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追放ソロ探索者俺、塔、登ります  作者: つくたん
それでも俺はやってない
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追放者ソロ俺、腕試しに行きます

「……成程、とんでもない怪物だな」


話を聞き、シスは頭を抱えたくなった。

『探索者では対処不可能』。『そういうルール』を与えられた帰還者。

もととなった人間の人格など知る由もない。どうして帰還者として成立したのかもわからない。

未知だらけ、解析不可能。ただ『そういうもの』として受け入れるしかない存在。


「精霊除けの香は効く……が、特殊なものなのだろうな、それは」


ルイスが唸る。

精霊除けの香など聞いたこともない。それがスカベンジャーズのものであるならなおさら探索者が手を出せる領分ではないだろう。

ということは精霊除けの香でもってあれを撃退するのは難しい。まずスカベンジャーズに話をつけて譲渡してもらうところからだ。

1人、2人の話ならそれもありかもしれない。だがあれの存在はすべての探索者に関係のある話なのだ。

この世界にいるすべての探索者にそれを配布することなど不可能だろう。探索者が何人いると思っている。十や百では済まないのだ。千か万か。

それらに破壊者の存在を知らせ、対策として精霊除けの香を配る。現実的ではない。


「見たら逃げるしかないですね……」

「逃してくれるかどうか」

「う……それはそうですけど」


そんなやり取りをするニルスとルイスをよそに、それで、とダルシーがコウヤに水を向ける。

こうして出会い頭にとんでもない怪物と遭遇してしまったので逃げてきたが、コウヤはこれからどうする気なのだ。

シスたちを証人として自分の無罪を主張して回るのか、それともまた単独で上層に挑むのか。

問われ、あぁ、とコウヤは息を吐く。


「シス」

「なんだ」

「詫びに何でもすると言っていたな?」


こちらが驚いてしまうほどに萎縮していた。責任感と思い込みが強く極端な性格であるとは知っているがあれほどまでとは。

いわれのないことでなじってしまった罪滅ぼしに何でも協力すると言っていたが、あれは一時の申し訳なさから出た言葉ではないか。

つい勢いで言ってしまったものではないのか確認するコウヤへ、シスは首を振る。

罪滅ぼしとなるなら何でも協力するというのは勢いで言ってしまった失言ではない、と。


「んじゃ、ちょっと協力してほしい」


というのも、だ。

出鼻をくじかれたが、元々の目的は自分がどこまでやれるか試すためだ。

単独で上層に行ってみて、上層とはどういうものか感触を確かめて、それからどうするか決めると。


「その手応えを確かめている間、ちょっと護衛してほしいんだ」


基本的には少し離れて後ろをついてきてくれればいい。そして、コウヤが危なそうならカバーに入ってほしい。

つまりは護衛だ。感触を確かめる前に死んだら元も子もない。


「わかった。承ろう。……ルイスらもそれでいいな?」

「妾はシス殿の決めたことに従うまでよ」

「わっ、わたしもそれでいいと思います!」

「……好きにすれば」


***


それならば、と翌朝。コウヤは迷宮に再び踏み出した。その後ろをシス一行がついていく。

『パーティは4人』という絶対的なルールはあれども、それほど厳しくはない。どんなことにだって抜け穴はあるのだ。

こうして『たまたま行き先が同じ』で『たまたま出立の時間が同じ』なだけの他人だという体裁があれば、4人の原則に反することはない。

問題は本人たちがどう捉えているかだ。『協力関係にある別パーティ』と認識しているならそれは許されるのだ。


「死にかけん限り助けんぞ」

「あぁ、わかってる」


積極的に介入すれば、体裁や認識を無視して4人の原則により処罰されるだろう。

原則の違反を誰が判断するのかは知らないが、言い訳できないようなことは確実に『まずい』。

こんなところで仲間を失うような真似はしたくない。


釘を刺すシスに、あぁ、と頷く。ここからは特に会話も馴れ合いもなしだ。

適当な距離を取って後ろについて来るシス一行を振り返ることなくコウヤは先へと進む。

石の迷宮はしんと静まり返っている。昨日、破壊者によって行われた殺害の跡も残っていない。スカベンジャーズが処理したのだろう。

亡骸は葬られ、遺品は適切な相手へ送られたはずだ。塔の掃除屋は死体漁りなどしないのだ。


声を張り上げれば何とか聞こえるほどの距離を保ちながら、コウヤは迷宮を進む。

33階への上り階段がどこにあるかなどわからないので総当りだ。左手の法則で壁に沿って進んでいく。

魔物の気配はない。いないわけはない。どこかに潜んでいるのだ。


「昨日のあれのせいで逃げ出している……とか……」

「ありえるかもな」


あれほどの強大な存在におそれをなして息を潜めている、という可能性もありえる。

そんな生物的な情緒が上層の魔物にあるのかはともかく。

ニルスとルイスが会話しているのを石壁の反響音で聞き取りながら、コウヤは角を曲がった。


「あ」


行き止まりだ。突き当りには見慣れたカロントベリーの茂みが生い茂っている。

まるで摘んでくれと言わんばかりにひときわ大きな果実が揺れていた。

黙々と迷宮を進み、いつ魔物に襲われるかわからない緊張の中で不意に現れた休息の象徴。その恩恵にあずかろうとコウヤが1歩踏み出しかけ、そして。


「――違う!」


違う。それは可愛らしいベリーの茂みではない。急ブレーキをかけて停止したコウヤの眼前に壁が現れた。

否。それは壁ではない。巨大な生物の下顎だ。地面に潜んでいた巨大な口が噛み付いたのだ。


ジャル・ヘディ。古の言葉で大きな頭を意味する。

体の倍以上の大きさの巨大な口を持ち、その歯で餌を捕食する魔物である。

頭頂部にはカロントベリーに似せた花芯が垂れており、それを疑似餌として茂みに潜る。

疑似餌を揺らして獲物を誘い、近寄ってきたところを巨大な口で一口で飲み込む。

提灯鮟鱇(あんこう)と鰐を合わせたような魔物だ。


こいつは中層で一度見たことがある魔物だ。だが、中層のそれと違う。

体格は大きく、口腔から見えた歯は鋭く生え揃っている。口の端から垂れる酸性の唾液は床の石を溶かすほどに強い。


あれに噛みつかれたらと思うと。

まずは犬歯で引き裂かれ、そして生え揃った歯が肉を細かく切り裂くだろう。


獲物を捕食しそこねたジャル・ヘディはコウヤをじっと睥睨する。

頭だけ出ている状態だ。どういう仕組みで潜っているのかは知らないが、頭から下は石畳の下にある。


ジャル・ヘディは捕食に使う口と顎、鼻先の甲殻だけは頑強だ。だが石畳の下に隠れている体はそれほどでもない。

倒すなら、石畳をぶち割ってジャル・ヘディの体を露出させ切り刻むか、それとも口腔内から食道、胃を通って体内から攻めるか。

コウヤには石畳を割る手段がない。なので体内からダメージを与えるしかない。


「手ぇ出すなよ!」

「言うまでもない!」


背後に怒鳴ると、大声が返ってきた。

シス一行がいるので別の魔物の乱入は気にしなくていいだろう。ジャル・ヘディと1対1だ。

すでに中層で見た魔物。対処法も知っている。そして邪魔者が入らない状況。単独で上層を攻略できるかどうかの腕試しにはちょうどいい。



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