その8
「じゃあ、どうして私の引き出しに入っていたはずの本が安城くんの机の上にあるの?」
「僕にも分からない。でも、僕は何もしていない。それだけは神に誓って言える」
「神? 安城くんは神様を信じているの?」
「別に信じてないけど」
「安城くんって、変わった人ね」
神に誓って言える。親が観ているドラマに、そのフレーズを多用する男が出ていることがあった。男は女の前でその台詞を言い、そして何度も誓いを破って浮気をした。最低の浮気男だったけだ、どこか憎めなくて、その男の決め台詞は、以来僕のお気に入りの言葉となった。でも、僕はドラマの男と違って、この言葉を使った時に嘘を言うことはない。
「とにかく、僕は嘘なんて言っていない。僕はどちらかというと不器用な方だし、葉月さんに気づかれずにペンや消しゴムをとったり、机の中から本を奪ったりなんていうことができるはずがない」
葉月さんは大きな目を細めて、僕が本当のことを言っているのか見極めようとしていた。
「……安城くんの言葉を信じようとするなら、どうして私の文房具や本が安城くんの机の上に勝手に移動しているの? 文房具や本が自分で移動したとでも言うの?」
葉月さんは、僕の机の上から水色のブックカバーの本を取った。その本に足がついていて、自力で移動する様を思い浮かべようとしたけど、馬鹿馬鹿しくなってやめた。そんなことがある訳がない。
「分からない。でも、とにかく僕はやっていない」
そこで、チャイムが鳴った。生物の先生がそれとほぼ同時くらいにドアを開けて入ってくる。
「よかったら、2人で真相を突き止めよう」
休憩時間のざわめきが消えかける頃、僕は早口で言った。