皆が皆、正しくシステムを運用している
影が飛び出した。世界に憎悪を撒き散らす終末の破壊装置が牙を剥く。
町のど真ん中に強制召喚された破壊者は真っ直ぐにサイハを見据えた。
「相変わらずね、リーゼロッテ」
黒い影に呑まれてもなおどういう顔をしているのか想像できてしまう。
懐古を抱いてサイハは腕を振るう。その一瞬後に破壊者が突っ込んできた。
眼前に飛び込んできた破壊者が腕を振り下ろす。ここまで瞬きの間もない。
ぐちゃり、と何かが潰れる音がした。
「"犠牲者による防衛"。……話くらい聞いてくれる?」
"犠牲者による防衛"。銀のカードを掲げて宣言したサイハの足元で肉塊が崩れ落ちる。
この一瞬で何をしたか。言うまでもないだろう。"犠牲者による防衛"という能力名が示すとおり、他者を身代わりにした。
さっき腕を振るったのは身代わりにする人間のマーキングだ。その人間は今しがた頭を潰されて犠牲になって死んだ。
「もう……ちょっと反省して頂戴」
このまま手当り次第に殺してしまっては無為なリセットにつながってしまう。それは困るのだ。
だからこの場で何日か拘束させてもらおう。
拘束している間、人間がこの状況をどう使うかは知らない。無罪の証明だろうが何だろうが、好きにすればいいのだ。
「■■■■」
破壊者の口から憎悪が吐き出される。
何を喋っているのか具体的には聞き取れない。だが、それが世界を呪う言葉だというのは直感で理解できる。
あぁ、来るといい。その憎悪を受け止めよう。
***
「帰還者だ! 帰還者が出たぞ!!」
カンカンと町に警鐘が鳴り響く。逃げる人波に逆らって、コウヤは前に進む。
町の中央広場。謎の女。帰還者。戦闘。そんな悲鳴の発生源へと向かっていく。
大通りを走り、そして町の中央広場にたどり着く。その頃にはすでに事が終わっていた。
四角く、透明な立方体に押し込まれてその場にうずくまる破壊者と。
涼しい顔でそれを見下ろすサイハの姿があった。
「……なんだ……この状況……?」
「終わったわ。この子は1ヶ月くらいここに拘束しておくから好きに使いなさいな」
破ろうと思っても決して破られることはないから安心するといい。
そう言い残し、サイハは転移魔法を起動し、この場からふっと消えた。
後にはコウヤと、そして騒ぎがおさまったのかと様子を見に集まってくる野次馬だけだ。
あれは『仲間殺し』の。いったい何が起きた。どういうことだ。なぜ帰還者が。
口々に言いながら、野次馬たちは顔を見合わせる。
このままでは、またとんでもない話が作られかねない。
この状況を利用して無実を叫ぶしかない。勢いだ、どうとでもなれ。
コウヤは腹を決めて声を張り上げた。
「みんな、聞いてくれ!!」
ぴたりと野次馬たちの会話が止まった。
しん、と静まり返った野次馬たちの視線がコウヤに注がれる。
「こいつが……この帰還者が俺の仲間を殺したんだ!」
決して、世間で言われているような『仲間殺し』ではない。
犯人はこいつなのだ。そう言い、コウヤは拘束されている破壊者を指す。
「それは……本当なのか……?」
「あぁ本当だ!」
コウヤが無罪と言うのなら、その証拠を持ってこい。殺した犯人を捕まえてこい。
そんな世間の声に反論するように、コウヤは野次馬に向かって叫ぶ。
どうだ、こうして犯人を捕まえてやったぞ。これで文句はあるまい。いわれのない噂を撤回しろ。
「コウヤ、何の騒ぎさぁ?」
町に死体ができたので掃除しろという指示に従って来てみれば、変な騒動が起きている。
雑踏をかきわけ、スカベンジャーズの男がコウヤの前に進み出た。
黒衣は野次馬とコウヤ、そして拘束されている破壊者を見て、あぁ、と納得したような顔をした。
「帰還者を捕まえたんさぁ?」
「俺じゃない、塔の巫女だ」
塔の巫女。その単語に野次馬がざわめく。
黒衣もまた、目元まで深くかぶった帽子の中で目をすがめた。
「塔の巫女がなんでまた?」
「スカベンジャーズなら知ってるだろ、全滅してるパーティが続出してるって」
抵抗する間もなく一瞬で頭を潰されて死んでいる死体。
誰がやったかなんて犯人探しはスカベンジャーズの本領ではないが、多少の関心はあるはずだ。
パーティを一瞬で全滅させる怪物がいるという認識は持っているはず。
「その怪物を塔の巫女が捕縛したんだよ」
「……んなトコロでかよ……」
町の真ん中なんて迷惑極まりない。黒衣は顎を掻く。
ともかく、状況は理解した。町の中央広場に現れた帰還者を塔の巫女が捕縛し、そして捕縛された帰還者の前でコウヤが無実を叫んでいる。
あとはこの騒動を終わらせなくてはならない。そうでなくてはそこに転がっている死体の掃除もままならない。
「んで、こいつがお前の仲間も殺したから自分は無実だってさぁ?」
「そうだ! 俺は無実だ!」
そこで頭を潰されて死んでいる死体のように、仲間も一瞬で殺されたのだ。
だから自分は噂で言われているようなことは一切していないのだ。
そう主張するコウヤに、はぁ、と黒衣は胡乱げに頷く。
スカベンジャーズとしては、世間のいわれのない噂話の真偽などどうでもいい。
掃除屋の役目として、そこの死体の片付け以上のことなどこの場にはない。
ただし、黒衣としては噂話の真実に興味がある。
転がっている死体の横にしゃがみ、新鮮な肉塊をあらためる。
頭部を一撃。人間の拳程度の大きさの何かを叩きつけられてふっ飛ばされたような潰れ方だ。
頭の中で、掃除の記録と照らし合わせる。
コウヤの仲間だったものの死体と、目の前のものと。まったく同じだ。
傷が同じなら犯人も同じだ。この死体を作ったのがそこの帰還者なら、コウヤの仲間を殺害したのもこの帰還者であると言っていい。
「スカベンジャーズとして保障してやるよ、完全に一致してるってさぁ」
「じゃ、じゃぁ……『仲間殺し』ってのは……」
「あぁ、いわれのない嘘だろうさぁ」
野次馬にそう返す。野次馬たちはざわめいている。
「言ったろ、俺はやってないって」
これにて、完全に無罪が証明されたのだ。




