだ。

世界の終末装置として設定された破壊者の強さがこれ。では、ネツァーラグは。

塔の守護者として、積極的にこの世界を滅ぼす真似はしないだろう。ただ淡々と、世界のシステムのエラーを修正していく。


だが、この世界すべてが『エラー』として判断されてしまったら。

その時はいったいどうなるのだろう。

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