出会い頭、帰還者
上層を攻略しようと決めたところで、問題に行き当たる。
ここまでソロでやってきたが、通常、探索者というものはパーティを組むものだ。
ここまでと難易度が桁外れだという上層ならなおさら。
上層はまだ35階しか踏破されていないのだ。町が31階なので、その難易度は推して知るべし。
36階の到達を目指して探索に出た探索者パーティはその後の消息を聞いていない。もしかしたら死んでいる可能性だってある。
それくらい過酷なところなのだ。そんなところをコウヤ単独で攻略できるかといったらまず無理だ。だからパーティを募らねばならない。
だが、こんな上層まで来るようなパーティが今更新しい探索者をパーティに入れるかと言ったら否。
それぞれが気が合い息が合っているのに新しい探索者を仲間に入れて和を乱す真似はしないだろう。
では中層あたりで新しいパーティを探し、コウヤが先頭に立って攻略し、上層まで引き上げるというのも難しい。
うまいこと集まるかもわからない。集まったとこで攻略できるとは限らない。
不和から解散することもありえる。死ぬかもしれないし気が合わなくて離脱することだって。
それに何より、あの噂がある。『仲間殺し』の噂がある人間についてくる人間などそうそういないだろう。
噂に惑わされず、コウヤの無実を信じる人間を探す。どうやって?
あらゆるリスクや問題を悶々と考えるうちに『ソロで行った方が手っ取り早いのでは』と結論になってしまうのだ。
一度ソロで上層に挑み、だめそうなら中層あたりでパーティを募ろう。その『一度』で死んだらその時はその時だ。
そう決め、コウヤは荷物をまとめ始めた。
***
至難の層。32階。
31階から階段を上がると、そこには中層で見慣れた石の迷宮があった。
壁から天井まできっちりと埋められた壁で区切られた迷宮だ。
そのところどころにベリーが実る茂みや湧き水をたたえた水場やレストエリアが点在している。
そして魔物もだ。エレメンタルをはじめ、帰還者その他諸々、異形としか言いようがない生物がうろついている。
石の壁に擬態して探索者の油断を誘い、潰し殺す魔物だっているし影から影へ移動し探索者の背後から強襲する魔物だっている。
こうして立っているだけでも、いつ襲われたっておかしくない。常に命の危険があるのだ。
中層はそうだった。では上層は。どれほど過酷なのだろう。
想像し、生唾を飲む。石の迷宮は重苦しくコウヤの前に立ちはだかっている。
「おや。独りか、『仲間殺し』」
「……シス」
足音に振り返ってみれば、軽蔑の目をたたえたシスがいた。
よぅ、と片手をあげるルイスと会釈をするニルス、相変わらず他人に興味なさそうなダルシーまで。
シス一行の勢揃いだ。ということは彼女らもまたこれから上層に挑むのだろう。
「貴様に気安く呼ばれる名などない」
ふん、とシスはコウヤを憤慨と嫌悪の目で見る。
シス、ルイス、ニルス、ダルシーの4人もまたいつかどこからかの世界から召喚されてきた探索者だ。
元の世界ではアレイヴ族と呼ばれていた亜人たちである。
尖った長い耳と褐色の肌、銀髪が特徴のアレイヴ族は森に住み、木を敬って生活していた。
大樹の精霊トレントとともに生きる彼女らが敬うのは樹の属性。
樹の属性は団結を司る。樹を敬愛するアレイヴ族もまた仲間の絆が強い。それはまるで束縛のように。
そうして仲間内のみで固まるうちに、物事を見定める視野は狭窄し凝り固まってしまう。
平たく言えば思い込みが激しくなり偏見に染まりやすい。
アレイヴ族すべてを取りまとめるシスはその傾向が強いのだ。だから辛く当たることがあっても許してくれ。
そうルイスが説明したのはいつだったか。
行き過ぎた非礼があればその時は詫びると言っていたが、それにしたって目に余る。
矛盾だらけの穴だらけの噂なのによくも信じられたものだ。しかもそれを疑わない。
シスのことをあぁ説明していたルイスだって、噂については『証拠があがらない限りどちらもあり得る』と有罪も無罪もうたう。
「だから俺はやってないってば」
腹いせで殺すものか。第一あれは破壊者が殺したのだ。
コウヤを追放した彼らと喋っている最中に唐突に現れ、コウヤ以外を一瞬で殺した。
そのまま自分もと思いきや、破壊者はコウヤに目もくれず立ち去った。
「犯人が別にいるというのは聞き飽きた。だったら仕手人を連れてこればいいだろう」
連れてくることができなければ、それはコウヤが罪をよそになすりつけるためのでっち上げなのだ。
そうだろう、とシスは銀色の睫毛に縁取られた瞳で冷ややかにコウヤを見据える。
「あぁもう……!!」
埒が明かない。堂々めぐりだ。今のシスに何を言っても無駄だろう。
百聞は一見にしかず。破壊者本人を引きずり出してこない限り、シスは何を言われても意見を翻さない。
もういいと会話を打ち切って踵を返そうとして、刹那。
「あ……ああああああああああああああああああああああああああああああ」
悲鳴。絶叫。しかしそれも途中で不自然に途切れる。
「なに……叫び声……?」
「何か来ます!」
ニルスの鋭い声で動揺は警戒に。
コウヤとシスが前に立ち、ルイスとダルシー、そしてニルスの順につく。
後ろは31階への下り階段だ。最悪、そのまま31階へ駆け下りればいい。
町へ魔物や帰還者は入ってこられない。『そういうルール』だ。もし魔物や帰還者でなかったら、それはその時だ。
ばたばたと何かが走って近づいてくる気配がする。目の前の交差路の右の角だ。来る。
「あ、ぁあっ、ひ、ひぃいいっ!!」
駆け込んできたのは必死の形相の女だった。
上層の町で見た気がする。その時は4人でパーティを組んでいたように記憶しているのだが、今は彼女ひとりだけだ。
髪を振り乱し、もつれるような足取りで走る姿は尋常じゃない事態の発生を告げていた。
「ひぃっ、ひ、た、助け」
助けて。言い切る前にその声は途切れる。
ぐちゃり、びちゃり。何かが爆ぜ、何かが飛び散り、そして崩れ落ちる肉塊と血しぶきの向こうに。
「あ……!!」
ある一時より帰還した終末装置。破壊者。冤罪の源。
呼び方は多種多様にあるが今はそんなことどうでもいい。
『それ』がそこに立っている。それだけが重要だ。




