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氷の華が咲くよ

作者: 冬葉マサヤ

 私には、二人の母様がいます。


 私を産んでくれた母様と、私を育ててくれた母様。


 どっちも、比べることができないくらい大好きで、愛しています。


「止めて、母様!」


 母様は、狂ったように喚いて、怒鳴り散らして、私にものを投げてぶつける。

 

 それから、髪を思い切り摑まれて、殴られて、蹴られて。


 私はボロボロになった姿で、それでも母様は止まらなくって。


 顔を、水桶の中にずっとつけられて、私は動かなくなった。


 何分も酸素を求めてもがいていたけど、小さな私の身体ではどうすることもできなくて。


 母様は、私を水桶から出すと、泣き出した。

 

  私の心臓は、鼓動を止めていたというのに、またトクントクンと脈打ちだして、それが母様を悲しめた。


「どうして死なないの!どうして生きているのレイエル!」


 私にも、分からないよ、母様。


 どうして、私は死なないんだろう。


 死ねないんだろう。


 致命的な傷はすぐに癒えて塞がり、そして小さな傷だけが私の全身に残った。

 

 そこは、北に位置する小さな村だった。

 アラス村。そんな名前の小さな村の、小さな館で私は産声をあげた。


 母様と父様に愛されて、とても幸せだった。


 庭は氷の華がいつも冬になると咲いて、綺麗な透明な花弁を、母様はいつも眺めていた。


 私の名前はレイエル。

 それだけ。


 母様の名前はシエル・ロゼ・クィナ。この小さな村に住む貴族の娘だった。お爺様もお祖母様も、とっくの昔に死去して、小さな館には私と母様と父様しか住んでいなかった。


 昔は召使がいたらしいけど、もう年老いてやめてしまったし、館はそんなに広くないので、母様一人で十分掃除も家事もできた。


 ガチャリ。


 私は、いつものように、地下にある牢屋に閉じ込められた。


「出して、母様、母様!!」


 ドンドンと、扉を何度叩いても反応はなかった。


 私は、母様の子なのに。


 私は女の子によく間違えられるけれど、れっきとした男の子だ。銀色の、膝まで伸びた波打つ髪、紫紺の瞳。


 全部、父様譲りの色だ。


 母様は、茶色の髪に緑の目をしている。


 母様は、私の髪と瞳の色が大嫌いだそうだ。


 父様を思い出すからと。


 父様は優しくて、そして強くて偉大な人だった。父様は、人間ではなかった。


 人間が恐れる妖魔と間違えられて、殺されてしまった。父様は、氷の精霊が人型をとった「アイシクル」という、特殊な種族だった。


 妖魔の瞳の色は紫だ。


 だから、父様も妖魔に間違えられて、村の人たちに殺された。


 何も害をなさない、あんな優しい父様が妖魔なわけないのにね。


 私は、また膝を抱えて泣き出した。


「~~~~マーリーア~~~~♪」


 冷たい牢屋に、私の澄んだ歌声が響く。


 ああ、外は雪なんだろう。


 かろうじで、頭上にあけられた石を切り取った部分から、雪が入り込んでくる。


 それはたくさんたくさん入り込んできて、私を雪の中に埋めていく。


「寒いよ。お腹へったよ」


 でも、一度この牢屋に入れられたら、きっと私は一週間は外に出してもらえない。


 私は雪を食べて、飢えを凌ぐ。


 何も食べなくても、私は死なない。精霊の血を引いているせいで、自然界からエナジーを取り入れて、私は生きることができた。


 それは、私の望みではない。


 私は、母様が望んでいるのだから、母様の手で、私を殺してあげたくて仕方なかった。


 私は、今年で10歳になる。


 同い年の子供に比べると、身長がかなり低くて体重もない。


 一度医者に診せられた時。


「虐待のせいですね。ろくに食事もあげていないでしょう」


 医師の言葉に、母様は必死になって否定していた。


 私は医者の元から逃げ出した。


 町から、村で酷い虐待を受けている子供がいるから、保護するかどうか検討して欲しいと、行政関係の人間がやってきたのだ。


 医者も一緒に派遣されてきた。


 私は、虐待を、母様と村人と一緒になって否定して、そして私は自分が精霊の血を引いていると言うと、行政関係の人間は、困った顔をして、結局そのまま去ってしまった。


 私の紫の瞳を見て、怯えていたのを覚えている。


 私を引き取っても、問題を抱えるだけで、きっと孤児院か何かに入れられても私は捨てられてしまうだろう。

 

 この瞳の色のせいで。


 妖魔と間違えられて


 嗚呼。


 せめて、この瞳の色が紫ではなく、夏に咲く氷の花の一種のように、蒼ければ。


 母様も、私を愛してくれたかしら?


 ヒュウウウと、煉瓦の隙間から寒い北風が吹き込んでくる。


 牢屋の上部はわざと、煉瓦が取り除かれていて、雪が入ってくる仕組みになっていた。

 

私を凍死させるために、母様と村人の人たちが改造したの。


 私が6つの時まで、父様がまだ生きていた頃は、私は村の人たちに優しくしてもらっていて、可愛い可愛いと評判だった。


 愛くるしい仕草も全部、母様の興味を引くために覚えたんだよ。


 母様は、今頃暖かい毛布に包まって寝ているのかな?


 羨ましいとは、別に思わない。


 だって、私は寒くても、凍傷にもならないし、凍死もしないもの。

 ただ、冷たいと感じるだけ。

 ただ、それだけなの。


 一週間前に差し入れられたパンもスープもカチカチに凍っていた。 私は、飢えを凌ぐために凍ったままのそれらを口にする。雪だけでは、飢えが満たされない。


 氷の息吹。


 氷の女王が、雪を降らせているのだ。


 この北国の雪は、全て氷の精霊の女王が降らせている。


 私は、眠った。


 何も考えたくなくて。昔の、父様といた頃の懐かしい、暖かい思い出に浸りたくて。


 でも、私は夢を見ることもなく、翌日には起きてしまった。


 雪は、私を埋葬するように積もっていた。


 身動きをすると、雪がドサリと音を立てて落ちていく。


 私は、退屈で退屈で、母様にまた怒られると分かっていながらも、牢屋の鍵を氷で作りだすと、それでカチャリと扉をあけて、小さな牢屋から抜け出して、館を飛び出した。


「うわああ、レイエルがきたぞーー!」


「化け物のレイエルだーー!!」


 村の子供たちは、私の姿を見ると、そう言って、石をぶつけてくる。


 私はそれを避けもしないから、すぐに額や頭を切って、血を流した。


「レイエル!また抜け出したんだね!さっさと牢屋にお戻り!」


 雑貨屋のおばさんが、私の手を引いて、無理やりあの小さな牢屋に戻そうとするので、私は首を振った。


「いや!」


 パチンと音が爆ぜて、雑貨屋のおばさんは、氷の礫を胸に受けて、胃の中の物を吐いて暴れていた。


「私の、せいじゃないもの!」


 私は、怖くなって逃げ出した。


 逃げて逃げて、森の奥へと入っていく。


 森の奥は、狼たちがいて、私はいつ狼に食われるのだろうかと、恐怖に震えて、でももっと奥にいる、緑の大木の元に向かって走り続けた。


「レイエル。また、逃げ出してきたのかね」


 緑の大木――グリーンノヴァという名前の、緑の精霊の一種のおじいさんは、私の友達だ。


「そうなの。寂しくて。ごめんなさい」


「わしが動けたらのう。お前さんを匿ってやれるのに」


「いいの。その言葉だけで、私は幸せになれるから――~~~マーリーア~~♪」


 私は、いつものように歌を歌いだす。すると、寒いだろうに小鳥たちが集まって、私の肩に止まってくれる。

 私は、この森にいる時が一番好きかもしれない。


「あああ~~~マ~リ~ア~~♪」

 

 私の旋律は、空を翔けていく。


 私は、結局グリーンノヴァのお爺さんに説得されて、村に戻った。


 村に戻ると、たくさんの男の人が私を待っていた。


 私は、長老の息子だという人にまずは頬を殴られた。それから、みんなに殴る蹴られるの行為を1時間ばかり受けて、私はズタボロになって、自分の館に戻った。


 母様はかんかんに怒っていて。


「やめてええ!いやあああああ!」


  私が、一番大嫌いな熱湯を、母様は浴びせてくる。火傷はなかなか治らない。知っているからこそだ。今度は、暖炉で熱くされた焼き鏝を腕に押された。


「きゃああああああ!!」


 じゅうううと、人の肉が焦げる匂いと、身を裂くような痛みに、私は意識を失った。


 気づくと、いつもの牢屋に手枷と足枷をされて放り込まれていた。


 私は、意識を集中させて、酷いケロイドになった皮膚を癒していく。


 こんな時は、上から降り注いでくる雪が気持ちよかった。


 火傷の傷を、冷やしてくれる。


 私は、また一週間牢屋に閉じ込められた。私は浄化の精霊を操ることができるので、常に身体は清潔にしていた。


「ああ~~~マリア~~♪」


 ろくに動かない右手を伸ばして、私は歌を歌う。大分消耗してしまった。自然のエナジーを取り込んでいるが、大人の暴力は加減がなくて酷くて、私のダメージを治すのに時間がかかり、その分精神的肉体的に疲労が溜まる。


 今は、眠るしかない。


 私は丸くなって、雪の上で、だんだん白い雪に埋葬されながら、深い眠りについた。


「ピチチチチ」


 小鳥の鳴き声で、私は目覚めた。


 私は、その小鳥に向かって手を伸ばす。自由をもっている子。


 羨ましいな。


 小鳥は、私の手に止まってから、羽ばたいていった。


 私が知らない間に、村では教会が建てられていた。


 私は、ようやく母様に許されて、外に出してもらって、久しぶりに村を堂々と歩く。私が白いマフラーをしている時は、母の許しが出ているサインだ。


 村人も、連れ戻そうとはしない。


 私は、教会を訪れて、その荘厳さに言葉を失った。


 ステンドラスの窓から入ってくる光を受けて、神父の青年は神に祈りを捧げていた。


「あの」


 私は、勇気を振り絞って、その人に声をかけてみた。


「おや。迷える子羊よ、今日は何か相談ごとでも?」


 私は頷いた。


「母様に愛されるには、どうすればいいのですか?」


「母というものは、自然に子を慈しんでくれます」


「そうしてくれない時は?」


 神父の人は、困ったように聖書に目を通す。


「ええと、隣人の頬をぶつときは隣人に頬をさしだせ。あれ?なんか違う。ええと、主はいいました。ええと」


 眼鏡をかけた神父さんは、トーマスという名前だそうで。


 私と友達になってくれると、言ってくれて、とても嬉しかった。


 トーマスさんも、この村に住む奇妙な親子のことは知っているようで。妖魔だか精霊だか、怪しい人間ではない者とのハーフの子が紫色の目をしていると聞いていたのだろうに、トーマスさんは優しかった。


 私は、グリーンノヴァのお爺さんに話せないような、たくさんのことをトーマスさんと話した。


 トーマスさんは博学で、私はいろんなことを習った。


 忌み子が教会に来ている。

 

 そんな噂はあっという間に村中に広がって、二度と教会に来るなという村人たちを制して、トーマスさんは私を庇ってくれた。


「天は、平等に命を与えました。それがどんな命であれ!」


 私は、トーマスさんに手を引かれて、教会に帰っていった。


 私が置かれている状況を知って、トーマスさんは、私を家には戻せないと判断して、私を養い子にしてくれた。


 私は、トーマスさんを本当の父のように慕い初めていた。


 凍り付いていく教会。


 どんどん、教会の温度が下がっていく。


 それは、私のせい。


 私が生きてここにいるから。

 

 トーマスさんは、それでも私に側にいなさいと言ってくれた。


 ステンドグラスが、今日も光を受けて綺麗に荘厳に輝いている。

 聖母マリア像を見上げて、私は祈った。トーマスさんが、元気になりますように。


 トーマスさんは、神に祈りを捧げると、私の悲しみを癒すように、聖書をそっと開いて、私に読んで聞かせてくれた。


 私は、そんな経験は、父様が生きていた頃の母様に絵本を読んでもらったこと以降のことで。


 嬉しくて嬉しくて。


「ひっく、ひっく」


 泣いてしまった。


「如何して泣くのですか、レイエル」


「だって、だって。優しいから。トーマスさんが、私を人として扱ってくれるから」


「当たり前でしょう。あなたは神から命を授かった、人間です」


「レイエルという名はすばらしいですね」


「どうしてですか?」


 お昼になって、私が失敗したアップルパイをトーマスさんは、食べながら教えてくれた。


「エルとは輝く者。天使の意味をこめています」


「はい」


「それからレイ。これは光という意味ですね」


 アップルパイは凄く苦かったけど、トーマスさんはおいしそうに全部食べてくれてとても嬉しかった。


「?」


「ですから、君は光り輝く天使。そんなところでしょうか」


「天使。私が?」


「そうです。君はこの世界の天使ですね」


 トーマスさんに抱き上げられて、私は微笑んだ。


 笑うということを、ここ数年ずっと忘れていた。


 氷の華が、夏になると咲く。


 今は冬だからまだ咲かない。


 咲いたら、花束にしてトーマスさんとグリーンノヴァのお爺さんに届けよう。


 そんな無邪気なことを考えて、私は全く文字の読み書きすらもできなかったけれど、トーマスさんに勉強を教わり、少しずつ、読み書きができるようにまでなっていた。


「夏になったら、この村には氷の華が咲くんです」


「ほう、それは幻想的ですねぇ」


「花束にして、いっぱ、いっぱいトーマスさんにもっていくね。マリア様にも捧げるよ」


「いい子ですね」


 頭を撫でられて、私は暖かな温もりをかみしめていた。


 幸せな時間がそう長くは続かないと、誰かから聞いたことがある気がします。


 どんどん、やせ衰えていくトーマスさん。


 私がいる空間は、いつもマイナスにまで空気の温度が下がって。


 健康を崩しても、トーマスさんは私を手放そうとしなかった。


 私は、いつしか怖くなっていた。

 

 このまま、トーマスさんを殺してしまうのではないかと。


 トーマスさんは風邪をこじらせて肺炎にかかって。


「全部お前のせいだ!」


 病院に運ぶために、村から担がれて出て行くトーマスさんと離れたくなくて、私は狂ったように、トーマスさんの名前を連呼してた。


「神父さん、トーマスさん、いっちゃやだああ!私を一人にしないでえ!」


 教会では、今日もミサが行われている。


 私は、それに出席することもできずに、また自分が生まれた館の地下牢に閉じ込められた。


「うわあああああああ」


 トーマスさんが、病院での手当のかいもなく、死去したという知らせは、間もなく私の耳にまで入った。


 母様が、わざわざ、私を悲しませるために、無理やりその新聞を私の牢屋に放り込んだのだ。


「嘘だ、嘘だああああ」


 私は、たくさん泣いた。


 それこそ、体中の水分がなくなるかもしれないくらいに。


 また、何もない空っぽな一日が始まる。


 もう、私、なくなりたい。


 この世界から、なくなりたい。


 そう願って、また牢屋を抜け出した。


「またお前、勝手にでてきたな!」


 私に殴りかかってこようとする男性を、私は気づけば魔力で引き裂いていた。


 もう、後戻りはできない。


 私は。


 魔女狩りの対象として、教会の人に引き渡されそうになって。


 そして、教会の人も、そこにいた全ての村の人たちも。


 私は、自分で作り出した氷の華で、真っ赤に染め上げて。


「いやああああ!化け物、化け物!!」


 一人だけ生き残った母様は、私の姿を正視できないようで、震えてその場に蹲る。


「母様。そんなこと言わないで。私には、もう母様だけなの」


「お前なんか、私の子供じゃないわ!こんな子供、うむんじゃなかった!」


 私は平手打ちされて、向こう側の壁まで雪まみれになって、転がった。


「そうなの。母様も、私がやっぱりいらないんだ」


 死の恐怖から、母様は首を横に振った。


「いいえ、愛しているわ、レイエル!」


 私は、冷めた瞳で美しいはずの母様が、醜い塊になっていく気がした。


「もういいもの。私は、愛も求めないもの」


 せめて、母様の大好きな歌と華で、飾ってあげよう。


 曲はアヴェ・マリア。


 氷の華をくるくると、魔力で作り上げて、それで母様の身体を凍結させた。


 凍ってしまった母様の遺体を、湖のほとりにある、花が良く咲く場所において、私はいつもアヴェ・マリアの歌を歌いながら、夏がくるのを待った。


 早く来ないかな。


 夏がくれば、氷の華が咲くよ。


 待ちに待った、夏がやっきた。

 あの小さな館も、そして母様の周りも、たくさんの蒼かったり、透明だったりする氷の華が咲いていて。


 私はそれを摘み取って、花冠にすると、母様の頭に飾った。


「母様~。どうして、目を覚まさないの?もう夏だよ?」


 私には、分からなかった。


 だって、みんな、私のように傷が癒えて、死んでも生き返るのではないの?


 だって、私は何も教わらなかったよ。


 ねぇ、母様。


 何も言わないのは、何故?


 氷が解けても、その身体が冷たいままなのは何故?


 私の身体はいつも冷たいけれど、母様の身体はいつもあったかかったのに。


 何故、私の名前を呼んでくれないの?

 

 ぶってもいい、殴ってもいい。もっと酷いことをしていいから。


 あの牢屋にも、ちゃんと入って、勝手に抜け出すなんてこと、しないから。


 目を覚ましてよ、母様。


 ポタリポタリと、私の頬を涙が伝う。


 どうして?


 これは何?


 どうして、瞳から水が出るの?


 ねえ、教えてよ、母様。


「母様!!」


 いっぱい摘んだ、氷の華をその場に散らして、私は母様の身体に縋り付いて、ずっと揺り動かしていた。


 そして、私は湖に入って、底に沈んでみた。


 何時間たっても、死ねない。


 ああ、母様の元にもいけないんだ。


 どうすれば、いいのだろうか。


 私は、トーマスさんが残してくれた文献をあさり、氷の女王という存在をつきとめた。


 人の命を奪い、それを自分の命に加算する美しくも非道なる女王。それが氷の精霊王であることも知った。


 私は、氷の女王が住むという、もっと北の永久凍土目指して、魔力を操って空をとび、何にもかけて、氷の女王に会いたいその一心で、私は空を飛び続けた。

そして、やっと辿りついたその場所は。


 氷の華が咲き乱れる、楽園。

 

 私は、氷の女王と面会がかなった。


「何をしにきた、人の子よ」


「私を食べてください」


「はぁ?」


「私、自分では死ねないのです。でも、もう生きていたくもありません。私を食べないのなら、私を心のない人形にしてください」


「何を言っているのだ、人間の子供よ」


 私は涙をたくさん流して訴えた。


「私は、半分氷の精霊の血を引いているのです。その証が、この紫の瞳です」


 ぼさぼさになって、目にかかった前髪をかきわける。


「おお……これは美しい」


 氷の女王は感嘆した。


 「アイシクル」という、人型をとる、氷の精霊はもう絶滅寸前でほとんどいない。その血を引いている、人間の子供。


 見事な紫の瞳と美貌、銀の髪。


 氷の女王は笑った。


「では、私のものになるかえ?」


「はい。殺してくれるのですね?」


 まだ小さいだろうに、ひたすらに殺してくれと言い募る。


 私は、氷の女王に願いを受け入れてもらって、また涙を零した。


 それは、コツンコツンと、真珠になっていく。


「どうして?」


「そなたは、覚醒したのだよ。精霊として」


「私、そんなの要りません。この世界に在りたくないのです」


「今はゆっくりおやすみ」


 氷の女王に抱き上げられて、瞼を閉じられると、私は深い愛に包まれて、眠りにつきました。

 

 そして、目覚めたとき、氷の女王は笑って、私の枕元にいてくれました。


「昔々、あるところに」


 氷の女王は、人間の子供からもらってであろう、絵本を私に読んで聞かせてくれました。


 手編みのセーターを着せられ、溶けないかなって疑問するような、湯浴みを一緒にして、氷の女王にもう随分洗っていない髪と身体を洗われて、新しい衣服をいっぱいもらいました。


「足元がスースーする」


「それはスカートだもの、仕方ない」


 氷の女王は、私が髪が長いせいもあって、性別を間違えているようでした。


「私、男の子なんです」

「なんだってーー!!」


 氷の女王は、顔面を蒼白にして、私を下着姿にすると、魔法で空を飛んで町まで出かけて、そして男の子の子供用の服をたくさん買って帰ってきました。


「そんなにいっぺんに買わなくても」


「いいのよ。そう、名前をまだ聞いていなかったわね」


「レイエルです」


「レイエル。光り輝く者。いい名前だわ」


 氷の女王は、私の名前を気に入ってくれたようで。


 私は、氷の女王の一人息子として育てられました。


 氷の女王から、たくさんの愛を受けて、私の背中には白い翼が生えました。

 

 そして、私は自分が犯した罪を償うべく、氷の女王の制止も引き止めて、私は地獄へと羽を散らして堕ちていきます。


 でも、氷の女王は、すれすれで私の身体を攫っていきました。


 地獄は炎獄とも呼ばれ、氷の女王には辛いはず。身体を半分解かせて、それでも氷の女王は私を抱きあげて元の世界に戻ると、私の頬を叩きました。


「レイエル!」


「どうして?どうして、死なせて、くれないの。私に生きている価値なんてないのに!!」


 私はたくさんたくさん、なんとか身体を元に戻した氷の女王に縋り付いて泣きました。


「忘れないで。あなたもう、一人じゃない。氷の女王たるルクレーナ、あたしがいるわ」


 優しく、優しく。


 本当に、心から私を必要としてくれる人と出会って、私の心は温かいものでいっぱいになりました。


「ありがとう。もう一人の、お母さん」


 それは運命なのでしょうか。


 私は、背中の翼を散らしてこの世界から透けていきます。


「どうして!愛しているのよ!」


「思い出したんです。私は、神様の子供、だったんです。神様の落し物だったんです。天国に帰らなければ」


 透けていく私の身体を抱きしめて、氷の女王は泣き喚きました。


「レイエル、レイエル」


「短い間でしたが、お世話になりました」


 ペコリとお礼をして、私は最後の羽を散らして天に昇りました。


 私は、幸せでした。


 母様には愛されませんでしたが、グリーンノヴァのお爺さん、神父のトーマスさん、氷の女王にまで愛されて。


 私は、最初から、愛されていたのですね。


 そう、出会った時、すでにグリーンノヴァに愛されていたんです。だから、私はずっと、一人ではなかったのです。


 私の、はやとちりでした。


 私は光の泡となって、消えました。


「おいこら神!レイエル返せ!」


 氷の女王は天国までやってきて、神様にいちゃもんをつけて、眠っている天使のレイエルをかっさらうと、元の世界に戻ってしまいました。


「レイエル……」


 私は、また目をあけました。

 

 そこに映ったのは、氷の女王の美貌。


「どうして」


「愛しているからじゃああああ」


 氷の女王は、ちょっとかわっているのかもしれません。

 でも、とてもステキな人です。


 今の、私の母様。


 私を育ててくれている、母様です。


 私には、二人の母様がいます。私を産んでくれた母様と、育ててくれる氷の女王の母様です。


 私はもう幸せです。愛をというものを知って、もう死にたいと思うこともなくなりました。


 願わくば、本当の母様やトーマスさん、それに村の人のたちに安息があることを。



               THE EMD

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