その6
その後の休み時間、葉月さんは明らかに意志を持って僕の方を向いた。彼女はいつも自分の机に座ったまま本を読んだりしているので、それだけで凄く緊張した。
「ねえ」
葉月さんの声は少し震えていて、固かった。僕は彼女の方を見ていた。真正面から見ると、彼女の目は本当に大きくて、瞳の色が茶色がかっていた。
「あれ、どうやっているの?」
「……あれって、何?」
答える僕の声も固かった。
「とぼけないで。いつも気づかない間に私のものを取っているでしょう。あれ、どうやっているの?」
葉月さんがそう思うのも当然だった。だけど僕はそれとは反対のことを考えていた。彼女はどうやって音も立てずに僕の机の上にシャーペンや消しゴムや三色ボールペンを移動させているのか?
だけど、葉月さんが自分の意志でそんなことをやっている訳でないことは明白だった。第一、そんなことをする理由がない。
「僕じゃない。僕は何もやっていないんだ」
僕にはそう答えるしかなかった。
「じゃあ、私の文房具がどうしていつも安城くんの机の上にあるの?」
「分からない。僕の方こそ教えて欲しいくらいだよ」
葉月さんの目は、僕の言葉を一切信用していないことを物語っていた。目が大きい分だけ、疑われる精神的なダメージは大きかった。
「もうこれからはやらないでね」
彼女はそう言うと、いつものように水色のカバーのかかった文庫本を読みだした。色白な彼女の頬は紅潮していて、何を読んでいるにしてもあまり本の世界に集中できてはいなさそうだった。