塔というシステムについて語る者
精霊除けの香の用意ができたから、コウヤが得た情報の報告ついでに会おうと呼び出され、そして今に至る。
「……と、いうわけだ」
"ネキア"というものについての報告を終え、コウヤは息を吐いた。
他言無用とは言われたが、自分の目的のためだ。こればかりは許してもらおう。
もしこれが原因でネキアたちに不利益があった場合は自分が責任を取るとしよう。
「なーるほどなぁ。りょーかい、悪いことじゃなくてよかったさぁ」
「悪いことってなんだよ」
その口ぶりが引っかかる。
『悪いこと』というのが死体漁りやら金品の強奪やら何やらといったものを指していないように感じられる。
そんな犯罪を『悪いこと』と呼ばないのであれば、いったい何が『悪いこと』なのだろう。
コウヤの疑問に黒衣は緩く目をすがめた。といっても目元は見えないので雰囲気だけだが。
「スカベンジャーズにとっての『悪いこと』ってのはアレさ、世界のシステムの不正さ」
「世界のシステムの不正?」
そう、と黒衣は頷く。
この世界のシステムはいたって単純だ。塔があり、頂上には『願いが叶う』という褒美があり、探索者は褒美を目指して塔を登る。
それ以外の選択肢など切り落とされている世界だ。町は探索者を支えるためにある。
誰もが塔の頂上を目指し、誰も塔の外の大地の向こうに思いを馳せない。馳せることを許されてはいない。
探索者は1階から順に下層、中層、上層と塔を登っていく。
途中を飛ばすことなく、1階ずつ踏みしめていく。『そういうルール』だ。
それはまるで何かの儀式のようであり、神聖な禊のようであり、罪の懺悔のようでもある。
「そのルールに反することさ」
たとえば、転移装置に細工をして途中階をスキップしようとしたりだとか。
だるま落としのように、『途中』というものを脱落させれば頂上は目の前に落ちてくる。そんな発想を実現するために工作をしたりだとか。
塔そのものの破壊、探索者の皆殺し、諸々。思いつく『ルール違反』はたくさんある。
そんなルール違反に比べれば死体の再利用などいたって真っ当だ。咎めるべくもない。
「さぁて、そっちが働いたんだ。俺っちもちゃぁんと働いたさぁ。ほれ」
ぽん、と。紙に包まれた小包をコウヤに投げ渡す。
空中でそれを受け取り、コウヤはまじまじと小包を見る。
防水のために油を塗った紙にくるまれていて中身は見えないが、持った感触としては不気味に柔らかく、気持ち悪い。
肌がたるみきり、醜く太った腹の贅肉を掴んだ時のような感触を不意に思い出した。
「なんだかぶよぶよしてんなぁ……」
「まぁなぁ」
スカベンジャーズが管理している『何か』から切り取ったというが、その『何か』とはいったいなんだろう。
黒衣に聞いても教えてくれないだろう。スカベンジャーズだけが知るという『何か』は、その正体を口にすることは禁止されているはずだ。
もしかしたらスカベンジャーズさえ知らないのかもしれない。
そう思考を走らせつつ、コウヤはまず自分の目的を果たすことにした。
「とにかく……ありがとう、助かったよ」
「おう、また頼れさぁ」
***
さて、ネツァーラグは図書館にしばらく滞在すると言っていた。
まったく気に食わない。
あぁいう、自分は何もかも知っているんだと得意げに見下ろしてくるタイプの人間はどうも好きになれない。
知っているのなら最初からすべてつまびらかにしてくれればいいものを。
いちいちもったいぶるのだから腹が立つ。
こうして使い走りとしてきちんと働いたんだ。こちらの知りたいことをすべて吐かせてやる。
決意を新たにしつつ、コウヤは図書館の玄関をくぐった。
この前そうしたのと同じように、窓口へネツァーラグとの面会を頼む。
彼は司書ヴェルダの客人として図書館に滞在しているはずだ。だから窓口に言えば取り次いでくれるはず。
そう思って窓口へと問い合わせたのだが。
「……え、いない?」
「はい、司書の招待客のあの人は昨日お帰りになられまして……」
心底すまなさそうに窓口の職員は頬を掻いた。
曰く、コウヤとの面会後から病気の発作だとかで客室にこもりきりだったのだが、昨日に発作がおさまったとかで帰ってしまったのだとか。
発作というのは言語崩壊のことだろう。
「え、ええぇ……」
どうするんだこれ。この油紙に包まれたぶよぶよの物体をどうしろと。
あの破壊者についての情報を教えてくれると言ったから使い走りをしたのに。これではやり損じゃないか。
「あら。来たのね」
「あ」
からん、とベルが鳴った。気がした。音がした方向を振り返ったら司書ヴェルダがいた。
「ごめんなさい。あの子、帰ってしまってね。私が引き継ぎましょう」
荷物に関しても自分が引き受けると言い、ヴェルダが奥の部屋を指す。
促されるままに廊下を進み、応接室へと通される。
ヴェルダに荷物を渡し、そしてコウヤはソファに座る。ローテーブルを挟んで対面にヴェルダが座った。
「あの子は守護者だからね。仕事優先なのよ。ごめんなさい」
「守護者って……何の」
「塔の」
何の守護者かと言われたら塔の守護者だ。
塔というシステムの守護者。人間との境目を守護するのではなく、塔そのものを守護する者。
簡単に言えば、プログラムエラーの修正をして回っているのが彼だ。
「塔というシステムがどんなものか……ランク3の上層探索者ともなればわかるでしょう?」
頂上にある褒美を目指して課せられる試練の数々。組み上げられている迷宮。
それらを進むことはまるで何かの儀式のようであり、神聖な禊のようであり、罪の懺悔のようでもある。
「そのエラーを修正するのが彼の役目なの。誰かさんは『悪いこと』って言っているみたいだけど」
たとえば、だ。
帰還者は迷宮の中のみ存在が許され、町に出現してはならない。
そのようなルールがあるとして、もし帰還者が町に出現してしまったら。
本来ないはずのものが出現してしまったとなるとそれは『エラー』だ。
だから修正せねばならない。町に出現してしまった帰還者を消し去りエラーを修正する。
それゆえ、塔のシステムにも詳しい。何が正常か異常なのかを知っていなければエラーの修正はできないからだ。
ネツァーラグはその知識でもってコウヤに教示を垂れようとしたのだ。
「それを引き受けられるってことは」
「えぇ。私も詳しいわ。……とてもね」
伊達に図書館の司書などやっていない。
図書館は『すべての』記録と記憶が集積される場所なのだ。その図書館を統べるのだから当然。
ある意味、ネツァーラグ以上に詳しいといえる。
「さて、教えてあげましょう」
ずいぶんと回り道をさせてしまったが話の続きだ。
あの破壊者について、知らねばならぬことを教えてあげるとしよう。
すべてを知っているからといって、それを鼻にかけてもったいぶるような真似は今はしない。必要があればやるかもしれないが、今はその筋書きにない。
「そうね……あの子の正体から話しましょうか」
少し長くなるかもしれないが許してほしい。説明はあまり得意でないのだ。




