複雑怪奇な老人の理由は
あっという間に戦闘終了。
峰打ちで気絶させられた男たちを見下ろし、さて、とコウヤが男たちのそばにしゃがんだ。
「もしかしたら指輪を持ってるかもしれねぇ、探すぞ」
死体漁りのようで趣味が悪いが、目的のもの以外は何も手を付けないから許してほしい。
鞄の武具の中にしまっているかもしれないが、指輪くらい小さなものなら懐やポケットに入れておくだけで済ませている可能性もある。
「ジョラス、そっち見てくれ」
「あぁ」
コウヤに頷き、ジョラスも手近な男の懐を探る。
ネキアやセレットもまた1人ずつ男たちを調べ始める。
実のところ、依頼された探し物である指輪というものはない。
ジョラスたちを迷宮に連れてくるための偽装依頼だ。
こうして懐を探る必要を作れば、ジョラスたちが8階でやっているという何かがわかるかもしれない。
虚偽の依頼物については、依頼書に『見つからなければそれは仕方ない』との文言をつけているので、見つからなかったからといってどうこうなるわけではない。
ジョラスたちが何をしているのか見極めた後に適当なところで切り上げ、指輪は見つからなかったと嘘の依頼主に報告するだけでいい。
懐を探るふりをしながら、ちらりとジョラスたちの様子を見る。
一見、きちんとあらためているように見えるが、手付きが少し違う。
隠し持っているかもしれない指輪を探しているというよりは身体検査に近い。
「目当てじゃねぇな」
「そうじゃのぅ」
「次探そうぜ、次」
そう言って立ち上がる。コウヤもそれに続く。
気絶させた者たちは7階のレストエリアに蹴り出しておく。そのうち目を覚ますだろう。
魔物も寄ってこない絶対非戦闘地域であるレストエリアはすべての争い事を許さない。
丸腰で気絶して隙だらけであろうと手出しはしてはいけない。
『レストエリアで戦闘を起こさない』というルールは絶対だ。敵意、殺意、害意をもって発動される武具はすべて無効化される。『そういうルール』だ。
「道の端とか、壁の割れ目とかも見ておかないとな」
「そうだなぁ。ベリーの茂みの中とかも一応見ておくか」
もしかしたらどこかに指輪が挟まっているかもしれない。
そんなことを言いつつ、ジョラスたちは丁寧に指輪を探していく。
コウヤもまた探すふりをする。そうしながら、慎重にさり気なくジョラスたちを窺う。
こうしていると振る舞いに妙なところはない。
だが、男たちの懐を探っている時の手付きは妙だった。
ジョラスたちが目的としているのは、探索者か、それとも探索者でなく人間なら誰でもいいのか。
そう思考を走らせて仮定を組み上げつつ、石壁の角を曲がる。
「うおっと」
ベリーの茂みの前に4人の男女が死んでいる。
顔は青く変色し、舌を突き出した状態で喉や胸を押さえて事切れている。
その手には『嘘つき』が握られていた。
どうやら、この『嘘つき』を食べて中毒死したようだ。
迷宮に自生するカロントベリーと間違え、『嘘つき』を食べた。新人探索者にままある死因だ。
彼らもそうだったのだろう。哀れなことだ。
目を伏せ、黙祷を捧げてから彼らの懐をあらためる。
死体漁りは気分が悪いが、指輪探しという建前上どうか許してほしい。
「どうだ、ネキア?」
「……うむ、悪くはないの。1日無駄になるがまぁ……誤差じゃろぅ」
何かを確認し、ジョラスとネキアが頷き合う。
いったい何の話だ。コウヤが顔を上げて2人を見る。
もしや、『これ』がジョラスたちの目的なのだろうか。
「落ち着け、悪いことはしてねぇよ」
何なのだと険をにじませるコウヤをセレットが軽く制した。
悪いことはしていない。ただ少し、落ちているものをリサイクルするだけだ。
「他言無用じゃぞ、儂の複雑怪奇な生い立ちゆえにのぅ」
ネキアがそう言い、老獪な老人のように笑う。直後、ネキアが抱いていたぬいぐるみの首元が銀色に光った。
武具だ。ぬいぐるみの首元にはリボンが巻かれ、武具がそこにあると知れぬよう目立たぬように隠されている。
「1ヶ月でえぇかのぅ……そぅら」
交代じゃ。武具を発動させ、呟いた老人の体がその場に崩れ落ちる。まるで操り糸が切れた人形のように。
そうしてわずかな沈黙の後、転がっていた女の死体が急に跳ねた。
電撃を受けたかのように、仰向けで仰け反る。ごき、めき、と異様な音がした。
骨が砕け肉が裂け、新たな別のものに再構築されていく。
「あ、菜食主義者になりたくなけりゃあっち向いてた方がいいぞ」
ついでに耳でも塞いでおくといい。視覚と聴覚を閉じて何かがあるほどここは危険ではない。セレットがついと明後日の方向を指差す。
即座にその通りにするコウヤの背後で、ばきばきと死体の分解と再構築が行われていく。
それらの光景と音に慣れているのか、セレットもジョラスも表情ひとつ動かさない。
終わるまで暇だよな、とセレットは鼻歌さえ歌い始めた。
「ブレシックからスペンシーベルトに渡り、アスドリア山を越えアルフェンドに行ってもあの女ほどの乙女はいない、俺がヒリディヴィで見た娘ほどのは……」
目を閉じ耳を塞ぎ、いつまでそうしていたか。
セレットが音程など無視した下手な鼻歌を3つほど歌い終えた頃、それはようやく終わった。
「コウヤ、もういいぞ」
肩を叩かれ、コウヤはジョラスの方向を振り返る。そこにはジョラスとセレットと、そして。
「……ふぅ…やれやれ」
さっきまで舌を突き出した格好で死んでいたはずの女が立ち上がっていた。
ぱんぱん、と服の泥をはたき、コウヤの視線に気付いて片手を挙げる。
「おうおう、初めましてと言うべきかの?」
「は? 何? え?」
なんと彼女はネキアと同じ口調で喋り始めた。
どういうことだ。混乱するコウヤを見、セレットがくつくつと笑う。
「いやーいいねぇ、ネキア初見。かつてないいい反応するじゃん」
「セレット、あんまり笑ってやるなよ」
知らないんだから仕方ないだろう。たしなめるジョラスもまたコウヤの様子を面白がっている。
噴き出す寸前でどうにかこらえているという顔だ。
「ふはは、知らんか。教えてやろう!」
泥を払い終えた探索者の女は悪戯が成功した子供のように誇らしげに言った。
なんでそんな尊大なんだ。セレットの指摘は黙殺。
「ま、タネも仕掛けも皆武具だがの」
いかんな、どうも老婆口調が抜けん。年頃の女なら女らしい言葉遣いをしなければ。
そうごちた彼女は落ちていたぬいぐるみを拾い上げ、コウヤに示す。
リボンでそこにあるとわからないよう隠された首元には、小さな武具が縫い付けてあった。
指輪や耳飾りといった装飾品の形ではなく、指1本の大きさ程度しかない銀の棒だが、間違いなくそれは武具だった。
「"命時割裂"。命を割譲する武具じゃ。……あ、武具ね」
正確には、命そのものではなく寿命だ。死までのタイムリミットと訳すべきか。
運命によって定められた"あと何年何ヵ月何日何時間何分何秒で死ぬか"の時間だ。
それを分割してものに分け与える。自分の命の残り時間からどのくらい与えるかを指定して、その時間だけ動かすことができる。
与えた時間が切れるか原型をとどめないほど損傷すれば元通り、モノに戻る。
操り人形に生命を与えて意のままに操るための武具だが、ネキアの場合は少し使い方が違う。
「前提から話そう」
ここまで見せたんだ、全部教えてやるさ。そう言ったジョラスが話しの主導権をネキアから奪う。
そもそもネキアは人間でない。老獪な老人でも、年若い女でもない。
「ネキア本体は……このぬいぐるみさ」
それは、元の世界での話だ。




