その7
社会の授業が始まり、僕は机の左端の方に意識を集中し続けた。あまりにも集中し過ぎて先生の話を聞き逃し、指された時に何も答えられず恥をかいてしまったけれど、そんなことはどうでもよかった。葉月さんに疑われたままでいることの方が辛かった。何としても謎を解明したかった。
せっかく全神経を集中させていたにも関わらず、その時間は何も起こらず、また休憩時間になった。世界史の教科書とノートを仕舞い、次の時間の生物の教科書とノートを取り出す。
休憩時間はあまり好きな時間じゃない。他のクラスメイトにとっては友達と喋ったりして息抜きの時間なのだろうけど、僕には無駄話を叩きあう友達なんていなかったので、何となく手持ち無沙汰な時間だった。
本を読むのは好きだったけれど、葉月さんのように堂々と教室の中で読む気にはなれなかった。どんな本を読んでいるかクラスメイトたちに知られるのは、自分の弱味を握られるようで嫌だった。
そんなことをぼうっと考えていた時、視界の端にありえないものが映っていることに気付いた。見覚えのある水色のブックカバーのかかった文庫本。
授業中はずっと意識を集中させていたのに、休憩時間になった途端、気の緩みが出てしまった。
葉月さんも、ちょうど今気付いた所みたいで、ただでさえ大きい目をさらに見開いて自分の持ち物であるはずの本を見ていた。
「……安城くんは手品師なの?」
「だったら凄いよね」
「お父さんが手品師で、毎日修行させられているとか」
「お父さんは普通のサラリーマン」
「じゃあ、副業でスリもやっていて、安城くんはその技術の継承者」
「……僕のお父さんは犯罪者ではないと思う」
葉月さんがそんな冗談を言うなんて意外だった。いや、冗談ではなく本気で言ったのかもしれない。葉月さんは真顔だった。