不都合は削除して、正しいシステム運営をしましょう
「帰還者を浄化……ってことは……アレも?」
あの世界の破壊者も浄化できるのだろうか。
そもそも帰還者の浄化ということがいまいちよくわからないのだが、要するに、帰還者を消滅させることなのだろう。
帰還者の浄化は書き損じた部分を破り捨てるようなものだという説明が正しければ、浄化により帰還者は消滅する。
そういう理解でいいはずだ。今のところはそういう理解でいよう。
「破壊者? あれは無理だね」
「無理って……」
「君に理由を教える義理も義務もないよ」
そもそも自分が守護者であり、役割の一環として帰還者を浄化しているというのも教えてやる義理も義務もないのだ。
何も知らない哀れなものが面白かったから少し余計なことを教えただけ。本来なら言わなくてもいい話だ。
「アラ、アナタ……モシカシテ、アノ子に壊サレチャッタヒト?」
「壊された? ……あぁ、『仲間殺し』か」
精霊の呟きを聞き咎めたネツァーラグが問いかけ、あぁ、と思い当たったように声を上げた。
破壊者について食いついてきたのもそれか。成程、とネツァーラグが頷いた。
「俺はやってない」
無実だ。コウヤは仲間殺しの汚名を否定する。
やっていない。パーティを追放された腹いせに殺すなどするものか。
世間に勝手に尾ひれをつけられてあらぬ汚名を着せられた。無実を証明するためには物証がいる。
そのためには、あの破壊者を捕まえるかどうにかして皆に知らしめなければならない。
『こいつが殺したのだ』と真犯人を引きずり出すしか、コウヤに無実を証明する手段はないのだ。
「知ってるよ。……そうだね、少しだけ彼女について教えてもいいけれど……ただし、条件がある」
「条件?」
「彼女については色々と秘密があってね。それなりのレベルじゃないと開示できない」
あれはいったい何なのか。塔の真実をある程度知っていなければ教えることはできない。
そのルールを曲げるのだから、それなりの条件がある。
たとえるなら、数学の問題文の解答を盗み見るようなものだ。
複雑な公式を覚え、基本から応用まで解き方を理解して初めて解答が導けるのに、そのステップを無視して答え合わせ用の解答集を覗き見るような。
明らかな『ズル』なのだ。だからこそ、その不正を相殺するために善行を積んでもらおう。
労力の対価としてなら、1問くらい正答を教えることは不正ではない。あまり推奨されない行為ではあるが。
「中層に精霊の守護者がいる。イルートというのだけれど……彼女から精霊除けの香をもらってきてくれるかい?」
ただのおつかいだ。難しいことではない。
中層に行き、目的の人物から目的の物品を受け取って戻ってくるだけ。
精霊除けの香とは何か、何に使うのかということについては教えない。ただ言われたものを取って来い。
しばらくはこの図書館にとどまるつもりだ。用事を果たしたら図書館に戻ってこればいい。
「僕は彼女には会えないからね。だって■■からの■■があって気まずいんだ」
「……ん?」
言葉が聞き取れなかった。もう一度言ってもらってもやはり聞こえない。
どんなに集中して聞き取ろうとしても、その言葉の瞬間だけ不明瞭になる。
通信でノイズが入ったかのように、その部分だけ言葉を聞き取ることが出来ない。
「あぁ。君が異常なんじゃない、僕が■■だからさ。どうも■は不都合な■■は伏せたいようで、■■■■■■■■■■」
言葉がまったく聞き取れない。物音などしない室内で、ネツァーラグだけが喋っているのに。
耳に詰め物をしているかのように、ネツァーラグの声が聞こえない。
「ネツァーラグ、言語崩壊ガ始マッテイルワヨ」
「■■■? ■■■■■■■■■■■? ……■■■■■■」
それでは口をつぐむとしよう。唇の動きでそう言って、ネツァーラグは口を閉ざした。
しん、と沈黙が降りた中、ネツァーラグの肩の精霊がコウヤの疑問に答える。
「驚イタデショウ? ゴメンナサイネ。コノ子、崩壊ルノ」
それは呪いだ。
かつて、ネツァーラグは世界の真実に触れた。『すべてをみた』といっても過言ではない。
すべてを知ってしまったその代償として神に呪われた。
真実を言いふらさないようにと、ある程度のことを喋ると言語崩壊を起こして言葉が塗り潰されてしまうのだ。
「シバラク黙ッテイレバ治ルカラ……ソウネ、アナタガ行ッテ、帰ッテクルクライニハ」
無事にコウヤが用事を果たし、そして言語崩壊が治っていたらあの破壊者について教えよう。
そう精霊は告げた。条件が飲めないのならこの話はなしだ。レベル不足の中、せいぜい足掻いて必死に調べるといい。
「わかった。絶対だぞ」
「エェ。精霊ハネ、約束ハ破ラナイノヨ?」
精霊というものの性情として、一度交わした約束は遵守する。
言葉遊びを弄じてごまかすこともしない。やると言ったらやるのだ。
精霊は約束したがネツァーラグは約束していないとかそういうことを言うこともしない。労働にはきちんと対価を支払う。
「精霊ノ守護者ハ、中層ノ……白イ物見塔ガ目印ヨ」
いってらっしゃい。ひらりと精霊は手を振る。
やるしかない。コウヤは最後にネツァーラグを見、そして踵を返して扉を開けて部屋を出る。
中層の白い物見塔。見覚えがある。もし、塔を散歩する精霊が悪戯で探索者を困らせるようなことがあれば相談しろというようなアドバイスをいつだったかに先輩探索者にもらった気がする。
具体的な場所は忘れたが、中層の町に行けばわかるだろう。
物見塔だから町中どこにいても見えるはずだ。見えるならそこを目指して歩けばいい。
頭の中で道順を組み立て、はたとコウヤはあることに気がつく。
ネツァーラグは自分のことを守護者と言っていた。だが、『何』の守護者だろう。
守護者は、自分が何と何の仲立ちをするのかを明確にしなければならない。
精霊の守護者なら、人間と精霊の仲立ちを。魔物の守護者なら、人間と魔物の仲立ちを。
魔物が町に迷い込んでこないようにしっかりと魔物除けの結界を張りたいなら魔物の守護者にあたるように。精霊の守護者には魔物のことは専門外だから、精霊の守護者に魔物除けを依頼しても意味がない。
守護者は自分の専門分野をしっかりと明示しなければならない。
でなければ、頼りたい者が適切な守護者を頼れない。
それは守護者の義務であり、この世界の常識だ。
では、ネツァーラグは『何』の守護者なのだろうか。
いったい、何と人間の境目を守護する者なのか。彼はそこを名乗りもしなかったのである。
「絶対聞き出してやる……」
用事が終わったら聞き出してやる。
そう決めつつ、コウヤは中層への転移装置に触れた。




