結局はそこに行き着くのだ
「破壊者、と呼ばれるもの。あれはね、『かつて頂上に至った者』よ」
頂上に登れば願いが叶う。その漠然とした概念を刻み込まれて探索者は塔を登る。
そして彼女は行き着いてしまったのだ。頂上に。そして世界の真実に。
「そしてあの子は世界を呪った。……ろくでもない場所だと憎悪を募らせてね」
そして頂上に至った褒美として、この世界の破壊を願った。
こんなろくでもない世界はなくすに限る。そう憎悪をもって願った。
とても優しい心根だった。この世界のシステムに翻弄される人間の連鎖を断ち切ろうとしたのだから。
だが、世界のシステムはそれを歪んだ形で実現した。
その憎悪だけを拾い上げ、残りは切り捨て、世界の終末装置として組み込んだ。
そうしてある一時より帰還した破壊者として産み落とされた。
「彼女の名は……リーゼロッテ。世界の終末装置、世界の破壊のために帰還した者」
とてもとても哀れな子なのだ。
ヴェルダはそう言って目を伏せた。
まるで追悼のように瞑目し、さて、と話を変える。
「塔の守護者として、ネツァーラグがあの子を浄化できないのもそのせいよ」
ネツァーラグは塔のシステムに反するエラーを修正する。
しかし破壊者は塔のシステムとしては『正しい』のだ。だから手が出せない。
襲われれば自衛はするだろうが、そこまでだ。
「じゃぁ、どうしようもない……?」
それは困る。コウヤの無実を証明するためにはあの破壊者を衆目の前に引きずり出さなければならないのに。
手が出せない。いや待ってほしい。手が出せるものがいたじゃないか。
――世界の装置ゆえ、神や精霊に連なる権限者にのみ対処が可能である。
図書館の本にはそうあった。そして実際、サイハがあれを一言の元に追い返した。
ではサイハはいったい何者なのだ。そこの疑問もまだ残る。
彼女の正体を探ることもまたコウヤの目的だ。ヴェルダが知っているなら教えてもらおうじゃないか。
「そうね。あの子も到達者……かつて頂上に至った者よ」
破壊者と同じく、かつて頂上に到達し、願いを叶えた者だ。
彼女の願いは世界のシステムの執行者になることだった。
理由についてはプライバシーというものがあるので伏せておく。気になるなら本人に問うてみるがいい。
彼女の願いは正しく聞き届けられ、そして彼女は世界のシステムの執行者となった。
「塔の巫女。聞いたことがあるでしょう?」
塔の巫女。探索者を頂上に導くという人物だ。
具体的に誰か、どんな容姿でどんな名前かもわからない。ただ漠然と『そんなものがいる』という知識だけがある。具体性がなさすぎて、そんなものの実在など信じていなかったが。
だが、もし、サイハが巫女であるとするなら。
すべての話はつながる。
システムとして『正しい』ものである破壊者に干渉できるのは、それ以上の上位権限を持つ者だけだ。
塔の管理維持を担う精霊、あるいは塔そのものを作った神。そして神に遣わされた眷属である塔の巫女。
サイハが塔の巫女であるなら、破壊者を一言の元に追い返すことだってわけはない。
時々見せた不思議な言動だってそうだ。
あれだけの魔力を持つのも塔の巫女だから。神の眷属ならば神に通ずる力を持つ。
頂上候補でないと否定したのも塔の巫女だから。塔の巫女は頂上へ導く者であって頂上を目指す者ではない。
「無実を証明するためにはあの子の協力でしょうね」
追い返せるのなら抑え込んでおとなしくさせることだって可能だ。
そのためにはサイハに再び接触しなければならない。
だが、サイハは塔の巫女であり、塔の巫女は頂上へ導く者だ。
コウヤが塔の頂上を目指さなければ会うことはないだろう。
そうして頂上を目指したとて、だからといってすぐに現れることもないだろう。
血反吐を吐きながら頂上を目指している時にふと会えるものだ。
仮に会ったところで、破壊者を捕らえるために協力してくれるかはまた別の話だ。
協力してくれたとしても、破壊者が都合よく現れてくれるはずもなく。
何にしろ、今すぐにはコウヤの無実は証明できない。
「だけど、道筋はできた」
「そうね。頑張りなさい」
頂上を目指せばいつかはサイハに会え、サイハに会えるなら協力を仰ぐ交渉ができ、協力を取り付けられれば破壊者を捕らえることができ、そして捕らえて無実を証明する。
目標のために必要な筋道は立てられたのだ。だったらあとはやるしかない。
「待って」
もらった荷をほどき、机の上に油紙を広げる。
油紙に包まれていたのは白い『何か』だった。まるで固まった脂肪のような見た目をしている。
ヴェルダはそれをどこからか取り出したナイフで一片を切り落とし、どこからか取り出した新品の油紙で包む。
「持っていて損はないでしょう。持っていきなさいな」
多少切り落として渡したくらいでネツァーラグも文句は言うまい。
文句があるなら直接受け取ればよかったのだとでも言い返しておこう。
そう言い、ヴェルダはコウヤに油紙で包んだそれを渡す。
「いいのか?」
「いいのよ。これから上層に挑むあなたへ、ちょっとした応援よ」
***
ありがとう、と言って立ち去ったコウヤを見送り、ヴェルダはそっと息を吐いた。
彼は気付いただろうか。結論が『塔に登る』ということに集約されたことに。
この世界に召喚された以上、そこに集約されてしまうのだ。
横道に逸れることは許されない。他の選択肢など切り落とされているのだ。
本当にこの世界は神の箱庭でしかない。ただひとつの目的を達成するために何でも利用する。
一度組み込まれたら抜け出すことは難しい。反逆すればペナルティを負う。
エラーを引き起こそうものなら罰として浄罪を強いられる。
可哀想に。あの子はエラーを見過ごしたから浄罪としてエラーを修正して回るはめになってしまった。
浄罪をなすまで従事させられる苦痛は知っていただろうに。
浄罪をなすまで、ずっと。永遠に。世界を何回繰り返してでも。
そう、この世界は何回も繰り返されている。
誰かが頂上に到達すれば『全消去』が行われ、駒は適切な配置につけられて『再起動』する。
そうして何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も――目的を喪失してしまうほど。
無限の反復の選定の末に。
「レールとルールから外れたらろくなことはないっていうのに」
だからあの子には馬鹿正直に進んでほしい。
駒として正しい動きをしてくれなければ、浄罪と修正の無限反復なのだから。




