風の吹き溜まりにて、懐古
中層の魔物は本当に多種多様だ。それだけに得られるものも多い。
倒した魔物の甲殻やら鱗やら、所持品を武具で異次元にしまってもなお持ちきれないほど。
めぼしいものだけ持ち運んで、そしてレストエリアへと駆け込む。
緑の石で境界線が敷かれた空間には先客がいた。
「他人の不幸は蜜の味! シャーデンフロイデです!」
誰かと思えば素材屋だ。魔物から得られる素材の売買を執り行っているジョーヤ・マリーニャの店の店員だ。
わざわざ1階の店から出張してきたのだろう。
「はーい! どうも! 売るものあります?」
「大量に!」
スライム状の液体に鱗、甲殻、毒草の根に癒やしの枝。売るものはたくさんある。
武具から鞄を取り出して中身をシャーデンフロイデへと見せる。途端にシャーデンフロイデの顔が輝き出した。
「うわぁ! たくさんだね!」
わくわくした顔で荷物をあらためるシャーデンフロイデは手元の伝票に買取価格を書きつけ計算していく。
茸蜘蛛の足、砂牛の角、溶液、果実にエレメンタルの核。伝票1枚では書ききれないほどだ。
伝票の行が増えるたびにシャーデンフロイデの顔が明るくなっていく。
「だいたいこんなもんですねー。どうでしょ!」
値段に納得したら買い取ります、とシャーデンフロイデが伝票をコウヤに渡す。
合計金額の欄を確認してから、それで買い取りを進めてくれと伝票を返す。
納得の値段、いや予想以上だった。
「大変ですねぇ」
時折こちらに寄せられる噂したがりの視線を感じたシャーデンフロイデがコウヤに苦笑いをひとつ。
仲間殺しだなんだと噂されていようが、その真偽がどうだろうとジョーヤ・マリーニャの店は気にしない。相場に合った正しい取引さえできるのであれば、悪人だろうと善人だろうとなんでも構わない。
「僕らは帰還者だろうと歓迎ですからね!」
「いやいや……」
そんな帰還者いてたまるか。物の売買ができるほど理性と分別のある帰還者なんて。
あれは死んだ人間が今際の際に残した強い感情が魔力によって焼き付き、蓄積した結果動き出した影だ。意思も思考も有してはいない。
「帰還者が普通に生活してたら怖いだろ……」
「あははー、ま、そうですねぇ!」
***
数日かけて順調に降りてきて、ついに20階。31階から11階をめざすわけだからちょうど行程の半分だ。
20階は少し特殊だ。
というのも、ここは迷宮ではない。ただ19階からの階段と21階への階段まで、一直線の通路があるだけ。
そこ以外は何かというと、スカベンジャーズたちの住処となる。スカベンジャーズたちはここを本拠地として活動しているのだ。
通路のところどころには黒い服を身にまとったスカベンジャーズたちが立っている。
探索者たちが通路を通るぶんには何も言わない。だが、スカベンジャーズの領域に踏み込んでくるようなら彼らは容赦はしない。
「黒衣は……いないのか」
以前会った時、スカベンジャーズの権限でコウヤの居場所を探して待ち伏せしていたと言っていた。
それを今回も使っているのなら、きっとコウヤが20階に来たことを悟っているはず。
いるならば声をかけてくるだろう。だが声をかけてこないとは不在だということだ。
特にスカベンジャーズに用もないので、このまま通路を素通りしていく。
20階にはスカベンジャーズ専用の転移装置がある。通路の中ほどに設置されており、スカベンジャーズの許可があれば探索者でも使うことができる。
それを用いていったん町に帰るのもいいかもしれない。町に戻って補給するまでもないが、このまま進むには心もとない。そんな微妙なところだ。
どうするかと考えつつ、通路に立つスカベンジャーズに軽く会釈しながら進んでいく。
通路を進み、そして転移装置にさしかかった時。
「あ」
「あら」
春を体現したかのような容姿。間違いない、サイハだ。
「よかった、探してたんだ!」
言いたいこと、伝えたいこと、聞きたいこと。たくさんある。
それに、すっかり忘れていたがあの時の素材売却金の半額を渡すことだって。思えばそれがきっかけだったのだ。
「探してた? 私を?」
「あぁ、時間あるか?」
「えぇ、特に用事はないから」
適当に色々なところを歩いて回る散歩の最中だった。用事があるというのならそれに付き合おう。
頷くサイハに頷き返し、コウヤはこれまでの経緯を説明することにした。
***
転移装置で1階の町へと向かい、図書館の一室を借りてこれまでの経緯を語る。
その中にはもちろん、破壊者のこともだ。あの時は視線も寄越されなかったが、一度は助けられた。
その時のお礼も言いつつ、コウヤは彼女に依頼する。
「破壊者の捕獲を頼みたい。……できるだろ?」
司書ヴェルダが言っていたことが本当なら、サイハは塔の巫女だ。
塔のシステムにのっとり、世界を『正しく』運営する側だ。
その権能でもって、破壊者を捕獲することだってできるはずだ。
破壊者を無力化し、こいつが犯人だと皆の前に引きずり出す。でなければコウヤの無実は証明できない。
そのためにはサイハの協力が必要なのだ。
「……あれはシステムとして『正しい』のに?」
世界を滅ぼすために生まれた帰還者。それは世界の終末装置として正しく稼働している。
世界を憎悪し、この世界に召喚された人間を憐れむ者。世界に翻弄される人々の悲しみを殺すことで『救済』する者。
破壊がなければ再生もなりたたない。それは世界のシステムとして何も間違ってはいない。『正しい』ものなのだ。
だからサイハには塔の巫女として何もすることはできない。
「ネツァーラグ……塔の守護者が何もできないようにね。私も手出しできないわ。……だけど」
だが、少しばかり憎悪が行き過ぎてやりすぎているとこじつけて、行き過ぎた破壊を咎めることはできなくもない。
破壊者の出現がこのところ頻繁だ。このままではいずれ探索者が全員死に絶えてしまうかもしれない。
でなくとも、頻発する探索者の全滅で探査者の士気が落ちてしまう可能性がある。
『迷宮に探索に出れば化け物に殺される』なんてイメージがついてしまったら、誰も塔を登らなくなる。そうなってしまえば世界は滞ってしまう。
「それに、個人的感情もあるし……」
「個人的感情?」
「……昔、仲間だったのよ」
ふぅ、とサイハが息を吐く。
かつて2人は同じ探索者だった。そして、塔の頂上に至り、到達者となった。
それぞれ願いを叶え、その結果、破壊者と塔の巫女となった。
「……リーゼロッテは繰り返しで忘れてしまったかもしれないけど」
とても、とても長い時間の中で忘却されてしまったかもしれないが。
ぽつりと彼女は呟いた。まるで悔恨のように。




